秋月&日和編
「秋月さん、前にも聞いたけど、やっぱり舞妓が好きなんでしょう?」
「ん?」
「それなら、俺とつ、付き合う意味が無いと思うんですけどっ」
食事をして、マンションにやってきて、今まさにベッドに連れ込もうとした相手に、マジマジと顔を見つめられて、そう言わ
れた弐織組(にしきぐみ)系東京紅陣会(とうきょうこうじんかい)若頭、秋月甲斐(あきづき かい)は、後数センチに迫っ
た恋人・・・・・予定の相手、高校3年生の沢木日和(さわき ひより)の顔を見下ろした。
「何を言ってるんだ」
「聞こえませんでしたか?」
「聞こえたからそう聞いてるんだ」
いったい、何を考えてそう言っているのだろう。愛しい相手の可愛い我が儘を聞くのは全然構わないが、理由が分から
なければ答えようがなかった。
「・・・・・今日、あの呉服屋さんに行きましたよね?」
「ああ、丁度いい出物が入ったって聞いたからな」
久しぶりの逢瀬に、秋月はまず日和を行きつけの呉服店に連れて行った。
いい西陣織の生地が手に入ったからと言われたからだが、もう何度も日和を実際に見ている店主の目利きは正しく、きっ
と仕上がれば日和に良く似合う着物になると思えた。
今までは生地から選んでいなかったので、今回は全てを着物に合わせてそろえてやろうと、肌襦袢から帯紐、簪に至る
まで、まだ全てを決めたわけではないが、2時間近くも滞在してしまったのだ。
「あんなにも熱心に選ぶなんて、着物が好きだとしか思えないっ」
「もちろん、嫌いじゃないぞ」
「だからっ、舞妓が好きなら、本物の舞妓さんを追いかければいいじゃないですか!俺みたいな、偽物の、それも男の
舞妓なんか、見ているのも滑稽じゃないですかっ?」
「・・・・・」
(これは・・・・・妬きもちをやいているということか?)
確か、以前も似たようなことを言われた。あの時は確か、
「秋月さんは、あの・・・・・舞妓姿の俺が、気に入ってるんですよ、ね?」
「ああ。よく似合ってるからな」
「じゃあ、舞のこと・・・・・好きになったりしないんですか?」
あの時も、日和はかなり自分に心を傾けていたはずだ。そのうえであんな心にもないことを言ったのは、秋月の本気具合
を確かめたかったからではないかと思った。
だから、秋月は、
「お前とお前の兄弟がどんなに似ていたとしても、お前の性格や心までは一緒じゃないだろう?着物も、お前が着るから
可愛いし、お前の身体だから、出なくなるまでしつこくセックスもする」
そう言って、日和も分かってくれたと思ったが、今日の呉服店での時間は、日和にまた同じ不安を感じさせてしまったらし
い。それならば、何度でも同じことを答えるだけだった。
どう考えても、秋月は変態だ。
男である自分に女装をさせるなんて、元々が女が好きだということではないか?
(一番初めだって、俺と舞を間違えたくらいだしっ)
本当は相手が舞でも良かったのではないか・・・・・そんなことを再び考えてしまい、そう思い始めるとどんどん面白くなく
なって。
(本当は、そんなことを考えている自分が嫌なのに!)
そう、前も、秋月と双子の姉がと考えてしまい、何だか嫌な気持ちになったというのに、その秋月の恋愛対象が女全般に
なったとしたら、自分はいったいどうなるのか。
「あのなあ、日和」
「・・・・・」
これではまるで、自分が妬きもちを焼いているみたいだと思った。
(女の子が好きなら好きって、ちゃんと言ってくれた方がいい)
「何度でも言うが」
「・・・・・」
「俺は、女装しているお前が好きなわけじゃない」
「・・・・・」
「お前の女装姿が気に入ってるんだ」
やっぱりそうだと、日和は思う。この男は単に今物珍しい自分を構いたいだけで、結局相手は女の方がいいのだ。
「・・・・・同じことでしょう?」
女物の着物を着ている、女っぽい自分の姿が好きだということだろうと唇を尖らせた日和に、秋月は子供を宥めるような
口調になった。
「ば〜か。ぜんぜん違うだろ。お前以外の女装を見たってちっとも楽しくない。女が舞妓の姿をしていたって当たり前だろ
う?俺の基準はあくまでお前だ、日和」
「・・・・・な、何を言ってるんですかっ」
「ん?俺が、お前を愛しているってことだが」
「・・・・・っ」
(だ、だからっ、そんなこと言うから変態だって思うんだよ!)
普通の人間は、同性相手にこんな言葉は言わない。
だが・・・・・その秋月の言葉で、感じていた不安がたちまち消えてしまった自分も、もしかしたら変態の仲間入りをしようと
しているのかもしれなかった。
(そ、そんなの、嫌なのに・・・・・)
日和の表情が、不安や疑念の色から、照れや恥ずかしさへと変わっていくのが分かった。
まだ子供なので駆け引きというものが分からないのかもしれないが、これだけ表情に気持ちが表れてしまったら悪い大人
に付け込まれてしまいかねない。
(もちろん、俺しかいないがな)
「日和」
今度こそと、秋月は再び日和の身体を抱きしめる。しなやかな身体は思った以上に素直に自分の腕の中へと落ちてき
た。
「分かってくれたのか?」
「・・・・・秋月さんが、ちょっとおかしい人だってことは」
「なんだそれは」
紅陣会の若頭である自分にそんなことを面と向かって言う人間は他にはいないだろう。
多少口の悪いことを言われたとしても、それだけで怒るほどには自分は心が狭いとは思っていない。ただ、周りが勝手に
そう思っているだけなのだが、日和だけはそんな作られた常識を気にはしないようだ。
(さすが、俺が選んだだけのことはある)
子供なのに、何かあれば直ぐに逃げ出そうとするのに、妙な所で度胸がいい。
日和は否定するだろうが、いくら大事な兄弟の頼みだとは言え、そもそも全くの素人の、それも男が、舞妓姿になって座
敷に出ようなんて考えられない。
「多少おかしくたって構わないだろう?」
「・・・・・他に害が無ければ」
「お前限定だから安心しろ」
「・・・・・それが、一番困るんですけど」
可愛くないことを言う愛らしい唇に、秋月は思わず笑ってしまいながらそのままキスを仕掛けた。
秋月の顔が近付いてきても、日和は顔を背けなかった。
それどころか、少しだけ口を開け、彼の舌を受け入れた。気持ちが、秋月を拒まないのだから仕方がない。
(う・・・・・こんなので、いいのかな、俺・・・・・)
なんだか、どんどん秋月のペースに乗せられているような気がした。
これでは駄目だと、日和はせめてこれだけは言っておかなければと、秋月の濃厚なキスに息が上がったまま、頑張って言
葉を押しだす。
「お、俺が、基準なら、これからは着物、止めてくださいね?」
「・・・・・それは、どうするかな」
「え・・・・・」
それはどういう意味だと聞き返そうとした日和だが、再び覆いかぶさってきた唇に、何時しか意識は攫われて・・・・・結局
秋月の思惑に乗せられたのか、何も考えられなくなってしまった。
end