「最低な男!」
バシッという鈍い音と共に、まるで捨て台詞のように憎々しげな女の声が聞こえ、永江基紀(ながえ もとき)は反射的に振り
向いてしまった。
そこではまるで映画のようなシーン・・・・・女に頬を叩かれた男が立っている。
(すげ・・・・・)
大学のキャンパスという、いわば公共の場所でこんな痴話喧嘩があることも驚いたが、基紀は叩かれた男のその容姿に思わず
目を奪われてしまった。
170にやっと届いた基紀よりも、はるかに高い身長にバランスの取れた身体付き、女と見紛うばかりに整った綺麗な容姿。
こんなに綺麗な男はテレビでだって見たことは無い。
「・・・・・で?」
「でってっ!、私が何で怒ってるのか分からないのっ?私という恋人がいながら、他の女とホテルに行ったことっ、認めないって言
うんじゃないでしょうね!」
「それ、違うだろ?」
「えっ?」
「お前、何時俺の恋人になったんだ?」
「!」
「・・・・・」
(うわ~、こいつ言うな~)
永江基紀は今年大学に入学したばかりのピカピカの1年生だ。
飛び抜けて頭がいいわけでも無いし、容姿端麗でももちろん無い。ただ、猪突猛進といってもいいくらい、思い込んだらとことん
突き進む意思の強さ(?)はあった。
それは、これだと思った食べ物を(先月はカツカレーだったが)二週間以上食べ続けたことや、街のペットショップで可愛い犬を見
掛けて、その犬と一緒にいたくてペットショップにバイトとして入ったことからも分かるだろう。
とにかく、盲目的というか、自分でもちょっと変だと思う性格だが、幼い頃からの自分をそう簡単に変える事も出来ず・・・・・それ
は再び思いがけない方向へと向かうことになってしまった。
「吾妻(あがつま)!俺と付き合ってよ!!」
「・・・・・」
吾妻祥(あがつま しょう)は、綺麗な顔にくっきりと皴を浮かべたまま、全く足を止めずに歩き続ける。
そんなあからさまな無視もものともせず、駆け寄ってきたのは最近なぜか付きまとっている男だった。
「なあ、今からどこ行くの?」
「・・・・・」
「講義?」
「・・・・・」
「俺は次の時間取って無いんだ。一緒に付いて行っていい?」
「・・・・・あのなあ」
吾妻にとって返事をしないことは、イコール構うなというのと同意語だった。
これ程表情にも態度にも迷惑だとはっきり表しているのに、この男は全く凝りた様子は無い。既に一週間もこの調子なので、吾
妻はいい加減キレそうだった。
「いい加減にしろ。俺はお前とツルムつもりはない」
「うん、分かってる」
「じゃあ、何でくっ付いて来るんだ」
「だって、前にも言ったろ?吾妻に一目惚れしちゃったんだもん!ねえ、俺と付き合ってよ!」
吾妻は自分の容姿をよく知っていた。
幼い頃から女の子のように可愛いと言われてきたし、中学生になった頃からは綺麗だと賞賛されるようになっていた。
容姿がただ女のように・・・・・ならば、また違っていたかもしれないが、長身の両親に似たおかげか、身長は人並み以上にあった
し、太らない体質で身体はしなやかだと称されるほどだった。
何も言わなくても女は寄って来て。
男達でさえ友人というよりも信奉者のように寄ってきた。
誰も彼も、寄って来る者達は自分の顔しか見ていない・・・・・そう気付いた時、吾妻はそれを嘆くよりも利用してやろうと思った。
この顔を目当てに寄って来る女に対しては、自分も生理的欲求を解消する為に女を抱いてやった。
友人になりたいと媚びた口調で言ってくる男達には、ただ黙ってきつい眼差しを向けていた。
それでも女は順番待ちのように付きまとったし、男達はそんな吾妻を憧れのような目で見つめる。
吾妻は、こんな自分の顔はとても嫌いだった。
そんな吾妻の退屈で苦痛な日常が変わったのは一週間前の夕方。
昼間、何度相手にしたか、名前すら分からない女に頬を叩かれ、吾妻の気分はマックスで地を這っていた。
こういう時は、誰にも知られていない行きつけの静かなバーで酒でも飲むか、いっそ自虐的に何人もの女を相手に乱交でもする
か。
半ば自暴自棄に考えていた吾妻は、いきなり目の前に何かが飛び出してきたので思わず足を止めた。
「・・・・・」
(誰だ?)
今まで一度も側に来たことが無い相手だと・・・・・思う。
吾妻は自分の周りを取り囲む人間の顔を一々覚えているわけではないが、それでもこんなにちんくしゃな男はいなかった。
自分の目線よりも低い身長に、飛び抜けていいというほどもない平凡な容姿。
ただ、少し大きめの目は黒目の部分が大きくて、一瞬顔の半分が目なのかと錯覚してしまいそうだった。
「・・・・・」
そんな初めて会った相手に対して、吾妻は自分からリアクションは取らなかった。
相手から自分の目の前にやってきたということは、多分何時ものような信奉者の仲間入りを乞う相手なのだろうと思ったからだ。
こんな平凡な容姿の男が回りにいたって何の面白みも無い。
そう思った吾妻はそのまま僅かに進路を変えて足を踏み出した・・・・・その時、
「好きです!」
「・・・・・はあ?」
突拍子も無い言葉に、さすがに吾妻の足が止まってしまった。
「お前・・・・・」
「あんたに一目惚れしたんだ!お願いします!俺と付き合ってください!」
「・・・・・」
夕方のキャンパスは、まだそれなりに人は多い。
今日の昼間の女との痴話喧嘩(吾妻からすれば女が勝手に誤解していただけのもの)と、たった今の男からの熱烈な告白と。
どれだけの話題を学生達に提供してしまったのか、吾妻は頭が痛くなる思いだった。
「ねえ、吾妻、明日どっか遊びに行かない?」
「・・・・・」
「それとも、図書館で静かに勉強とか?」
「・・・・・」
「吾妻はインドア派?それともアウトドア派?」
全く反応が返ってこない冷たい美貌の横顔に、基紀は全く躊躇もせずに話し掛け続けた。
本当は、少しでも自分の方に視線を向けて欲しいが、基紀自身吾妻が自分のアプローチを嫌がっているのは分かるのでこれ以
上の無理強いは出来ない。
それならば早々に見切りをつけた方がいいとも思っているのだが・・・・・。
(だって、本当に俺の好きな顔なんだもんな)
小学校の時に好きになった女の子から始まり、高校の時初キスをしたガールフレンドまで。考えると皆どこか似たような面影を
していて、吾妻の容姿はその集大成のようなものだった。
ただ、女のように綺麗な顔だというわけではなく。
本当に基紀の好きな顔なのだ。
(やっぱり、お友達からって言った方がよかったかなあ~)
男からいきなり付き合ってくれと言われ、頷いてくれる男は早々はいないだろう。確かに基紀自身、男に一目惚れしたのは初
めてだ。
それでも、ただの同じ大学の同学年だという認識よりも少しだけ抜け出したくて、基紀はどんなに迷惑そうな顔をされようとも吾
妻に纏わり付いていた。
そのせいか、最近吾妻の周りには以前ほども女や男の姿は無く、どちらかといえば皆、基紀が吾妻を口説き落とせるかどうか
を興味深げに見ている感じだ。
もちろん、駄目だろうというのが大半の・・・・・と、言うより、99.9%の意見だろうが。
「ね、吾妻」
全く答えてくれない吾妻の態度にもめげずに話しかけると、不意に足を止めた吾妻は基紀を振り向かないまま言った。
「俺、今日セックスしたいから」
「え?」
「お前の相手をしている暇は全く無い」
「そ、そっか」
「・・・・・」
(・・・・・それだけか?)
あれだけ吾妻に好きだとストレートに言ってくるくせに、基紀は吾妻が他の人間を抱くと言っても少しも非難したりしなかった。
いや、むしろ顔を真っ赤にして、大きな黒目をキョトキョトと動かしながら、邪魔をしちゃいけないよななどと言っている。
「じゃあ、また明日な!」
あっさりと、まるで小学生のようにブンブン手を振って吾妻の側から離れた基紀は、直ぐに他の友人らしい男に捕まっている。
「・・・・・」
自分よりも劣るものの、それなりに見目のいい男に肩を抱かれ、まるで子供のように笑っている。
自分から避けているくせに、吾妻はなぜか面白くない気がした。
(あいつ、本当に俺を好きだっていうのか?)
とてもそうは思えなかった。
普通自分の好きな相手が自分以外の人間とセックスすると言ったら、少しは嫌な思いがしても当然ではないかと思う。
いくら男同士というハンデを頭においていたとしても、人の感情というものはそんなに簡単に切り替わるものだろうか。
真っ直ぐに自分を見て好きだと言った基紀。
しかし、もしかしたらその好きというのは、恋愛感情ではなく自分のこの顔が好きだというだけではないだろうかと思いさえする。
そこまで考えると、吾妻はなぜか面白くなく、小さく舌打ちをうって基紀から無理矢理視線を離した。
高校時代からの親友である志水達郎(しみず たつろう)は、笑いながら基紀の肩をグイッと抱き寄せた。
「お前、まだ吾妻に付き纏ってんのか?」
「付き纏ってるってなんだよ!俺は交際を申し込んでるの!」
「・・・・・それが変なんだって」
「全然変じゃない!俺、吾妻を初めて見た時、ビビッて来たんだから!」
「全く・・・・・入学して半年近く経つのに、今まで吾妻のことを知らなかったってことの方が驚くけどな」
「・・・・・だって、仕方ないじゃん。吾妻と俺って全然共通点なんか無かったんだし」
吾妻に一目惚れして、早速その情報を集めようと友人の志水に協力を求めた時、意外にも志水は呆れたような顔をして吾
妻のことを話してくれた。
どうやら入学した当初からその美貌で有名だったらしい吾妻は、その後の女の食い散らかしようでさらに名前を轟かせたらしい。
しかし、取っている講義も違い、キャンパス内の噂にも無頓着で、夜の街に出掛けたりもしない基紀は呆れるほど無知だった
ようで、志水の口から出てくる吾妻の正体に目を丸くするしかなかった。
「で?どうだ、まだ追い掛けるのか?」
「もちろん!だって、あんなに理想の顔に出会うなんて奇跡じゃん!」
「はいはい」
「なんだよ、その言い方~」
志水が自分の事を心配してくれているのはよく分かるが、大好きだという気持ちは今だ萎えることはない。
あの綺麗な薄茶の瞳で、少しでも自分を見て欲しかった。
(絶対、ちゃんと俺の方を見てもらうんだ!)
一ヵ月後ー
「あーがーつーまー!!」
「・・・・・」
飽きることなく、基紀は吾妻を追い掛けていた。
どんなに冷たくされても、向こうから声を掛けてくれなくても、基紀は一向にメゲルことなくアタックし続けていた。
「吾妻、そろそろOKしてやったらどうだ?」
「一回ぐらいデートしてあげなさいよ」
毎日毎日その光景が続けは、初めは奇異に映っていたことも日常の風景になってしまう。
まるで高貴な白馬に纏わり付く柴犬のようなのだが、ここまで基紀が真っ直ぐに愛情を示すと、そろそろ受け入れてやればいい
のにという雰囲気さえ生まれていた。
何時もは吾妻に付き纏う女達でさえ、基紀が近づけば頑張ってねと言って離れていくようになり、吾妻は次第に自分が追い詰
められているような気分にさえなっていた。
「吾妻、今日は遊べる?」
「・・・・・駄目」
「・・・・・そっかあ」
「・・・・・」
(どうしてとか、誰ととか聞かないのか?)
そして、吾妻自身も、他人に言われるまでも無く基紀のことが気になるようになっていた。
何時も纏わり付いてくれば鬱陶しくて仕方ないのに、しばらく姿を見せないとなると気になってしまう。
そう思ってしまうこと自体自分が毒されているのだと分かっているのに、吾妻は無理矢理理由を付けて基紀を突き放すのがかな
り辛くなってきていた。
「・・・・・じゃあ、またな」
黙って歩く吾妻を怒っていると思ったのか、基紀は唐突に立ち止まって手を振った。
付き纏い始めた当初はもっとしつこかったと思うのに、最近の基紀は引き際がいいというか、吾妻の方が物足りないと思うくらい
にあっさりとしている。
以前は会うたびに大好きだと言っていた言葉が、今は1日聞かない時さえあるのだ。
(このまま・・・・・もしかして諦める気か?)
「・・・・・おい」
それは、吾妻がずっと望んできたことで、このままフェードアウトしていっても少しも構わないのだが、どうしてか自分に背を向けて
いく相手に思わず声を掛けてしまった。
「吾妻?」
「・・・・・」
「吾妻、どうしたんだよ?」
「・・・・・」
(でっかい・・・・・目)
不思議そうに自分を見上げてくる基紀の顔を見て、吾妻は思わずそう感じた。
(う、うわ、吾妻が俺を見てる・・・・・)
初対面の時はちらりとも視線を向けてくれなかった吾妻が、今は面白くなさそうな顔をして・・・・・それでも自分を見てくれてい
る。
なんだかそれが嬉しくなって、基紀はにっと笑ってしまった。
(志水の言った通りだ・・・・・)
頼もしい友人のアドバイス。
「押してばかりじゃなく引いてみろ」
本当は、時間が空いていればずっと吾妻の側にいたかったが、凄く凄く我慢して、以前よりかなり一緒にいる時間を減らした。
そもそも、以前も特に長く一緒にいたわけではなかったが(吾妻に付き纏っていたのはキャンパス内だけだ)、吾妻が何かを言い
掛ける前に身を引くというのはかなり効果的だったようだ。
「ねえ、吾妻」
「・・・・・」
「おれ、吾妻のこと、大好きだよ?」
「・・・・・っ」
久し振りに好きだと言ってみた。
すると、何時も人形のように冷たく整っていただけの吾妻の頬が、僅かに赤くなってしまったのが分かった。
「吾妻・・・・・」
「・・・・・少しくらいならっ・・・・・遊んでやってもいいぞ」
「ホ、ホントっ?」
「少しだけだからな」
そう言うと、吾妻はそのまま背を向けて歩き始めた。
しかし、数メートル歩くと、ふと足を止めてチラッと目線だけを向けてくる。信じられないことに、基紀がついて来るのを待っているよ
うだ。
(やった!)
「待ってよ!吾妻!」
まるで子犬のように、急いで吾妻の後を追い掛けて行くと、自分の元に駆け寄ってくる基紀の姿を確認してから吾妻は再び歩
き始める。
「・・・・・」
まだまだ前途多難ながら、絶対に振り向いてくれなかった相手が立ち止まってくれたのだ。
この恋は諦めなくてもいいのかもしれない。
真っ直ぐな背中の直ぐ後ろを歩きながら、基紀はこの一ヶ月間何度も心の中で繰り返していた言葉を再び念じた。
絶対、最後に愛は勝つ!
end
学生物書くの凄く久し振りです(汗)。
積極的な受ちゃんを書くのは初めてですが、いかがでしたでしょうか?