1,000,000キリ番ゲッター、ひまわり様のリクエスト分です。























響 SIDE




 『何時頃になるんだ?連絡をしなさい』
 「大丈夫。1人でちゃんと帰れるから」
 『響』
 「久佳さんだってやっと取れたお休みなんだから、ゆっくりしてて、ね?」



 7月に入り。
福祉関係の会社で働いている高階響(たかしな ひびき)は思い切って有給休暇を取った。
平日だったので割合と簡単に許可は取れたが、それを東京にいる恋人の西園寺久佳に(さいおんじ ひさよし)に知らせたの
は休みの前日になってから。
 『SKファンド』という、国内でもっとも勢いのある会社の一つでもある経営コンサルタント会社の社長という地位の西園寺は、
響と比べ物にならないほどに多忙な人間だ。
その彼に無理に休みは取らせたくなかったが、多分自分の休暇を知ればそれに合わせてくれるだろうということは予想がついて
いた。
 ならばと、せっかくの休みをゆっくりとしてもらいたいと思った響は、迎えはいらないと断わることにした。
普段は冷徹で無情と言われているが、響に関してだけは過保護な西園寺はかなり難色を示していたが、響は何とか説得し
て明日は家で待っていてくれることを約束してもらった。



 自分がなぜ今帰ろうと思ったのか、西園寺はきっと知らないだろう。
世話をしていた子供達と一緒に作った七夕の飾り。
ああ、もうそんな時期なんだと気が付いた。
そう思ったら、どうしても・・・・・西園寺に会いたくなってしまった。
 「・・・・・」
(待っててくれるかな、久佳さん)
 自分の自立の為という我が儘で、西園寺と離れて過ごすことになった1年。
日々の忙しさの中で寂しいと思う時はないこともなかったが、思ったよりも忙しく充実している日常に、その気持ちは無理矢理
打ち消すようにしていた。
しかし、こんな風にイベントがあると、隣にいるはずの優しい存在がいないことがとても不思議で寂しい。
 「・・・・・待っててね」
 鞄の中には、その時に書いた短冊が1枚入っている。

 【何時までも好きでいてもらえますように】

(直ぐに会いに行くから・・・・・)





 昼過ぎに駅に着いた。
響は時間を潰そうとも思わずに、そのままバス乗り場に向かう。
(贅沢は禁止だもんね)
今響が所持しているお金は、自分が働いて貰っているお金だ。相変わらず西園寺は響の口座に小遣いを入れてくれるが、
働いている自分が貰うのはおかしいだろう。
 いずれ通う大学は自分のお金で通いたかったし、今まで西園寺が自分の為に使ってくれたお金を、全額は無理だろうが返
していきたい。
西園寺は受け取らないだろうが、それならばこれからの2人の為に使えばいいと思っていた。
 「え〜っと、今は1時半過ぎたから・・・・・」
 携帯を見ながら歩いていた響。
すると、

 
プップーーーーーッ

直ぐ傍でクラクションの音がした。
 「え・・・・・」
まさか、と、思った。
だが、振り向いたそこには、見慣れた車が止まっている。そして・・・・・。
 「お帰り、響」
 「久佳さん!」
なぜという疑問よりも、どうしてという約束を破られた困惑よりも、会えたという喜びの方が遥に勝り、響はそのまま早足に車に
駆け寄った。



 「残念だな、抱きついてくれると思ったんだが」
 「も、もうっ、僕はもう子供じゃないんだから!」
 「はは、そうだな、響はれっきとした社会人だ」
 車を運転しながら笑う西園寺の横顔を、響はじっと見つめていた。
(久佳さんだ・・・・・)
3月に大阪に行ってから、西園寺は何度か大阪まで響に会いに来てくれたが、響が東京にこうして帰ってくるのは初めてだっ
た。
自分が動いて初めて、近いと思っていた距離が案外遠いことが分かった。
そして、この距離を事も無げに通ってきてくれた西園寺に感謝する。
 「仕事はどうだ?」
 「忙しいし、覚えることがいっぱい」
 「そうか」
 「でも、遣り甲斐はあるよ。この仕事に決めて良かったって」
 「・・・・・」
 響は自分が今している仕事を一つ一つ丁寧に西園寺に説明した。
守秘義務というものもあるが(それも、働き出して自覚した)、人と人との触れ合いに感動したことや自分の失敗談など、会っ
ていない間にあった出来事が数多い。
それに時折口を挟みながら、西園寺は笑みを浮かべて聞いていてくれた。
 「あ」
 「ん?」
 「久佳さん、僕に合わせて休みを取ってくれたんでしょ?急だったのにごめんなさい」
 「構わない。小篠なんか休みを取れ取れ煩かったからな、響に感謝してたぞ」
 「小篠さんが?」
 西園寺の大学時代からの友人で、会社設立の立役者でもある小篠幸洋(こしの ゆきひろ)の顔を思い浮かべ、響も思
わず笑みを漏らした。
ハンサムなのに面白く、西園寺とは全く正反対のような雰囲気の持ち主だが、この2人はまるで静と動、光と影のようにピタリ
と噛み合っている。
静はそんな関係が羨ましくて、少しだけ小篠に嫉妬を感じたこともあるくらいだった。
 「それなら良かった」
 「帰るのは明日の夕方だったか?」
 「うん、明日いっぱいお休みだから」
 「じゃあ、出来るだけ急いで響を補充しないとな」
 「・・・・・っ」
それがどういう意味か、響も分からないほど子供でもない。
たちまち赤くなる顔を何とか誤魔化そうと、響は窓の外を向いたまま何度か頬を叩いた。








西園寺 SIDE




 響がなぜこの日に帰ってきたのか、西園寺は初め分からなかった。
ただ、ホームシックになったか、それとも疲れたのか、どちらにせよ帰ってきてくれることが嬉しかった。
そんな西園寺に、今日のことを教えてくれたのは悪友の小篠だった。

 「七夕だからじゃないか?」

七夕・・・・・意味は知っている。
今まで特に祝ったり考えたりしたことはないが、織姫と彦星の話は誰から聞いたのか・・・・・ちゃんと分かっていた。
まさかとは思ったが・・・・・こうしてその日に響が帰ってきてくれたことを考えれば、本当に小篠の言った通りなのかもしれない。
(俺の方が行かないといけないんだがな)
 「どこか行きたい所はあるか?久し振りの東京だろう?」
 「・・・・・えっと・・・・・」
 「ん?」
 「久佳さんがやじゃなかったら、2人でゴロゴロしたい」
 「ゴロゴロ?」
 「僕、どこかに行きたいから帰ってきたんじゃなくて、久佳さんに会いに帰って来たんだし、2人でゆっくりしたいなって」
 「そうか」
 もちろん、西園寺が嫌なはずがなかった。
自分の方こそ人混みの中にいるよりも、響と2人の空間でその存在を確かめたい。
 「あっ、2人で料理作る?」
 「料理?」
 「うん、あっちでは寮だから食事も付くけど、自分でも部屋で作れるスペースあるし。あのね、本場のたこ焼きやお好み焼き
の作り方教わったんだよ?」
 「・・・・・」
(誰に・・・・・だ?)
 楽しそうに話す響の言葉に、西園寺の頭の中には何時か会ったことがある男の姿が思い浮かんだ。
それなりの存在感があるはずの自分に、一歩も引いた様子はなかった。言葉は関西弁だったので、多分あの男から教えて
もらったのだろう。
きっと、響の失敗作も食べたであろう男のことを考えれば面白くはないが、今の距離を考えれば仕方がないのかもしれない。
(もっと頻繁に向こうに行くようにしないとな)
 「たこ焼き焼く機械はない・・・・・よね?」
 「今度買っておこう」
 「じゃあ、お好み焼きにしよう?」
 「はい、先生」
からかうように言うと、響も楽しそうに笑った。



 本当は、響が喜びそうなイタリアンの店を予約していた。
きっと連れて行けば喜んでくれるだろうが、それよりも2人並んでキッチンに立つ方がさらに楽しいだろう。
 「響」
 「え?」
 「お帰り」
 「久佳さん・・・・・」
 「お前がちゃんと、俺の傍に帰ってきてくれるのが嬉しい」
すると、しばらくして小さな声がした。
 「僕も・・・・・嬉しい」
 「・・・・・」
 「帰ってくる場所があって・・・・・そこに久佳さんがいてくれて・・・・・凄く、嬉しい」
 運転中なのが残念だ。
こんな可愛いことを言われて、抱きしめたくて仕方がない。
(変わってない・・・・・俺達の気持ちは・・・・・)
距離が離れたら、気持ちも離れてしまうかもしれないと、響を信じているものの多少は危惧していたこと。
だが、響の自分に対する愛情は変わっておらず、自分もまた、響への思いはさらに深まったと思う。互いを信じているからこそ、
離れていても・・・・・大丈夫だ。
 「少し早めに夕食を食べようか」
 「はい」
 「それから、ゆっくり・・・・・お前を確かめさせてくれ」
明らかに誘っていることを分からせる言葉。
真っ赤になった響は、それでもこくんと頷いてくれた。



 2人を迎える家には、小さな七夕の笹が飾ってある。
響を驚かせる為に用意したが、思い掛けなく真剣に短冊に願い事を書いた。

 【2人でずっといられるように】

今の素直な自分の言葉。
それを見た響はいったいどんな顔をするだろう。
そして・・・・・明日、再び大阪に旅立つ前に、響は何と書いていくだろう。
今まで少しも気にしていなかった七夕が今年はとても特別な日に思え、西園寺は緩む頬を隠すことが出来なかった。





                                                                      end





ひまわり様、お待たせいたしました。

今お気に入りの西園寺×響でというリクエスト、少し遅くなりましたが七夕編です。

寂しい日々を過ごしている2人ですが、意外と遠距離恋愛を楽しんでいると思いますよ。