アレッシオ&友春の場合








 空港に降り立った男は、部下が差し出した携帯電話を取った。
 「今どこだ」
 【担当教授の部屋に。まだおられますが】
 「分かった、このまま大学に行く」
用件だけの会話を終えた男は、周りを何人ものガードに囲まれながら空港の外へと向かう。俳優のように整った容貌の
長身の男を見る眼差しは多いが、もちろんそんなものは全く気にならない。
(トモ・・・・・)
 ようやく会える愛しい恋人のことだけを考え、男・・・・・アレッシオは、一足飛びにその身体を抱きしめたいという感情に
捕らわれていた。

 イタリアの政財界に強固な影響力を持つカッサーノ一族の首領、アレッシオ・ケイ・カッサーノアレッシオ。
しかしアレッシオにはマフィアの首領という裏の顔も併せ持っていた。
 そんなアレッシオが唯一の存在として愛を誓ったのは、老舗ながら小さな呉服店の息子である高塚友春(たかつか と
もはる)だ。
 大学生の友春を強引に組み敷いた後、長い年月を掛けてようやく愛を返してもらえるようになった。
それは、自分の友春に対するそれよりはまだ育ってはいないと分かっているが、一度好きだという言葉を聞いたからには手
放すことなど考えられず、やがて大学を卒業すれば自分の祖国であるイタリアに連れ去ろうと思っている。
 それまで、アレッシオは日本に友春に会いに来るつもりだし、友春にもイタリアに来てもらうつもりだった。

 先月、2月14日。
思いがけず友春からチョコレートを貰った。それが日本で、いや、世界でどんなイベントなのかを知っていたアレッシオは嬉
しくて、その身体を骨が折れんばかりに抱きしめたものだ。
 幸いなことに、日本にはその返礼をする行事があり、アレッシオはその日、来月3月14日に向けて様々なプレゼントを
考えた。
 仕事が立て込んでなかなか日本に行くことが出来ず、せっかく友春と両思いになったというのに悶々とした日々を過ごし
たアレッシオは、3月13日、何とか全ての仕事にカタをつけて自家用ジェットに乗り込んだ。

(トモはどんな顔をするだろうな)
 実は、友春には今回の来日のことは話していない。
今までも何度か予告無しの来日をしてきたが、今回以上に胸が高鳴ることは無かったとアレッシオは思っている。
 友春の両親にも自分との関係は伝えているので、このまま大学で捕まえたらホテルに連れ去り、思う存分飢えを満たし
てもらおう・・・・・そう思ったアレッシオの口元には笑みが浮かんでいた。




 「あれ?友春、もう帰るのか?」
 「ちょっと電話してくる」
 友人にそう言った友春は、急いで研究室を出た。
(時差のこと、考えていなかったっ)
先日、イタリアに小包を送った。それは、自分が戸惑うほどに熱い愛情を傾けてくれる男へ宛てた物だ。
 男・・・・・もう、好きだと伝えたので恋人といってもいいのかもしれないが、そういうにはまだ少し躊躇いがあるのは距離を
置いてしまったからだろうか。
 もちろん、さすがに自分の気持ちを間違えることはないが、それでも絡まって強く拘束してくる相手・・・・・アレッシオの想
いを全て受け入れきれないのだ。
(僕の気持ちを聞く前に、親にも言っちゃうし)
 自分達が身体の関係も含めた付き合いであることを聞いた両親の驚いた顔は、今でも脳裏にこびり付いて離れない。
本当かと問われ、頷いたものの、その一方で早すぎるんじゃないかと思ったのも事実だった。
 自分はまだ大学生で、人生設計もたてていない。そんな中、もうイタリアに、アレッシオのもとに行くことが決定事項だと
言われても、本当にそうなのだろうかと思ってしまった。
 男同士の愛情がどれ程続くのか、本当に信じていいのか。友春はもっと時間を掛けたかったが、アレッシオはもう待てな
いという様子だった。

 あれから日本に帰り、仕事が忙しいのか来日も出来ないと言われた。
ホッとしたと同時に、どこか寂しくも感じてしまった自分は、既にアレッシオを受け入れている。そんな自分の心と向かい合
いながら、友春は3月14日に、イタリアにいるアレッシオにプレゼントが届くように送った。
 イタリアにいた2月14日。
感謝の思いを込めたつもりのチョコレートはそれ程高いものではなかったが、友春のその行動に歓喜したアレッシオはその
まま友春を連れ、高級ブランドの時計をプレゼントしてくれた。
 驚くほどに高いそれは身に付けるのも怖くて家に置いたままだが、さすがに返すことも出来ず、とても金額的に見合わな
いとは思うもののお返しをと考えたのだ。
 何日も掛け、何軒も回って、ようやく選んだ革の手袋。友春にとっては随分高い買い物だった。
海外への荷物だということで十分日程も考えたつもりだったが、今朝になって時差のことが気になってしまった。
 早く到着したならば隠してもらい、遅く着いたのならば謝ってもらおうと、アレッシオの屋敷の執事である香田に頼んでい
た方がいいと思い・・・・・。
 イタリアとの時差は約8時間。午後2時の今、向こうは朝の6時だ。
普通は早朝と思う時間だが、香田はもう起きているだろう。ただ、忙しい朝の仕事の途中に申し訳ないなと思ったが、友
春はどうしても気になったので思い切って電話を掛けた。
 【こんにちは、友春様】
 電話番号で分かったのか、香田の声は穏やかにそう言ってくる。時差など全く感じさせないその様子に、友春も幾分気
持ちが楽になって言った。
 「忙しいのにすみません」
 【それはかまいませんが、いかがされたんでしょう?】
 「あ、あの、お願いがあって」
 【私に、ですか?アレッシオ様に叱られそうですね】
 楽しそうに言う香田に、もう一度すみませんと告げ、友春は自分の頼みを口にする。
送ったアレッシオへの荷物・・・・・改めて考えれば恥ずかしいと思いながら、それでもその対応をお願い出来ますかと言え
ば、お任せくださいと力強い返答をくれた。
 「あ、ありがとうございます!」
 【ですが、アレッシオ様がそれを見るのは少し先になられると思います】
 「ケイ、そんなに忙しいんですか?」
 もしかしたら屋敷に戻ってこられないほどに多忙なのかと心配になると、
 【さあ、どうでしょう】
 「香田さん」
 【今、私の口からは申し上げられませんが、友春様の愛の証は、必ずアレッシオ様に手渡しさせていただきます】
 「あ、愛のって・・・・・」
(香田さん、すごく普通の口調で言ってるけど・・・・・)
自分が愛という言葉に恥ずかしくなるのは日本人だからだと思っていたが、同じ日本人である香田は全く頓着していない
ようだ。
性格もあるのかなと思いながらも、友春はお願いしますと付け加えた。
 「ケイ宛のカードも付けてあるんですけど・・・・・あの、ケイに、ありがとうって伝えて・・・・・」
 「本人に言ったらどうだ?」
 「!」
 突然背後からあまやかな声が響き、ビクッと肩を揺らした友春が振り向こうとする前に、
 「うわっ!」
長い腕に抱かれた友春は、耳元に音をたててキスをされた。




 車を飛ばして友春の通う大学に着いたアレッシオは、門で待っていた部下の案内でキャンパス内に足を踏み入れた。
整った容貌の、明らかに異国の血が混じっていると分かるアレッシオの姿に、学生達は驚きと同時に賛美の目を向けて
いる。
 「・・・・・」
 『こちらです』
 春休みでも、校舎の中も学生の姿が多い。しかし、アレッシオは全く無視をして案内する部下の後を付いていき、
 「・・・・・っ」
階段の下、目指す愛しい者の背中を見付けた。
 「香田さん」
 「・・・・・」
(ナツ?)
 友春は電話をしているようでアレッシオの登場に全く気がついていない。
そして、その相手は執事の香田らしいと分かり、アレッシオは眉を顰めてしまった。
(私の知らない所で連絡を取り合っているというのか?)
 いくら香田が自分に忠実だとはいえ、可愛い友春に邪な気持ちを抱かないとは限らない。帰国したら改めて話を聞か
なければと思っていると、
 「ケイ宛のカードも付けてあるんですけど・・・・・」
 どうやら、それが自分のことで電話をしているのだと分かり、アレッシオはもう感情を抑えることもなく、大股で友春の側に
近寄って、
 「あの、ケイに、ありがとうって伝えて・・・・・」
まだ自分の存在に気がついていないその身体を抱きしめて囁いた。
 「本人に言ったらどうだ?」
 「!」
 腕の中で、友春の身体が大きく震えるのが分かり、アレッシオは驚かせることに成功したなと思わずほくそ笑む。
 「ケ、ケイ?」
 「どうした?」
 「・・・・・びっくり、した」
何とか首を後ろに向けた友春が呆然と呟くのに、アレッシオは軽く唇にキスをする。
ザワッと周りの空気が震えたのは、休み時間で数多くいた学生達が自分達を見ていたからだと分かったが、愛する恋人
にキスすることはけして悪いことではなく、さらにこの先友春に悪いムシがつかないようにするためにも、自分達の関係を見
せ付けた方がいいだろうと思えた。
 「ケイ、どうしてここに?」
 しかし、友春はアレッシオの登場への驚きがまだ続いているようで、自分達が注目されていることにまだ気がついていな
い。
それはそれで都合がいいと、アレッシオは友春の視界の中に自分だけが映るようにしながら言った。
 「お前に会いに来た」
 「僕に?だ、だって、忙しいって何時も・・・・・」
 「この日の時間を取るのに予定が詰まっていただけだ。愛するお前にひと月近く会えないのは考えられなかった」
 「・・・・・」
 腕の中で友春が俯く。その瞬間に見えた友春の表情はとても愛らしくて、この場に誰もいないのならば押し倒してしま
いたいくらいだ。
それと同時に、自分の存在が友春に拒絶されていないことを感じ取り、本当に自分達の想いが通い合っているのだと嬉
しく思う。
 「トモ、今日は3月14日。日本ではサン・バレンティーノの日の返礼をする日だろう?」
 「・・・・・あ!ぼ、僕っ、今、香田さんにっ」
 「シッ」
 「ケイ・・・・・」
 「私といる時に、他の男の話はしないように。ナツとどんな秘密の会話をしていたかは、後でたっぷりこの身体に訊ねる
からな」
 「か、身体にって・・・・・」
 「今はキスをしよう、トモ。恋人同士の再会だ」
 「ま・・・・・っ」
 羞恥のために拒もうとする友春の顎を掴み、アレッシオはそのままキスを仕掛ける。
やがてその身体から力が抜け、自分へと力なく寄りかかってきたことに笑みを誘われながら、間もなく味わえる甘い身体の
ことを思ってさらにキスを深く、濃厚なものにした。





                                                                  end






アレッシオ&友春編。
既にアレッシオの愛情に溺れているトモ君。