108つの煩悩 エトセトラ






                                                           『』内は日本語です。




有希&蒼の場合







 不思議なこの異世界でも、新年というものは訪れる。
そのサイクルは日本のそれとは違うものの、新しい年を迎える喜びというものに違いは無かった。
 『でも、蒼さん良かったんですか?こっちに来て』
 『いーの!どうせシエンは仕事が忙しいんだから!』
羨ましく思うくらい仲の良い蒼とシエンだったが、どうやら喧嘩をしてしまったようで、蒼は遥々有希が暮らすエクテシアまでやってき
た。
けして近い距離ではないこの国まで来たというところをみると、かなり蒼にとっては今回の喧嘩は深刻のようだ。
(あのシエン王子が蒼さんをこんなに怒らすなんて想像が出来ないんだけど・・・・・)
 蒼が国境のこの離宮にやってきてもう数日、一向にその理由を話してくれないので、有希はそろそろ聞いてもいいのだろうかと話
を切り出してみた。
 『蒼さん、いったい何があったんですか?シエン王子と喧嘩したんですよね?』
 『・・・・・』
 『蒼さん』
むうっと口をへの字にしていた蒼だったが、有希が何度かせかすとようやくといったように口を開いた。
 『・・・・・シエンがあんなに女に弱いとは思わなかった』
 『え?』
 『俺が嫌がっているの分かっているくせに・・・・・シエン、女とイチャイチャしてるんだ』



 蒼がシエンと暮らすバリハンも、かなりの大国の一つといってもいい。
新年を迎えるにあたって、近隣の小さな国の王族や有力貴族が来国することは珍しくないうえ、今回はシエンが婚儀を挙げてか
ら初めて迎える年でもあるので、皆祝いもかねてバリハンにやってきていた。
 蒼も、初めての行事にワクワクしていたし、自分とシエンを祝ってくれようとする気持ちは嬉しかったので、一生懸命迎える側とし
て客に接してきたのだが、どうやら中には純粋な意図でやってきているわけではない者達もいるらしい。
新婚早々のシエンに妾妃をと、正妃である蒼が男だと知った幾人かの人間が、世継ぎを産むのは自分の娘にとシエンに露骨な
アプローチを仕掛けてきたのだ。
 『シエン、優しいから嫌だってきっぱり言わなくてさ。そりゃ、色んな外交問題もあるとは思うけど・・・・・』
 『それで、怒って出てきちゃったんですか?』
 蒼なら、逃げ出す前に相手を撃退するんじゃないかと思ったのか、有希が不思議そうに聞いてきた。
 『だって・・・・・シエン、手を握られても、抱きつかれても笑ってるんだぞ』
それが大きな揉め事を作らない為だと頭の中では理解しているものの、蒼はどうしても自分の波立つ心を抑えられなかった。
それでも、自分がシエンの妃という立場も自覚していたので、相反する気持ちが自分の中でせめぎ合い、とうとうバリハンを飛び
出してきたのだ。
 『有希はいいよなあ。アル、分かりやすくて』
 『蒼さん・・・・・』
 この不思議な国で初めて迎える新しい年。
大好きな人と初めて迎えるはずの年を、こんなに寂しい思いで待っているなんて考えもしなかった。
 『あ〜!!ボンノー払い落としたい〜!!』
 『蒼さんにはそんな煩悩なんてないですよ』
 『いや、俺には絶対ある!108つはなくても、さいてー10個はあるって!』
拳を握り締めながら力説する蒼を、有希は困ったように見つめた。



(王子には直ぐに手紙を出したけど・・・・・まだ届かないだろうし)
 蒼がこの国を訪れて直ぐ、様子のおかしい彼を心配した有希は、直ぐに蒼の伴侶であるシエンに手紙を出した。しかし、そんな
に急がせても10日以上は掛かるその道程を考えれば、シエンの迎えを期待するのは望みが薄いかもしれない。
 『蒼さん、エクテシアの新年の祭りはとても華やかなんですって。僕も今年が初めてだし、一緒に楽しみましょうよ』
 『・・・・・ありがと、有希。でも、あの暴君が許すかなあ。今だって、有希がずっと俺に付いているのを面白くないと思ってるみたい
だし』
 『アルティウスにはちゃんと説明しますよ』
 有希は苦笑した。
蒼の言った通り、ここ数日蒼につきっきりの有希の事をアルティウスは面白く思っていないようで、昨夜もかなりダダを捏ねられた。
そう・・・・・あれは、どう考えても子供のそれとしか思えない。
(アルティウスも蒼さんを気に入っているからいいけど・・・・・)
喧嘩仲間というとまたアルティウスは怒るかもしれないが、確かにアルティウスと蒼は気が合うようで、有希も少し妬きもちを焼いて
しまいそうになるくらい息が合う。
それでも、有希が夜まで蒼といるのは、アルティウスの許せる範囲以上のものらしい。
 『今、蒼さんが来てくれているから、みんな色んな料理を作ってもらえるのを楽しみにしているんですよ?ほら、行きましょう?』
 『あー、じゃあ、アルには食べさせないって意地悪するかあ』
 『蒼さんったら』
 「なんだ、私の事を言っている様だが、どうせソウが悪態をついているのであろう」
 「ア、アルティウス?」
いきなり会話の中に入ってきたアルティウスの言葉に、有希と蒼は慌てて振り返った。



 「どこにいるのかと捜したぞ、ユキ。そろそろ明日の新年の祝祭の準備をせねばならない」
 「え?」
 ゆっくり近付いてきたアルティウスは、当然のように有希の肩を抱き寄せる。
その眼差しも、口調も、有希を愛しいと思っているのが丸分かりで、蒼はシエンと離れている自分がとても寂しく感じてしまった。
(シエンのバカ・・・・・せっかく新しい年を2人で迎えられると思ったのに・・・・・)
 自然と、蒼の口が尖ってくる。
すると、そんな蒼に向かってアルティウスがにやっと口元を緩めた。
 「ソウ、何時までここにいる気なのだ?お前もバリハンの皇太子妃、本来勝手に国を出てくることなど許されないことだぞ」
 「アルティウスッ」
 「・・・・・だって」
 「帰りたくないのか?」
 「・・・・・」
 「では、迎えは帰した方がいいのか?」
 「え!」
アルティウスの言葉に慌てて視線を彷徨わせた蒼は、今アルティウスがやってきた建物の影から姿を見せた相手を見た途端、直ぐ
に走って抱きついてしまった。



 「シエン!」
 子供のように走ってきて抱きついてきた蒼の身体を、シエンはしっかりと抱きしめた。
(もっと早く迎えに来たら良かったが・・・・・)
蒼がイライラしている事には気が付いていた。それが、自分のことに関係があるということにも。
ただ、一国の皇太子であるシエンは国同士の付き合いを無下には出来なかったし、どんなに妾妃を迎えるようにと勧められても、
蒼への強い想いを自覚しているシエンにとっては軽く聞き逃せることだった。
(だが、ソウにとっては、面白くは無いことだったのかも知れぬな)
 我慢の限界を迎えたらしい蒼が、友人である有希のいるエクテシアに向かったと気が付いた時、シエンは直ぐにでも後を追い掛
けて行きたかった。
しかし、目の前に迫る新年の行事を放ってはおけず、急いで自分がこなさなければならない最小限の役目を済ませ、王である父
の許しを得て国を出たのが10日程前で、シエンはとにかく休む間も惜しんでエクテシアまでやってきたのだ。
 「ソウ、嫌な思いをさせて申し訳ありませんでした」
 直ぐには許してはくれないだろうと思い、シエンは真摯に蒼に謝罪した。
許してくれるまで、笑顔を見せてくれるまで謝り続けるつもりだった。
 「ううん、違う、俺の方が我が儘言って・・・・・ごめんっ」
しかし、愛しい蒼は、そう言って自分を許してくれる。シエンは嬉しくて、それでもきちんと最後まで謝ろうと続けた。
 「あなたは私の妃なのですから、あれくらいの我が儘は当然です。寂しい思いをさせてしまって・・・・・」
違う、自分が悪いと、ますます強くしがみ付いてくる蒼を抱きしめ返しながら、シエンは有希に向かって言った。
 「ソウの相手をして頂いて、すみませんでした」
 「僕も楽しかったし、全然謝る事なんてないです」
相変わらず穏やかに優しく笑ってそう言う有希とは反対に、隣に立つアルティウスはシエンに向かって居丈高に言い放つ。
 「たった1人の妃の舵も取れないとは、シエン、冷静沈着な「智」の王子と言われる《青の王子》
の名を返上した方が良いので
はないか」
 「・・・・・」
 確かに、一番大切な者を不安にさせたのであれば、アルティウスの言葉も甘んじて受けなければならない。
そう思って蒼の顔を覗き込もうとしたシエンは、反対にギュウッと強く抱きしめられた。
 「ソウ?」
 「アル!シエンを悪く言うなよ!」
 「なんだ、ソウ、先程まではお前が怒っていたではないか」
 「俺はいーの!でも、アルは駄目!」





 「・・・・・ふんっ」
 何時もならここでアルティウスと蒼の言い合いが始まるのだが、さすがにそれまでの蒼の落ち込みを知っていたからか、それとも有
希の気持ちを考えたのか、眉を顰めてはいるが何も言い返さなかったアルティウスの腕をそっと掴み、有希は嬉しそうに微笑みな
がら言った。
 「シエン王子が来てくれたんなら、4人で年越しが出来ますね、蒼さん」
 「あ、そうだよな。アル、ボンノーを追い払えよ?」
 「ボンノー?何だ、それは」
 「アルの頭の中に一杯あるもの!」
 「・・・・・ユキ、どういうことだ?」
 「さあ」
 シエンが迎えに来てくれて、蒼の顔にも笑顔が戻った。
結局は犬も食わない何とか・・・・・だろうが、思いがけず新しい年を蒼と共に越せることになった有希は、来年もきっといい年であ
るようにと心の中で呟いていた。





                                                                     end