108つの煩悩 エトセトラ






                                                           『』内は日本語です。




ラディスラス&珠生の場合







 「とーさん、ラディってポンノーいっぱいありそーでしょ?」
 その日。
海賊船エイバル号の食堂で夕食を食べ終えた一同が寛いでいる時、ジェイから1人だけ特別に出してもらった食後の果物を摘
みながら、珠生は何気なく父にそう言った。
この世界が自分の住んでいた世界と同じ様に時間が流れているのかどうかは分からないが、ふと今が現実の世界でいえば何時
頃なのかと思ってしまったのだ。
 珠生がこの世界に来てしまったのは、丁度夏休みで帰省していた時だ。それから少なくとも2・・・・・いや、3ヶ月か?
とにかく数ヶ月単位で時間は過ぎているはずだ。
(この世界にクリスマスなんてないだろうけど、新年っていうのはあるんじゃないかなあ)
そう思いだすと、新しい年=年越し=除夜の鐘と、思考がどんどんと移行していき、その中で108つの煩悩というものがポンッと
頭の中に出てきたのだ。
 「ねえ、どう思う?」
 「さあ、どうかな」
 「とーさん、ラディに気ぃ遣わなくていーよ」
 「そうじゃないよ。ただ、人間誰しも幾つか欲というものは持っているんじゃないかと思ってね」
父の言葉に、珠生は甘い果汁に濡れた指を咥えたままん〜と考えた。
 「そーいうもんかなあ」
 「珠生だって、煩悩はあるだろう?」
 「・・・・・まー、無いとは言わないけどー」



 「おい、タマ、さっきから何を言ってるんだ?」
 それまで2人の話を聞いていたラディスラスは、時折出てくる自分の名前に怪訝そうに口を挟んできた。
2人の会話もこちらの言葉でという瑛生の方針で、何を言っているのかは分かるものの、その意味までは分からない。
(確か、ボ、ノ?)
 「ん?ぽんのーのこと?」
 「ポンノー?」
 「煩悩だよ」
 「ボンノー?」
笑いながら訂正した瑛生の言葉を聞けば、どうやら、また珠生は多少間違った言葉を言ったらしい。
それは何時ものことなのでそれほど気にも留めなかったラディスラスだが、その言葉の意味の方は知りたいと思った。
 「タマ、どういう意味なんだ?」
 「ん〜、俺達の世界は、108このポンノーがあるって言われてるんだ。ポンノーはヨクだよ。それで、年を越す時にそれを振り払う
のに、カネをゴーンッてするんだよ」
 「108個の欲望、ね」
(タマ達の世界は変わったことをするんだな)
 世界が変われば、その習慣も色んなものがあるのだろう。
そう思ったラディスラスは、ん?と気が付いた。
 「おい、じゃあ、俺には108個の欲望があるって言うのか?」
いくらなんでも多過ぎだと思うラディスラスに、珠生はあっさりと言い放つ。
 「えー、だって、ラディいっつも自分勝手だし、意地悪だし、エッチだし。たのしーことも大好きで、じゆーにしてるだろ?」
 「・・・・・まあ、半分はそうかもしれないが」
 「ね、アズハルはどう思う?」
 不満げなラディスラスを置いて、珠生は側のアズハルを振り返って聞いている。
すると、アズハルはチラッとラディスラスに視線を向け・・・・・僅かに笑みを浮かべた。
 「確かに、ラディには少しばかり多くの欲があるかもしれませんね」
 「おい、アズハル」
 「違いますか?」
違う・・・・・直ぐにそう否定するつもりだったが、ラディスラスは開き掛けた口をなぜか閉じてしまった。
(欲、か)
 海賊という生業ではあるが、ラディスラスは意外と物欲は無い方だろう。
確かに金はあっても困らないが、贅沢をするほど欲しいとは思わない。女だって、特に略奪をしたいほどに心を惹かれた相手はい
ない。
食べれて、寝れて、毎日退屈しない日々を送ることが出来れば・・・・・それはこの世界でもかなり余裕がある者の考え方かもし
れないが・・・・・自分の欲など可愛いもののはずだろう。
(それでも、やっぱり欲深いっていうのか?)
 「ラディ、アズハルもそう言ってる」
 「あのな、タマ。俺が持っている欲は普通の人間が持っているものだと思うぞ?なあ、ラシェル」
 「・・・・・そうだな」
 「なんだ、その間は」
 「やっぱり、ラシェルも違う思ってるんだ〜」
ラシェルの反応に、珠生はほらというようにラディスラスを見つめてきた。



(やっぱり、アズハルやラシェルもそう思ってしまうくらい、ラディは煩悩があるんだよ)
 普通の人間が持っているような欲は当然あっても仕方が無いとは思うが、それ以上の・・・・・例えば、自分に対する強い感情と
かは、やはり煩悩と言ってもいいと思う。
(だって、ラディ、しょっちゅう触ってきたり、キ、キスしようとしたりするんだもんな)
 男ならある程度の性欲はあってもおかしくは無いかもしれないが、それでも・・・・・。
 「おい、タ〜マ」
 「108つはないだろうけど、50こくらいはあるだろ?」
 「そんなにあるわけないだろ」
 「え〜、あやしい」
 「・・・・・おい、エーキ」
 「はは、悪いね」
ラディスラスから情けなさそうな表情を向けられた父はおかしそうに笑うと、珠生に向かって優しく言った。
 「珠生、彼にはそんなに多くの欲望なんて無いと思うよ」
 「え、どうして?」
 「彼だけではなくて、この世界の人達は生きることに必死な人達が多いからね。色んな欲望を抱くよりも、先ずは生きること、食
べること、着ること、寝ること。生活に必要な欲は、煩悩とは言えないんじゃないかな」
 「・・・・・そうだけど・・・・・ラディ、ちょっと・・・・・エッチ、だし」
(ラディのエッチなトコは・・・・・煩悩だと思うんだけどな)
まさか父の前で自分とラディスラスの関係を言うことはとても出来ず、珠生は多分に文句も言いたいところもあったが口を噤んでし
まった。



 大人しくなった珠生だが、その表情を見ればかなり不満があることは分かった。
それでも瑛生の言うことならば受け入れるしかない・・・・・相当な父親っ子の珠生に、ラディスラスも何も言えない。
(ま、俺の欲望はタマにしか向かないんだしな)
他の誰かを欲しいと思うわけでもないので、この欲望をラディスラスは隠すつもりはない。
きっと瑛生も気付いているだろうが、庇ってくれたという事は見逃してくれるということだろうか?
 「それに、彼は愛情と欲情はきちんと分けて考えるタイプだろうし。好きな相手に無茶はしないだろうから、それを煩悩と言ったら
可哀想だよ。ねえ」
 「・・・・・」
 そう言ってラディスラスの方を見た瑛生の目は・・・・・笑っていない。
(なんだ、公認じゃないのか)
薄々、自分と珠生の関係に気が付いていても、それを完全に認めてはいないんだよと言われているような気がして、ラディスラスは
思わず苦笑が零れてしまう。
(まだまだ先は長いようだな)
 瑛生に認めてもらって、何より、珠生本人に恋を自覚してもらう。
その日が早く来るようにと、ラディスラスは神に祈る想いだ。
 「タマ」
 「・・・・・何」
 「俺にボンノーがあったとしても、困るのは1人だけだから心配するな」
 「はあ?」
だから、今回も少しだけ珠生に意味深な言葉を言ってみた。
 「・・・・・な?」
 「・・・・・げ」
 「なんだ、その言葉は」
せっかく、瑛生に分からないように(分かったかもしれないが)愛の言葉を囁いたつもりだったのに、肝心の珠生の反応があまりにも
そっけなくて、ラディスラスはがっかりしてしまった。



(父さんの前で変なこと言うなよな!)
 人前で堂々と変なことを言うラディスラスを睨みながら、珠生はそもそもどうしてこんな話になったのかと考えて・・・・・結局自分の
言葉が始まりだったことに気が付いた。
(ちょっとだけ、日本の事を考えただけだったのにな)
父と一緒にいることで、日本の伝統的な行事の話を不意に思い出しただけだったのだが、それが思いがけずラディスラスの変な発
言を引き出してしまったようだ。
 「な?」
 「・・・・・」
(なじゃないって!)
 大きな声でそう否定したいものの、どうして自分がそこに引っ掛かるのかを勘繰られても困る。
(絶対、ラディは108つじゃ足りないくらい煩悩があるんだよ!)
珠生はそう心の中で呟きながら、からかうように(珠生が感じているだけかもしれないが)自分の顔にキスするくらい近付いてきたラ
ディスラスの足を、わざとギュウッと強く踏んでやった。





                                                                      end