24時間のおまけ









 『ターロ、明日は空けとけよ?』
 「はあ〜?」
 『金曜日だろ?泊まれる用意しておけ。じゃあな』
 「ちょっ、ちょっと!ジローさんってば!」
 言いたいことだけ言って切れてしまった電話をしばらく呆然と見つめていた太朗は、やがてブーっと口を尖らせながら電源を切っ
た。
 「・・・・・ったく、勝手なことばっかり言って・・・・・」
(俺に用があったらどうするんだよ)
 「・・・・・でも、何の用だろ?」
基本的に、まだ学生である太朗の生活を一番に考えてくれる上杉は、普段傍若無人なことを言う割には無茶や急な約束な
どはしてこない。
太朗の母、佐緒里と約束したこともあり、泊まりを要求することもなかったのだが・・・・・。
 「あ!」
(母ちゃんに何て言えばいいんだよ〜っ)



 珍しく、太朗の家の前まで車で迎えに行った上杉は、玄関先で憮然として立っている太朗の姿を見て頬を緩めた。
(ちゃんと約束守ってるじゃね〜か)
太朗が手にしているリュックは大きく膨らんでいて、多分あの中は着替えとお菓子が詰まっているのだろう。
 「タロ!」
名前を呼ぶと、一瞬嬉しそうに顔を綻ばせるくせに、次の瞬間プ〜ッと頬を膨らませる。
その鮮やかで分かりやすい変貌が可愛くて、上杉はクッと笑みを噛み殺しながら車から降りた。
 「ちょっと〜!この黄色い車は煩いから嫌いって言っただろ!」
 「カッコイイとも言ったじゃねえか」
 「見る分はいいけど、乗るのは嫌なんだよ!狭いし、煩いし!」
 「そうか?」
 「ジローさんの趣味って変だよ」
(この反応が面白いんだよな)
 今まで遊んできた女は、高い外車というだけで優越感に浸っていた。
考えれば、ブランド物のバックや時計、宝飾、一流ホテルのスイートルーム。女は金額が高く形のあるものを与えさえすれば喜ん
でいたが、この太朗には何をしてやったら喜ぶのかいまだに分からない。
 屋台のラーメンを喜んでいたので、有名シェフの中華料理店に連れて行ったら場違いだと萎縮していたし、上杉が事務所で
使っていた万年筆がカッコいいと言っていたので新しい物(○万円)をプレゼントしようとしたら、高校生にはボールペンで十分だ
と怒り出した。
 太朗を見ていると、自分がとうに忘れかけた・・・・・いや、経験してこなかった普通の生活というものが感じられて、上杉にはそ
れだけでも結構な刺激になっていたのだが・・・・・。
 「外泊の許可は貰ったか?」
 「・・・・・」
 途端に、太朗はますます深い皺を眉間に寄せて、上杉の目の前に1枚の紙を突き出した。
 「なんだ?」
 「母ちゃんからのリクエスト」
 「リクエスト?」

 ・浅草・舟和「芋ようかん 」
 ・浅草・常盤堂「雷おこし」
 ・赤坂・とらや「最中」

 「・・・・・なんだ?これ」
 「だって、今回はジローさんが強引に約束決めただろう?俺のお小遣いが減るのは割に合わないって言ったら、じゃあこれをジ
ローさんに頼むようにって」
 「・・・・・なるほどね」
思わず笑いが零れた。
保護者からすれば、未成年の子供が恋人のもとに泊まることを知って(既に関係があることも知っていて)、簡単に許すことなど
出来なかったのだろう。
これは形ばかりの許可証だ。
これぐらいの要求など、全く可愛いものだった。
 「1年分ぐらい用意させるか」
 「そんなの食べきれないって!」
上杉の冗談に真面目に返す太朗に、今度こそ上杉は大声で笑った。



 口で言うほどには嫌いではない車の助手席に乗り込んだ太朗は、上機嫌で車を運転し始めた上杉の横顔を不思議そうに
見つめた。
 「ねえ、ジローさん」
 「ん?」
 「今日、もしかして誕生日?」
 「はあ?」
 「だってさ、急に泊まりでって言ったし、機嫌だっていいみたいだし。なんか、いいことがあるのかなって」
 考えて見れば、太朗はまだ上杉の誕生日は知らなかった。
いや、自分が知っているのは上杉のごく一部なのかもしれないと、昨夜太朗はベットに入った後に考え始めた。
ヤクザの組長だということ、バツ一だということ、意地悪で、悪戯好きで自信家で・・・・・でも、カッコよくて優しい・・・・・そんな、
表面上のことしか知らないかもしれないと。
(俺って・・・・・恋人失格かも・・・・・)
 不安そうに自分を見つめる太朗の髪を、上杉は空いた手でクシャッと撫でた。
 「違うって」
 「本当?」
 「今日は、絶対にタローに会いたいと思ってな」
 「今日はって、誕生日じゃなかったら、今日、何かあった?」
太朗が考える限り、今日は特別な日ではなかった。
太朗の認識では金曜日の今日は明日から休みだという嬉しい日で、その上上杉にも会えてラッキーな日になった。
しかし、それだけだ。
 「分からないか?」
 「うん」
 「・・・・・今日は何日だ?」
 「今日?2月29日」
 「で?」
 「で?」
 「お前、もうちょっと勉強しろ」



 呆れたような上杉の言葉に太朗はムッとしたらしく、シートベルトをした身体を乗り出して言い返してきた。
 「勉強してるよ!成績だって、中ぐらいだし!」
 「・・・・・」
(・・・・・太朗らしいか)
トップクラスではないのが笑えるが、それもそれで太朗らしい。
本当に分からないように頬を膨らませる太朗に、上杉はまるで秘密を漏らすように声を落とした。
 「今年は閏年だろ?」
 「うるうどし?」
 「4年に1回、2月が28日じゃなくて29日になる日」
 「あ・・・・・そっか」
呆気なく納得した太朗だったが、上杉の思惑とは全く違うことを思いついたらしく、シートに深く沈みこんでぼやいた。
 「なんだあ、今年は1日勉強多くしなくちゃいけない日だったのか・・・・・損だよなあ」
 「・・・・・タロー」
 「ジローさんも、1日長く仕事した日だね。ご苦労様」
(・・・・・多分、こいつには分からないとは思ったが・・・・・)
 もっと、ロマンティックに今日の日を迎えた上杉は内心脱力してしまったが、そんな太朗の意識を変えるのも面白いかと気を取
り直して言った。
 「俺は得した気分だぞ」
 「え〜」
 「普通の年より1日長く・・・・・24時間お前といる時間が多いじゃないか」
 「・・・・・っ」
思い掛けない言葉だったのだろう、一瞬太朗は大きく目を見開き・・・・・その後たちまち鮮やかに耳まで真っ赤になっていった。
上杉の言う言葉の意味を理解するほどには、太朗も大人になったようだ。
 「な、そ、そんな・・・・・こと・・・・・だって、でもっ、夕方まで一緒じゃなかったし・・・・・っ」
 「それでも、お前のことを考えることは出来た。俺にとっては、今日は嬉しいオマケの日だったな」
 「・・・・・ジローさん・・・・・」
 「タロは?どう思う?」
 「・・・・・」
 太朗は答えなかった。いや、答えることが出来なかったのだろう。
それでも、手を伸ばして上杉のスーツの裾を掴んできたのは上出来だ。
 「特別な日だからな。オマケついでに、本物のお前にも触れたくなった」
 「・・・・・」
 「今日はたっぷり可愛がってやるからな、タロ」
 「・・・・・っ!その言い方がオヤジなんだよ!」
 せっかくいいムードを作ったが、ずっとそれでは上杉の方も照れ臭かった。
それに、やはり太朗の元気な吼え声を聞いていた方が楽しい。
(俺もマゾ度が上がったなあ)
 「嫌か?」
 「・・・・・オマケだもんなっ。今日は・・・・・特別に一緒にいてやってもいいよ!」
 「・・・・・」
(素直じゃねえなあ)
それでも、上杉はこんなやり取りがとても楽しく思えた。
4年前の今日はいったいどんな日を送ったのかは思い出すことも出来ないが、4年後の今日は・・・・・きっと今日のことを鮮やか
に思い出すことが出来るだろう。
そして、その時の自分の隣には、必ず太朗がいてくれるはずだ。
 「よし!今日は太朗が喜んでくれるように頑張らないとな」
 「な、何を頑張るんだよ!」
 「ん?ナニを」
 「!ばかあ!!!」
顔を真っ赤にしながら怒っても少しも怖くは無く、むしろどんどん可愛くなっていくだけだ。
今日中は寝かさないつもりだったが、日付が変わっても離してやることは出来ないだろう。
そんな、太朗が知れば烈火のごとく怒りそうなオヤジなことを考えながら、上杉は今日という楽しいオマケの日を存分に満喫して
いた。




その夜、太朗が何時眠れたのかは・・・・・2人だけの秘密である。




                                                                    end






せっかくの閏年。4年に1度の特別な日に、何かちなんだ話を書きたくなって出演してもらったのがタロジロです(笑)。
拍手SSにしようかどうか迷いましたが、本編番外編の方にアップしました。
本編後の、賑やかでラブラブな2人の日常が垣間見れたらいいのですが。
あ〜、久し振りに2人を書いて、何だか本編の続編も書きたくなりましたよ。もう少しの辛抱・・・・・。