安斎&瑞希編





 瑞希(みずき)はそっと部屋のドアを開けた。
(・・・・・いない?)
自分の隣のこの部屋は、あのいけ好かないボディーガードの部屋だ。使用人が使うには少しいい部屋過ぎるが、父親が
勝手に決めてしまったので今更どうすることも出来無い。
どうせならば、あのボディーガードの弱みを何か探そうと思った瑞希は、相手がいないことを幸いにと部屋の中に入った。



 東條院瑞希(とうじょういん みずき)は東條院財閥の直系だ。
いずれは父親の跡を継いで、日本でも屈指の権力を握る存在となるはずだが、今はまだ親の庇護の中にいる。瑞希本
人はそれがとても嫌だった。
そうでなくても世界中を飛び回っている父親はとても遠い存在で、急に現われて勝手にガードを付けると言われても簡単
に頷けないだろう。
 そして、父親への反発以上に、ボディーガードである安斎叶(あんざい かなう)に対する反発は強い。
まるで瑞希を子供扱いするような言動がどうしても許せないのだ。
(とにかく、俺から外れてもらわないとな)
 「・・・・・何にも置いてないな」
 既に数日この部屋で寝起きをしているはずなのに、少しも人のいた気配がしない部屋だ。
ベッドに乱れもないし、脱ぎ捨てた服も無い。
見渡した限りに私物といった感じの物は全く無かった。
(クローゼットに?)
 そのまま瑞希は無遠慮に部屋の中に入ると、ベッドルームに向かった。そして、
 「・・・・・!」
なぜかそれは、ベッドヘッドに無造作に置かれてあった。



 本当に、それがそこにあるとは思わなかった。
安斎が本当に日本に、それもこの自分の家に、それを持ち込んでいるとは思わなかった。

 黒光りした、見た感じの質量もしっかりありそうな存在感。
これが玩具だと言える人間はここにいないはずだ。
 「・・・・・」
瑞希はこっくりと唾を飲み込むと、恐る恐る無造作に置かれたそれを手にしようとして・・・・・。



 「何をなさってるんですか」



 「!!」
 まるで、耳元で爆弾が落とされたかのような衝撃に、文字通り瑞希は飛び上がった。
パッと振り向いたそこには、相変わらず無表情な・・・・・いや、少しだけ呆れたような表情をしている安斎が立っていた。
 「い、何時そこに!」
全く、気配を感じなかった。
世話係の柳瀬宗也(やなせ そうや)から多少の護身術は教えてもらっていたはずなので、瑞希は人の気配というものに
は敏感なはずだ。
それなのに・・・・・。
(これがプロってことか?)
 「私の部屋に何の用ですか」
 「・・・・・」
 「言えないんですか?」
 「・・・・・ここは俺の家だ。どこに入ろうと許可がいるはずが無い」
 「・・・・・そうですか」
 安斎は言い返さなかった。
あまりにもあっさりとした反応に返って不安になった瑞希は、当初の目的は果たせなかったがこのまま部屋を出て行こうと
したが・・・・・。
(銃のこと言ったら・・・・・どうする?)
 海外では知らないが、日本では普通の人間は所持していないものだ。
瑞希は部屋を出掛かった足を止めると、ゆっくりと振り向いた。
安斎の片眉が少しだけ動く。
 「お前、日本の法律知ってるか?」
 カマを掛けてみた。
少しだけでも安斎の顔色が変われば満足だった。
だが、完全に弱みを一つ取ったと思った瑞希に対し、安斎は何時もはすました顔に面白そうな表情を浮かべて瑞希を見
つめてきた。
そこには少しの焦りも困惑の色も浮かんではいない。
 「あなたはどうしようもなく子供ですね」
 「なっ!」
 思い掛けない言葉に直ぐに反論しようとしたが、滑らかに動いた安斎の身体が思い掛けなく身近にやってきて、瑞希の
顎と片腕を掴んできた。
 「はっ、離せっ!」
 「少しの力も入っていませんよ」
 「安斎!」
 「お坊ちゃま、大人の世界というものを早く知った方がいい。形ばかりの常識では片付けられないこともあるんですよ」
瑞希の耳元でそう言った安斎は、直ぐに手を離すと慇懃無礼にドアの方を指差した。
 「お帰りはあちらから堂々とどうぞ」
 「言われなくても!」
(畜生っ!)
 悔しくて悔しくて仕方が無かった。
お前とは格が違うのだと、子供は大人しくしていろと言外に言われたような気がして腹がたって仕方が無い。
しかし、それに反論出来ない自分の力の無さも、悔しいが知っていた。
(絶っ対、あいつに膝を折らしてやるっ)
自分のことをただの子供と思っている安斎に、必ず負けたと思わせてやる・・・・・瑞希は改めてそう誓うと、足音も荒く部
屋を出て行く。
だから・・・・・瑞希は見ることが出来なかった。



 「手間が掛かる子だ」
そう呟いて苦笑を浮かべた安斎の顔が、思い掛けなく人間くさく柔らかかったことを・・・・・。





                                                                  end