海藤貴士会長、お誕生日編です。
今回はとても賑やかな風景を見て頂けると思います。
















 9月に入って直ぐ、真琴は何通かの手紙を出した。
封書の中に入れられたのは、ケーキの形をしたカード。
 「え〜と・・・・・呼ぶのは・・・・・倉橋さんでしょ?綾辻さんと・・・・・もっといっぱい呼ばないと楽しくないかなあ」
(でも、俺、海藤さんの友達って知らないし・・・・・あっ)
 「上杉さんは友達なんだっけ」



 大学2年生の西原真琴(にしはら まこと)には大切な恋人がいる。
その恋人は海藤貴士(かいどう たかし)・・・・・そう、真琴の恋人は自分と同じ男だった。
同性で、しかも自分よりも一回り以上も年上で・・・・・さらに、開成会というヤクザの組のトップに立つ男だった。
初めから、惹かれていたというわけではないと思う。
海藤にしても、最初は面白いものに手を出すくらいの気分だったのかもしれない。
 しかし、始まりはどうであれ、今の真琴は海藤の事を愛していたし、海藤も真琴が寄せる以上の想いを返してくれている。
真琴も、海藤も、今2人でいることがとても幸せだった。





 そして、真琴は張り切っていた。
それは今月9月25日は、大切な人、海藤の誕生日だからだ。
今年で33歳、本来は誕生日祝いなど嬉しがってすることも無いかもしれないが(特に男は)、去年、真琴は自分が海藤に何を
言ったのかちゃんと覚えていた。

 「今度はみんなも呼んで、めいいっぱい楽しくしましょう?」

その言葉に、海藤も笑いながら頷いてくれた。
真琴たった1人でもあんなに喜んでくれたのだ、何とかたくさんの人を呼んで海藤の誕生日を祝いたかった。
 しかし、それには海藤が知っている人間で、尚且つ海藤の誕生日を心から喜んでくれる相手でなければならない。
海藤の友人・・・・・と、いうか、海藤の身近にいるのは倉橋と綾辻しか思い浮かばず、真琴は他に誰がいるのかとずっと考えて、
ようやく海藤の友達という相手に思い当たった。

 羽生会会長の、上杉滋郎(うえすぎ じろう)。
彼もヤクザの組のトップだが、真琴は彼よりも彼の恋人、苑江太朗(そのえ たろう)の方をよく知っていた。
まだ高校生の太朗だが、真琴と同じ様に男である上杉と恋人同士である。真琴と海藤以上の歳の差があるが、そんなものを
少しも感じさせない熱々の恋人同士だ。

 そしてもう一組、日向組の若頭である伊崎恭祐(いさき きょうすけ)と、その日向組の組長の弟である高校生の日向楓(ひゅ
うが かえで)、彼らもやくざという世界に身を置いているものの、真琴にとっては大事な友達で、彼らも恋人同士だった。

 海藤の・・・・・と、言うよりも、真琴自身の友人を呼ぶといった感じになってしまうが、自分達も合わせれば8人、賑やかなお祝
いが出来るだろう。
そう思った真琴は、それとなく海藤にマンションに友人を呼んでいいかと訊ねた。
名前を出さなかったせいなのか、海藤の答えは、

 「身元がしっかりしている相手なら構わない」

とのことだった。
海藤の職業柄それは当たり前だと思った真琴は、内心この4人ならば絶対大丈夫だと笑みを浮かべた。



 「あの、これ」
 倉橋と綾辻には、それぞれマンションに来てくれた時に招待状を渡した。
2人共その内容を見た時はさすがに驚いたようだったが、直ぐに笑みを浮かべてその場で出席の意向を伝えてくれた。

 「私のようなものまでお招きくださってありがとうございます」

 「あ〜、社長へのプレゼントなんて悩んじゃうわ〜。いっそ、マコちゃんにリボン掛けたいくらいよ」

2人の反応はその性格からか多少違ったが、それでも楽しみにしているといっている雰囲気は伝わった。
真琴は、
 「プレゼントは気持ちにしてくださいね?あんまり高い物だと海藤さん受け取ってくれないかもしれないから」
そう念押しをし、とにかく海藤を心から祝って欲しいことを伝えた。



 太朗からは、

 『俺なんか行ってもいいんですか?あ、ジローさんは絶対に引っ張っていくから!え〜と、プレゼントって何がいいんだろ?』

そう、承諾の電話がきて。
楓からは、

 『俺、海藤さんっていうよりもマコさんに会いたいから。伊崎は大丈夫、俺を1人で行かせるわけないし』

と、苦笑をもらすようなことを言われた。
それでも、真琴は来てくれるという2人に感謝した。



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 どうやら、真琴が何かを考えているらしい。海藤はそれがどうしてなのか分かっていた。
多分、去年までの・・・・・真琴と出会う前までの自分ならば、どういうことか分からないままだったろうが、今年は去年のこともある
ので嫌でも自覚をさせられていた。

 誕生日。

それまで、単に一つだけ歳を取るという日だったのが、去年真琴が祝ってくれたことで、誕生日は海藤にとって特別な日となった。
生まれて来てくれて嬉しいと言われ、自分も、生まれて良かったと心から思えた日。
今年も、真琴は海藤に内緒で(それでもソワソワしているので分かってしまうのだが)祝ってくれるつもりのようだ。

 今年は、どんなことをして驚かせてくれるのだろうか?

そう思ってしまう自分が子供みたいだと思うが、考えれば子供時代こんな風にワクワクと誕生日を楽しみに待っていたという記憶は
ないので、遅まきながら童心にかえったというところか。

 何を、考えてくれてるんだろう?

 口には出せない、楽しみ。
海藤は自分がこれほど誕生日を待ち焦がれていることが気恥ずかしく・・・・・嬉しかった。



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 そして、9月25日、当日。

 「おじゃましま〜す!」
 学校を終えて来てくれた太朗と楓は、早速というように制服の上着を脱いだ。
 「マコさん、俺達も手伝うから!」
 「え?いいよ、2人ともお客様なんだしっ」
 「みんなでやった方が早いよ!もう4時も過ぎてるし、今日海藤さんが帰ってくるのは何時頃?」
 「社長は7時過ぎには帰ってくるわ。マコちゃん、お言葉に甘えてみんなで準備しましょう」
太朗と楓を車で拾ってきてくれた綾辻も、そう言いながらスーツを脱いでシャツを捲くった。もしかしたらこの中で一番頼りになる人
間の綾辻にそう言われ、真琴も2人に向かって頭を下げた。
 「ありがとう、お願いします」
 「うん!あ、頼まれていたケーキ、ジローさんが持ってきてくれるって!」
 「ホント?じゃあ、ケーキは心配要らないか」



 去年、全く料理が出来なかった自分が用意したのはカレーライスとサラダだった。
さすがにそれから1年、少しはレパートリーも増えたが、料理上手な海藤の足元には到底及ばないという事は分かっていた。
それでも、海藤がけして馬鹿にしないでいてくれることももう知っている。

 料理は、真琴と綾辻が担当した。
大勢来るので、サンドイッチや手巻き寿司やピザ(太朗と楓のリクエストも入っている)、唐揚げにポテトフライ。
ローストビーフは海藤が美味しいと言っていた店に頼んでテイクアウトしてきた。
 「なんだか、子供っぽかったでしょうか?」
 次々に並んでいく色とりどりの料理を見ながら、真琴は少し心配そうに言った。
本来30も過ぎた男のお祝いならば、鮨とか取った方が良かったかもしれないと今更ながら思ってしまったのだ。
しかし、綾辻は楽しそうに笑っている。
 「い〜のよ、誕生日の料理はカラフルなのが定番!」

 飾り付けは、太朗が任せてと胸を叩いてくれた。
上杉も喜んだという、ティッシュで作った花や、折り紙の飾り。
面倒くさいとボヤく楓を叱咤してマンションを飾っていくと、どこからどう見ても小学生の誕生日会だった。
 「・・・・・上杉さんの時も、こんな感じ?」
 「そう!大人の男って、こーいう昔っぽいのに弱いんだって!」
 「・・・・・」
(まあ、上杉さんなら、太朗君がしてくれたことなら何でも嬉しいのかも知れないけど)
 思わず真琴が笑ってしまった時、インターホンが鳴った。
カメラには、エントランスに立っている2人のいい男が映っている。
 「上杉さん、伊崎さん、いらっしゃい!」



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 午後7時過ぎ、マンションに戻った海藤は、一緒にエレベーターに乗っている倉橋を振り返った。
 「何があるんだろうな」
意識しないまま、出てくる口調は少し楽しそうだったのかもしれない。倉橋も普段は無表情の頬を僅かに緩めて、ゆっくり上がって
いく階数に視線を向けた。
 「さあ、何でしょうか」
 エレベーターが着き、海藤はゆっくりと自分の部屋の前に立つ。そして、何時ものようにインターホンを鳴らした。
まるで、驚くと初めから分かっているビックリ箱を開ける気持ちだった。



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 「帰ってきた!」
 「準備準備!ほらっ、ジローさんも伊崎さんもこれ持って!」
 玄関に駆け出していく真琴の後ろから、太朗と楓、そして上杉と伊崎と綾辻が続く。それぞれの手には、太朗から持たされたク
ラッカーが握らされていた。
 「開けますよ!」
真琴が振り返って言うと、そのまま扉が開かれる。

 パンッ パンッ

軽いクラッカーの音と共に、
 「お誕生日おめでとうございます!」
真っ先に言った真琴の言葉の後から、次々と言葉が続いた。
 「おめでとーごさいます!」
 「おめでとー」
 「お呼ばれしたぜ、海藤」
 「お邪魔しています」
 「おめでとうございます!しゃちょー!!」
口々に言われる言葉に。
頭からクラッカーのテープを被った海藤はさすがに驚いたように目を見開き、次の瞬間真琴を見つめて微笑んだ。



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 まさか、上杉や伊崎まで呼んでいるとは思わなかった。
この2人の姿を見た時はさすがに驚いてしまったが、上杉の楽しそうな顔と伊崎の苦笑を零す顔を見ると、彼らにとってこれは無
理強いではなかったのだと思えた。
 「海藤さんっ、早く!」
 真琴に腕を引かれてリビングに入ると、そこはまるで小学生の誕生会といった雰囲気で。
 「俺もこれをやられたんだぜ?でも、けっこうーイケルだろ?」
上杉のからかうような声を聞きながら、海藤はその飾りつけと、これでもかというような料理の数々にゆっくりと目をやった。
 テーブルの上の、誕生日ケーキ。
《たかしくん》と書かれていないだけましかもしれないが、誰がどう見ても誕生日仕様だ。
それを見つめながら、海藤は自分がずっと笑っていることに気付いていた。
 「海藤さん、今年の誕生日は賑やかにしようと思って・・・・・あの・・・・・」
 「ありがとう」
 自然と、その言葉が出てきた。
 「去年の誕生日も嬉しかったが、今日はまるでビックリ箱を手渡されたみたいに驚いた」
 「海藤さん・・・・・」
 「プレゼントも、期待していいのか?」
珍しく冗談のようにそう言うと、それぞれがいっせいに自分の荷物の中から大小のラッピングされた包みを持ってきて海藤に差し出
した。
 「おめでとう、海藤さん!」
 先ず、真琴が手渡し、
 「海藤さん、これ、笑い袋!海藤さんはきっと、もっと笑ってた方がカッコいいし!」
太朗が、中をバラして自慢げに言う。
 「俺は、扇子。じいちゃん達のお勧めの店だからいいもんだと思うよ」
意外にも楓がよく考えてくれた物をくれると、横から太朗が差が有り過ぎだと喚いている。
 「俺と伊崎は酒だ」
上杉と伊崎は珍しい酒とワインを差し出し、
 「私は眼鏡ケースなんですが・・・・・」
倉橋が遠慮気味に鞄から包みを差し出した。
 「私はこれよん!しゃちょー、絶対喜ぶから!」
綾辻が差し出した何やら少し大きめの袋を少しだけ覗けば、真っ白なフワフワな尻尾と耳と・・・・・。
 「・・・・・お前の趣味か?」
 思わずそう聞けば、
 「小田切さんの紹介でーす!ゆっくり楽しんでくださいね!」
どう言ったらいいのかさすがに呆れてしまった海藤だが、それでもありがとうと全てを受け取った。
 「ねえ、マコさんは何あげたの?」
 「そ、それは、秘密です」



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 海藤は、よく笑ってくれた。
大声を出しての笑いではないが、目を細めて自分を祝いに来てくれた人々を見つめているのが良く分かった。
(良かった、喜んでくれて)
2人きりの誕生日も、楽しいと思う。
だが、こうして自分が生まれたことを大勢の人が祝ってくれていると知れば、海藤ももっと自分の命を、存在を、愛しく思ってくれる
だろう。
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 海藤と目が合った。
人前だというのに珍しく真琴の肩を抱き寄せて、その耳元で囁く。
 「来年が楽しみだな」
 「・・・・・はいっ」
来年も一緒にいる・・・・・言外にそう言ってくれた海藤に、真琴は満面の笑みで頷いた。



       ─────



 ずっと、平和なことなど有りえないと思っていた。
多分、こういう世界に身を置いていれば危険は付き物だと、上杉も伊崎も、そして倉橋や綾辻も分かっているだろう。
それでも、この時間が続いて欲しいと思えるのは・・・・・大切な、愛しい者の存在のおかげだ。
 ありがとうと、何度言っても足りない。
それなのに、永遠の約束を出来ないことがもどかしい。
絶対に大丈夫だと言えないのならば、せめて来年、一緒にいる事は約束したい。1年1年を重ねていけば、ずっと一緒にいるとい
うことになるだろう。
 「来年が楽しみだな」
 自分の言葉に、笑顔で頷いてくれる真琴。
海藤はこれが幸せな風景というのだろうと、抱きしめた自分よりも細い肩にそっと顔を埋めた。




                                                                      end





去年はしっとり、今年は賑やかに。
海藤さんも楽しい1日が過ごせたと思います。やっぱりマコちゃんの存在は大きい!