上杉&太朗の場合








 高校の卒業式を終えた太朗は、毎日昼近くまで寝て・・・・・と、いうわけにはいかなかった。
厳しい母親のもと、朝は小学生の弟と同じ時間に起こされ、家の掃除にペット達の世話と、学校に行っていた方が楽だ
と思わせるほどの忙しさだ。
 「はあ〜」
 今も、猫達の爪切りをし、砂の始末やブラッシングを終えて居間に戻ってきた太朗は、母親に呼び止められた。
 「太朗、あんたどうするの?」
 「え?何が?」
 「今週末。何の日かちゃんと分かってる?」
 「何のって・・・・・」
そう言いながらカレンダーに視線を向けた太朗は、思わずあっと叫んでしまった。
 「・・・・・ホワイトデー・・・・・」
 「幾つか貰ったんでしょ?お礼ちゃんと用意しておかないと、来年からは貰えないかもよ」
 笑みを含んだ声で言う母親の声は太朗の耳を通り過ぎる。覚えていたはずなのにすっかりと忘れてしまっていた現実を
改めて突きつけられ、太朗はう〜っと唸ってしまった。
(どうするんだよ〜)
義理で貰ったチョコよりももっと大事な相手・・・・・大人で、一筋縄でいかない恋人のことを思い浮かべた太朗は焦った。

 今年の春高校を卒業した苑江太朗(そのえ たろう)の恋人は、自分と同じ男である上杉滋郎(うえすぎ じろう)だ。
随分歳は離れているし、彼は世間ではヤクザといわれる立場であるものの、太朗にとっては頼り甲斐があって優しく、何
より共に生きていくことを今から決めることが出来るほどに大好きな人だった。

 男同士であるが、世間のイベントは気になって、先月14日のバレンタインデーには2人で一緒にチョコレートを買いに
行ったのだが、店の中でキスをするという上杉の暴挙を止めることが出来なかった。
 もちろん、付き合って数年、身体の付き合いもあるとはいうものの、人前でのそういった行為を好む性質ではないので
恥ずかしくて仕方がなく、太朗はしばらくはその店がある方向にも行くことが出来なかったくらいだ。

 お互いが過剰になり過ぎないようにと連れ立ってチョコレートを買いに行ったのだが、あれはちょっと恥ずかしすぎる。だか
ら、ホワイトデーは絶対に自分1人で行動しようと思っていたのだが。

 受験や卒業式など、私生活でバタバタと色々なことがあって、すっかりこの日のことを忘れていた。もう、14日までは数
日しかなく、何をどうしようかという考える時間はほとんどない。
 「・・・・・あげなきゃ、いけないよなあ」
 ホワイトデーをスルーすることは無理だろう。
今から上杉を驚かせることを考えられるか、太朗は居間の畳の上をゴロゴロとのたうち回ってしまった。




 カレンダーの日付を見た上杉の口元に笑みが浮かぶ。
その、何かを企んでいるような笑みに、側で決済を待っていた小田切が辛辣に言い放った。
 「顔、崩れていますよ」
 「崩れたって、いい男なのは変わらないからな」
 「・・・・・」
 今の自分に何を言われても、笑って聞き流すことが出来る。それは、つい30分ほど前に来たメールのせいだった。

 【週末、会える?】

上杉の予定を訊ねる、可愛い恋人からの短いメール。そこにどんな意味が含まれているのか、上杉には十分分かってい
るつもりだった。
今週初めになっても連絡が無かったのでどうだろうかとは思っていたが、どうやら週末がどんな日なのかは忘れていなかった
らしい。

 先月、一緒にチョコレートを買いに行った時には、あまりに太朗が可愛くて思わずキスをしてしまっていた。
そのせいで、太朗はかなり怒っていたが、上杉からすれば子犬がじゃれてきているぐらいで、もっと牙を剥いてくれと突いて
しまいたいほどだった。
 あれから、太朗の生活の中でも様々なことがあり、3月に入ってようやく落ち着いてきた時のイベント。
いったいどんなことを考えているのか、上杉は楽しみでしかたがなかった。




 「普通はクッキーだろ。後、飴とか、マシュマロとか・・・・・」
(相手が女の子だったら、ハンカチとか・・・・・かなあ)
 太朗はペンを弄びながら、メモに書いたものを見つめる。
あの日、お互いにチョコレートを贈り合った形なので、もしかしたら上杉も自分に何か用意しているのかもしれない。
過去には大量の菓子や、自転車。マンションの合鍵も貰った。
 お金以上に、自分をびっくりさせてくれる上杉の気持ちが嬉しかったが、今回はいったい何を用意しているのだろうかと
考えると・・・・・少し怖い。
 「俺のこと、普通の高校生だって分かってんのかな・・・・・あ、もう卒業しちゃったけど」
 自分の歳に見合うような、上杉の気持ちが判る普通のものでいいと思うが・・・・・。
 「あっと、俺が考えなくちゃいけないんだって!」
上杉は、何を贈ったら喜んでくれるだろう。
どんなものでも、多分喜んでくれるとは思うが、ただ喜ばすのでは何か物足りないというか・・・・・そこまで考えた太朗は眉
を顰めた。こういう考え方は、なんだか上杉に似ているような気がした。
 「・・・・・毒されたんだ、きっと」
(一番、傍にいたんだし・・・・・)
 家族以外で、自分に一番近い存在だと改めて思うと、何だか無意識に笑みが漏れて・・・・・。
うわあっと髪をクシャクシャにかき乱した太朗は、改めてメモに目を落とした。




 そして、3月14日。
日曜日であるこの日は珍しく父親も家にいて、出掛けるという太朗を複雑そうな顔で見てきたが、ちゃんと夕飯は家で食
べるというと渋々見送ってくれた。
 「よお」
 「・・・・・うん」
 家の前には、上杉の四駆が停まっている。母親だけでなく、父親にも関係を告白して以来、上杉が家に迎えに来て
くれる時は堂々と玄関先にまで車を付けるようになったのだ。
 「よく出てこれたな」
 「え?」
 「俺と会うの、反対されなかったか?」
 どうして、家に父がいることが分かったのだろうと目を瞬かせると、上杉は笑いながら車があったと言う。大柄な父の身体
に似合わない軽自動車のことを言っているのだと分かった太朗は、笑いながら大丈夫と答えた。
 「夕飯までには帰るって言ったから」
 「・・・・・なんだ、帰る気なのか?」
 少し、声を落としてそう聞いてきた上杉の言葉の意味を考えないようにして、太朗はモゾモゾと手にしていた紙袋を抱え
直して・・・・・チラッと上杉を見た。




 大きな包みの中身は何だろうか。考えるだけで楽しくなって、上杉は太朗の眼差しに片眉を上げてみせる。
 「え・・・・・っと」
 「・・・・・」
 「・・・・・今日、何の日か知ってる?」
 「タロが俺に愛の証をくれる日」
 「ばっ、バッカじゃないのっ!」
焦ったように太朗は打ち消してくるが、上杉は本気なんだがと生真面目に答えた。それが飴玉一つだとしても、太朗がく
れるということに意味があるのだ。
 「俺も用意したが、どっちが先にする?」
 「・・・・・ジローさんから」
 「了解」
 まだ、太朗の家から5分も離れていなかったが、上杉は車を端にとめると、手を伸ばして後部座席から用意した小さな
包みを取った。一体何なのだろうと、太朗の目がじっと注がれるのが分かる。
 「返すなよ?」

 「・・・・・」
 「気に入ったか?」
 「・・・・・」
 「タロ?」
 派手なビキニパンツを目の前に掲げて見ながら、太朗はなかなかその感想を言わなかった。
驚いているような、呆れているような・・・・・何だか複雑な顔をしているが、そのまま自分に投げ返したりしないだけ上出
来だろう。
(男が下着を送る意味・・・・・分かってんのかね)
 脱がせたい・・・・・そんなセクシャルな意味も込められていることを、子供の太朗に読み取れというのが無理かもしれな
いが、これでも上杉は考えたのだ。
 出来ればもっと大きなもの、バイクとか車とか買ってやりたかったが、まだ免許が無い太朗にすれば宝の持ち腐れかもし
れないし、そういうのは一緒に選んでこそ楽しい。
 アクセサリーを着けず、時計も1980円の物が使いやすいというくらいで時計も選べず、万年筆よりはボールペンといっ
た性格の太朗に貢ぐのはなかなか難しかった。
 「俺も、お揃いの買ったんだけどなあ」
 今日は泊まれないのかと耳元で囁くと、太朗は狼狽したように視線を彷徨わせていて、そんな態度も可愛いなと、上
杉はチュッと頬にキスをした。




(パンツ・・・・・)
 あっても困らないものだが、上杉から貰うのは何だか恥ずかしい気がして、太朗は思わず声を詰まらせてしまった。
いや、それだけではない。なんだかここまで似た考えなのかと思うと、それが余計に・・・・・。
 「今日は泊まれないのか?」
 先ほど言った、夕飯までに帰るといった言葉を忘れたわけではないだろうに、ねだるようにそんなことを言い出すのがズル
イと思う。
 「・・・・・っ、これ!」
 そんな自分の気持ちを誤魔化すように、太朗は自分が持っていた袋を上杉に突き渡した。
 「・・・・・俺にか?」
 「べ、別に、深い意味はないんだけど!」
言えば言うほど、墓穴を掘りそうに思うが、太朗は早口にそう言ってしまう。その間に上杉は包みを開けて中を覗き込む
と、思わずといったようにふわっと笑みを漏らした。
 「まるで、夫婦の域だな」
 「・・・・・なに、それ」
 「俺が下着で、お前がパジャマ。お泊り、決定だな」

 上杉のマンションに泊まる時、初めの頃はパジャマを持参していたが、最近は上杉のパジャマを借りることも多くなった。
大きな上杉のパジャマに身を包まれるのは照れくさくて仕方が無かったが、それと同時に嬉しいという気持ちもあったのは
事実だ。
 だから、ではないが、お揃いのパジャマでゴロゴロと過ごすのも、楽しいんじゃないかと思った。好きな人と共にのんびりと
した時間を過ごすこと、それが一番の贅沢のように思う。
 「タ〜ロ、こんな可愛いプレゼントしたくせに、俺を置いて帰る気か?」
 ・・・・・そんなふうに言われたら、嫌だと突っぱねる方が難しい。
 「・・・・・父ちゃんには、ジローさんが連絡してよ」
 「いいぞ。まあ、どんな文句言われたって帰す気はないがな」
楽しそうに笑いながら、上杉の顔が近付いてくる。
ちらっと視線を向けた先には、自分が選んだお揃いのパジャマが上杉の膝の上にあって・・・・・それだけで心が温かくなっ
た太朗は、素直に目を閉じてキスを受け入れることにした。





                                                                  end






上杉&太朗編。
今回のプレゼントはノーマルですが・・・・・ラブラブ度は高いです(笑)。