108つの煩悩 エトセトラ
『』内は日本語です。
昂也&竜達の場合
詳しい記述が無い人間界のことを知りたいと、コーゲンやスオーは次々に昂也に向かっていろんなことを訊ねてきた。
それに対して、昂也は出来るだけ答えてきたが・・・・・やはり玉の上に重なっている手が気になってしまった。こうしなければ話が出
来ないとは分かっているが、何時までも男同士で手を重ねているのは面白くない。
『ちょっと、キュウケー!』
『コーヤ?』
『なんかさ、男が3人こうしてくっ付いてるのって変じゃない?』
コーゲンもスオーも、どちらかといえばいい男フェロモンがバリバリで、自分のような男の手を触って喜んでいるような人種には見え
なかった。
しかし、そんな昂也の気持ちは、この2人にはなかなか通用しないようで・・・・・。
『変ではないよ?こうしなければコーヤと話すことが出来ないんだし、なあ、蘇芳』
『そうだぞ、コーヤ。全ては不可抗力だ』
そう言ってにやっと笑ったスオーは、わざとのように昂也の手をギュウッと握り締めてくる。
『ちょ、ちょっと!』
『ほら、さっきの話の続き』
『さ、さっき?』
『新しい年を迎える前の行事。ジョーヤのカネ?』
『そ、その話?』
手を握り締めてくるスオーの手の感触を気にしながら、昂也はようやく先程まで話していた話題を思い出した。
丁度人間界での大きな行事を話していて、新年を迎える正月の話と、その前日の大晦日の話をしていたのだ。
(108つの煩悩・・・・・まさにこいつにはピッタリなのかも・・・・・)
コーゲンはともかく、いや、にっこり笑ってちょっと強引に話を勧める彼もそうだが、それ以上に硬派な外見でポンポンと際どい事を
言うスオーには、絶対に山ほどの煩悩=欲があるはずだ。
『あ、新しい年を迎える為に、色んな煩悩を祓うってこと?』
『ボンノーっていうのは、欲ってことだと言ったな?』
『・・・・・そう!あんたの頭の中にあるみたいなことだよ!』
『俺の?』
それがいいことか悪いことなのか分からないのか、スオーは自分を例に出して言う昂也に、にっと笑顔を見せた。
(108もの欲ね)
コーヤの話す人間界のことはなかなか興味深く、江幻は自分の中の知識がどれ程浅いものなのかと思い知った。
その中で今聞いたオーミソカという行事もなかなかに面白そうだ。
(人間にはそれほどの欲があるのか・・・・・)
竜人にもそれなりの欲というものはある。
食べ物にも好みもあるし、男と女がいるので性欲というものもある。
中には地位や金に欲を持つ者もいるだろうが、それでも108つというのはなかなかにない数だ。その意味を聞いても分かるのかな
と、江幻は感心したように頷きながら言った。
『人間とは、かなりの欲を持っているんだな』
『別に、本当に108つあるわけじゃないよ?』
『それでも、それに近い数があるんじゃないの?』
『だから、それは例えだよ!例え!それくらいなんか感じで分かるだろ?』
必死でそう言うコーヤの表情はめまぐるしく変わって、本当に面白い。
竜人は表情的に取り澄ました者が多いので、こんな風に表情が豊かな者を見るのは楽しかった。
『何1人で遊んでいるんだよ』
そんな江幻に、蘇芳が声を掛けてきた。
『俺も仲間に入れろって』
『入ってきたらいいじゃないか』
(蘇芳の奴、かなりコーヤを気に入ったようだな)
誰彼構わずにからかっているように見える蘇芳だが、気に入らない相手に対しては外見の冷たい印象を裏切らない慇懃無礼な
態度を取る。
しかし、コーヤに対しては最初から本性を見せていた。
(蘇芳の奴、女好きだって言うが、本当はコーヤや珪那みたいな可愛い子が好きなんじゃないのか?)
悪友の意外な趣味を知ったような気がして、江幻は口元に悪戯っぽい笑みを浮かべた。
『コーヤのボンノーって何だ?』
『お、俺の?』
びっくりしたように目を丸くするコーヤの表情を見て、蘇芳は楽しげに目を細めた。
何に対しても一生懸命で感情豊かなコーヤには最初から好感しか抱いておらず、更にもっと楽しい反応を引き出したいという思
いに囚われていた。
(まあ、こんな人間ばかりじゃないだろうがな)
いくら人間界の事をよくは知らないといっても、皆が皆コーヤのような性格だとは思えない。
本当に幸運にも、今回人間界からやってきたのがコーヤのような少年で良かったと思った。
『そう、コーヤの』
『俺は・・・・・えっと、食欲ぐらいしかないけど・・・・・あ、後は、やっぱり自分の家に帰りたいとは思うけど、これって煩悩とはいえな
いよなあ』
『食欲?』
『日本には色んな食べ物があるけど、こっちじゃ味とか限られてるし、お菓子だって無いだろ?マックにも行きたいし、コーラだって
飲みたいし、疲れた時はチョコなんかも食べたいけど、こっちじゃ到底無理だし・・・・・あ〜、何か口に出すと余計に食べたくなって
きたあ〜』
『はは、子供だな』
言葉の一つ一つの単語は分からないが、どうやら人間界を懐かしく思っているらしい。
何だか蘇芳はもっとコーヤの可愛らしい表情や反応が見たくなって、自分の手の下にあるコーヤの指の間をそっと自分の爪先で
擦ってみた。
『ひゃあっ?』
少し尖った爪先での急な刺激に、コーヤは文字通り飛び上がった。
その拍子に緋玉から手を離して、顔を真っ赤にして何か怒鳴っている。
『あんたっ、本当はヘンタイだろ!』
「江幻、コーヤは何て言ってるんだ?」
「見たら想像がつくだろう?お前、何したんだ?」
「ちょっと指に触れただけだ」
「女と同じ様に触れたんだろう?」
「まさか。本気になったら腰なんか立たせないって」
「・・・・・」
蘇芳のその言葉にはさすがに呆れたのか、江幻は肩をすくめて黙ってしまう。
コーヤの機嫌は自分で取れという意味だと解釈した蘇芳は、ピリピリと自分を警戒しているコーヤに向かって、にっと(女相手なら
ばその瞬間堕とせる)笑みを向けた。
「コーヤ」
スオーが笑いながら自分の名を呼んでいる。
しかし、その笑顔に騙されるものかと、昂也は簡単に近付く事は無かった。今までの話を聞いて、警戒心も抱かずにいられるなん
てことはとても出来なかった。
『い、嫌だ』
「ん?ここに手を置いてくれないと話も出来ないけど?」
『・・・・・』
緋玉に手を置いて、眼差しで誘っているスオー。
多分、これに手を置けと言っているのだろうが、その言葉通りに動くのはどうも気が進まない。
(でも、これに触んないと話が分からないしな)
今こそ、この国の言葉を話せないことが悔しいと思ったことはないが、それはこの先の課題として考えることにして、今はとにかく何
時でも逃げられるようにこの男と対峙しなければならないと思った。
「コーヤ」
『・・・・・』
(おい、どうするよ・・・・・)
コーヤがじっと何か考え込んでいるのを、蘇芳はワクワクしながら見つめていた。この人間の少年がいったいどういった態度を取る
のか興味があるからだ。
しばらく眉を潜めていたコーヤは・・・・・何を思ったのか、側で大人しく話を聞いていた(?)青嵐を抱き上げると、そのまま青嵐の
手をスオーの手の上に置き、その青嵐の上に自分の手を重ねた。
『・・・・・で?』
『そうきたか』
子供相手には何もしないだろうと思ったコーヤの考えはある意味正しい。
さすがの蘇芳も、角持ちで金の竜に変化出来る子供相手に悪戯心は起きなかった。
『スオーって、誰相手でも変なこと言うんだろ?本当にヘンタイ?』
『そんな事はないよ?いくら俺でも子供は範疇外だし』
『それって犯罪!煩悩どころの話じゃないってっ』
『まあまあ』
『・・・・・ホント、怪しい奴』
そう言いながらも、律儀に会話を続けてくるコーヤが可愛くて、蘇芳はそのままギュッと抱きしめたくなってしまう。
ただ、今のこの時機にそんな事をすれば更なる反感を抱かれることは想像がつくので・・・・・その思いだけでも伝えたいと、チラッと
江幻に視線を向けた。
『欲しいな、これ』
『後ろにはあの紅蓮がいるぞ』
『あんな堅物、問題外』
『ちょっと、2人で何話してんだよ?』
意味は分からないものの、怪しい雰囲気を感じ取ったコーヤが顔を顰めながら口を挟んでくるのに、蘇芳は何でもない風を装っ
て・・・・・それでも楽しそうに目を細めてしまう。
もっともっと、コーヤの色々な表情を見て見たい。
そう思った蘇芳は更にコーヤに笑いながら言った。
『人間界っていうのは面白いなっていうことだよ。なあ、コーヤ、他にも色々話してくれ』
end