アルティウス&有希編
急に町へ出掛けると言い出したアルティウスに呼ばれた杜沢有希(もりさわ ゆき)は、早足で彼の執務室へと向かって
いた。
アルティウスの我が儘には慣れたつもりだが、少しは自分の都合も考えて欲しいとも思う。王妃である自分には、王であ
るアルティウスには及ばないものの、することがたくさんあるのだ。
不思議な世界、熱い国のエクテシアの王、アルティウスと、男でありながらも結婚して、もう1年は経とうとしている。
初めは戸惑うことばかりだったし、強引なアルティウスが苦手で、もとの世界に帰りたいと何度も考えていたが、彼が自分
に向けてくれる愛情を信じるようになり、何時しか自分も彼に対して好意を持つようになって・・・・・多少は流されたのか
もしれないが、今は自分もちゃんとアルティウスのことが好きで、王である彼を支えていきたいと思っていた。
ただ、やはりアルティウスの強引さには今も慣れない。
ここで、自分が嫌だと言えばどんなに不機嫌になるか。そして、それが自分ではなく、他の召使い達に向かうことが困って
しまうのだ。
「・・・・・」
有希が思わずはあと溜め息をついた時、
「かあさま!」
愛らしい声が聞こえた。
「アセット、シェステ」
この国の、まだ幼い2人の王女と、一番年少の王子、ファノスの姿に、有希の頬には思わず笑みが浮かんだ。
アルティウスの、5人の妾妃から生まれた子供達。有希にとっては血の繋がりはないものの、子供達は皆素直だし、何よ
り大好きなアルティウスの子供だということ、そして、自分には子供を産むことが出来ないということもあって、可愛いという
感情しかなかった。
「どうしたの?3人揃って」
2人の王女がよく一緒に遊んでいるのは知っているが、ファノスは兄達といることが多いはずだ。
首を傾げて訊ねる有希に、アセットとシェステが同時に言った。
「今日は、ファノスにいさまのお誕生日なの!」
「なの!」
「え?」
思い掛けない言葉に驚いてファノスを見ると、まだまだ子供らしい表情の少年は嬉しそうに笑った。
「そうなんだ。アセット達が母上から教わったクウキを作ってくれるって!」
「クウ・・・・・クッキー?」
確かに、何度か2人と共にクッキーを作ったが、オーブンがないので釜の火力調整が上手くいかず、焦げてしまったことが
多々あるのだ。
(2人に任せて怪我なんてさせたら・・・・・)
有希はとてもこのまま放っておけなかった。
「遅い!」
直ぐにやってくると思っていた有希がなかなか姿を現さず、痺れを切らしたアルティウスは彼の部屋へと向かっていた。
町に行くと、見慣れないものをたくさん見ることが出来ると有希が嬉しそうに言っていたので、時間が空いたアルティウスは
彼を誘ったのだ。
(全く、何を置いても私の命令に従えばよいのにっ)
王妃という責任ある立場を重く考えているらしい有希は、何かと周りに気を配り、自分でも何かしようとするが、アルティ
ウスは国の母を求めたわけではない。有希には、自分の妻としてだけ生きて欲しいのだ。
「・・・・・っ?」
長い渡り廊下を歩いていた時だった。
中庭からなにやら人の笑い声が聞こえた。それが、今捜し求めている有希のものだと即座に分かったアルティウスは、
「何をしている!」
思わず大きな声を上げながら、大股でその場所へと足を踏み入れた。
「・・・・・何だ、これは」
顔や手だけでなく、服までも真っ白な粉で汚している有希と、3人の子供達。
突然のアルティウスの登場に驚いたようだったが、直ぐに有希があのねと説明を始めた。
「今日、ファノスの誕生日だから、何かお菓子を作ろうかと思って。それで、せっかくだからみんなでってことになって・・・・・
ごめんなさい、アルティウス」
自分の命令に従わなかった有希のことを叱りたいのは山々だが、その理由が自分の子供のため、それも、自分も忘れ
ていた誕生日のためだと言われれば、ここで責める方が非難されるだろう。
ただ、せっかく空いた時間を有希と過ごしたいという思いがあるアルティウスは、手を腰にやったまま、胸を張って言い放っ
た。
「私もするぞ。ユキ、その白いものを渡せ」
絶対にアルティウスが怒るだろうと思っていた有希は、反対に自分も参加するという言葉に驚き、そして嬉しくなった。
ファノスも、普段ほとんど接することの出来ない父が、自分のために菓子を作ってくれるとなると、これこそ最高の誕生日
プレゼントになるはずだ。
「そう・・・・・で、よく捏ねて」
「コネル?」
「え、えっと、こんな感じ?」
繊細な動きは苦手なアルティウスでも、力仕事は安心して任せられる。
「わ、アルティウス、上手!」
それに、褒めるととても上機嫌に、他のことまで手伝ってくれるのだ。
「当たり前だろう。王たるもの、どんなことでも人並み以上に出来るものだ」
「うん」
青空の下、こうして家族で菓子作りをしている王様なんて、他にいるとはとても思えない。有希は、一生懸命自分の
思いを叶えようとしてくれるアルティウスの傍にいられることが嬉しかった。
「あ、とーさま、おかお、まっしろ!」
「ん?」
有希の楽しそうな笑顔と、子供達の嬉しそうな声を聞いているうちに夢中になっていたのか、アルティウスは王女達の声
に顔を上げた。
「あ」
「ユキ?」
「ほんとだ、アルティウス、粉が付いてる」
クスクスと笑いながら手を伸ばしてきた有希だったが、その指先を見て動きを止めてしまった。当然、有希の指も粉で白
く汚れていたのだ。
「えっと、何か拭く物・・・・・」
「そんなものは必要ない。ユキ、お前が舐め取ってくれ」
「・・・・・え?」
きっと、そんなことは出来ないと恥ずかしそうに訴えてくるだろう。そうしたら強引に、自分の方から有希に頬を寄せ、口
付けてやろうか・・・・・そんなことを内心考えていたアルティウスは、
「・・・・・っ」
いきなり、有希の顔がアップになったかと思うと、唇に柔らかいものが触れたのが分かった。
「ユ・・・・・」
「く、唇のしか取れなかったけど」
目の前の、真っ赤な有希の顔と、唇に触れた感触。アルティウスの驚愕はたちまち歓喜となり、汚れた手のまま有希の
身体を抱き上げてしまった。
「ア、アルティウスッ?」
「お前の唇にも付いているぞ。この私が直々に舐め取ってやろう」
「ちょ・・・・・っ」
待ってと、抵抗しようとする唇を強引に塞いだアルティウスは、呆気にとられたように両親を見つめている子供達に笑ん
でみせる。
両親の仲が良いことが、子供達にとっても良いことなのだと、きっと後で恥ずかしさのために怒るであろう有希には、そう説
明してやろうと思った。
end