アルティウス&有希編
「ユキ様、今の方で接見は終わりです」
「・・・・・はい」
杜沢有希(もりさわ ゆき)は、はあと深い溜め息をついた。
エクテシア国正妃として、そして《強星》として、有希は日に何人もの他国からの客と会う。
有希自身は自分は普通の高校生で特別な力は何もないと思ってはいるが、会うだけでも嬉しいという人々の為に出来
るだけ時間を割くようにしていた。
ただ、自分の手を握って泣きながら礼を言う人々に対し、何も出来ない自分が悔しい。
どうにかして現代の自分の知識を役に立てないか、最近の有希はそんな事を考えていた。
「アルティウスはどこですか?」
まだ午後の早い時間、アルティウスもまだ執務中なのかと聞けば、丁度控えていたマクシーが答えた。
「王はもう下がられておいでです」
「え?」
有希は意外そうに呟いた。
傲慢な暴君と思われがちなエクテシアの王アルティウスは、若い王だと言われるのが悔しいからと、仕事は人一倍旺盛に
こなしていた。
もちろん、有希と過ごす時間はちゃっかりと取っているが、それ以外は人に言われてもなかなか休まないほどで、今日のよ
うに有希に接見などがある場合は自分も遅くまで執務をこなしているのだ。
「アルティウス、何か他に用が?」
「いいえ、そのようなことはお聞きしておりませんが」
「・・・・・」
マクシーの答えに、有希は慌てて謁見の間から足早に出た。
「アルティウス?」
アルティウスの部屋にも有希の部屋にもその姿が見当たらず、有希の不安はどんどん大きくなっていってしまった。
こんな時間から遠駆けなどをするのも考えられず、どこに行ったのかと心配になってしまった。
「・・・・・子供達のとこかな・・・・・」
踵を返そうとした有希は、ふと足を止めて中庭の方に視線を向けた。
(まさか・・・・・?)
「草の上に横たわると気持ちよくて」
つい最近、下の子供達と中庭で眠ってしまったことをアルティウスに話した。
自分の髪に付いていた草に気付いたアルティウスがどうしたのかと聞いてきたからだ。
その時はそれで終わったが、もしかしたらアルティウスは・・・・・。
「・・・・・っ」
有希は急いで中庭に入っていった。
「・・・・・いた」
まさかとは思ったが、アルティウスは数日前に有希が横になったと言った大木の下で横になっていた。
大国の王が、護衛も付けずにこんなに無防備に寝ているなど・・・・・それがたとえ王宮内だとしても大変なことだろう。
有希は慌ててアルティウスを起こそうと駈け寄った。
「アル・・・・・」
(・・・・・本当に眠ってる?)
人の気配には敏いはずのアルティウスが、有希が直ぐ傍に来ても目を開けなかった。
仰向けに横たわり、少し眉間に皺を寄せたまま眠っている顔は、普段有希さえもあまり見ない顔だった。
「・・・・・」
(疲れてるのかな・・・・・)
アルティウスの仕事量が膨大なものというのは、有希もその手伝いをするようになってから分かったことだった。
エクテシア国という巨大な国を治めるのにはかなりの力が必要だ。それはまとめる力だったり、引っ張っていく力だったり、
抑えつける力だったりと、様々な力が必要だろう。
それが今までアルティウス1人の肩に掛かっていたのかと思うと、有希は胸が痛くなった。
「アルティウス・・・・・」
(もっと早く会いたかったな・・・・・)
「そうしたら、もっと早くから手伝えたのに・・・・・」
「・・・・・」
「もっと早く会えてたら・・・・・」
有希は呟きながらアルティウスの隣に腰を下ろした。
それでもアルティウスは目を覚まさない。
「・・・・・」
そのまま、有希はアルティウスの隣に横たわった。肩が触れると、無意識なのかそのまま有希を抱き寄せようとする。
その行動に、有希は泣きそうになりながら笑った。
「僕じゃなかったら・・・・・どうするんだよ」
「・・・・・」
「アル、アルティウス・・・・・」
(僕を見て・・・・・)
もっと静かに寝かせてやりたいと思う反面、早く目を覚まして自分の名前を呼んで欲しいとも思う。
「アルティウス」
「・・・・・」
「アル・・・・・」
「・・・・・キ・・・・・」
微かな呟きが耳に届いた気がする。
その表情も、柔らかくなった感じがした。
夢の中でまで自分と一緒なのかと思うと嬉しくて、それでも夢の中でアルティウスと一緒にいる自分に嫉妬も感じてしまっ
た。
「馬鹿だな、僕・・・・・」
有希はそのままアルティウスに寄り添って、じっとその横顔を見つめた。
目を覚ましたアルティウスが、一番最初に自分の顔を見てくれることを願って・・・・・。
end