アシュラフ&悠真編
※ここでの『』の言葉は外国語です
「あつ〜」
日本では感じたことが無いほどの太陽の日差しの下で、悠真(ゆうま)は思わずそう呟いてしまった。
「アシュラフ・・・・・遅いのかな」
「どうしても断われなかった接見がある。大人しく、私の宮で待っていてくれ」
そう言ったアシュラフの言葉を守ってしばらくは部屋で大人しくしていたが、広く豪奢(これでも王家の人間の中では地味
らしいが)な部屋に1人きりでいるのは落ち着かなくて、悠真は護衛の許可を得て宮の敷地内の庭に出た。
直ぐ近くには砂漠があるというのに、緑と水をふんだんに使った美しい庭。日本では少し贅沢な庭という感覚かもしれな
いが、この国では大きな宝石を身につけるよりもはるかに贅沢なものだろう。
「・・・・・世界が違うよな」
永瀬悠真(ながせ ゆうま)はごく普通の日本の男子高校生だ。
父親が石油卸会社を経営しているので多少は裕福かもしれないが、この国でのアシュラフの生活と比べるとまるでレベ
ルが違う。
小国ながら、豊富な油田を持っているガッサーラ国の皇太子である、アシュラフ・ガーディブ・イズディハール。
なぜ彼と、男である自分が恋人同士になったのかは今もって信じられないほどの偶然が重なった上だが、アシュラフは悠
真が高校を卒業すれば結婚もするつもりでいるらしい。
アシュラフの気持ちは嬉しいが、男の自分がアシュラフと結婚出来るのかと言えば・・・・・正直に言って自信が無い。
アシュラフを好きなことと結婚はやはり別物なのだ。
「ユーマ」
「アシュ・・・・・あ」
ぼんやりと庭を見つめていた悠真は、名前を呼ばれてぱっと振り向いた。
しかし、そこにいたのはアシュラフではなく、第二皇子のアミールだった。
「どうした?1人?」
「・・・・・はい」
初めて会った時は全く日本語が話せなかったアミールだが、何時の間にかごく簡単な会話は出来るようになっていた。
それが何の為なのかは悠真には分からなかったが、少しでも日本語が分かる人間がいるのはやはり心強い。
「・・・・・」
(何度会っても不思議な感じ・・・・・)
どうやら何人かいる兄弟は皆母親が違い、皇太子であるアシュラフだけが正妃の子だと聞いた。
妾妃がいることが当たり前のこの国の人間は不思議には思わないのだろうが、悠真にしてみれば親が違う兄弟というのは
やはり違和感があった。
「ユーマ?」
(・・・・・同じ様に呼ばれても違うし)
アミールも、アシュラフよりは線が細いものの、王族らしい気品を持っている美貌の主だ。
アシュラフにも似ているその顔に惹かれてもおかしくは無いのだが、やはり悠真にとっての特別は・・・・・。
『アミール、どうした』
その時、悠真にとっての特別な声が聞こえた。
アシュラフはきつい眼差しをアミールに向けながら、白いグトラをなびかせてゆっくりと悠真の側に歩み寄ってくる。
その動きはまるで砂漠の王者そのもので、悠真は知らずにうっとりと見惚れてしまった。
(やっぱり・・・・・アシュラフは皇子様だなあ)
「ユーマ」
アミールと同じ様に自分の名を呼ぶが、やはり全く響きは違った。
「アミールに何を言われた?」
「な、何も」
「・・・・・」
「本当に、何も無いよ。ね?」
悠真がアミールを振り返ってそう言うと、アミールは苦笑しながら背を向けた。
『兄上が感情をむき出しにするのはユーマのことだけだな』
そう言い残して去っていくアミールを見送った後、アシュラフは悠真を見下ろして苦笑を浮かべた。
「・・・・・お前からは目が離せないな、ユーマ」
「え?」
「何時お前を狙う者達に奪われるかも分からない。本当にお前を・・・・・誰の目にも触れさせないように、私の宮の奥
深くに閉じ込めておきたい」
「アシュラフ?」
「可愛いユーマ、お前は私だけを見ていたらいい。他の人間をその目に映すな、そいつを殺したくなってしまうからな」
「・・・・・っ」
赤面するほどの熱い愛の言葉を囁きながら悠真の身体を強く抱きしめてくるアシュラフに、悠真自身は嬉しさと途惑い
の入り混じった複雑な思いを抱く。
(俺にはそんな価値なんて無いのに・・・・・)
どんな最高の相手も選び放題のアシュラフが、なぜこれ程に自分に執着してくれるのか、嬉しくて仕方が無いのに、悠
真は壊れてしまった時のことも考えてしまうのだ。
「ユーマ、私の言葉だけを聞いていればいい」
そんな悠真の複雑な思いを全て分かっているかのようにそう言うと、アシュラフはギュッと腕の中に悠真の身体を抱き締
める。
きつく抱きしめてくるその腕が言葉以上の想いを伝えてくれている気がして、悠真は目を閉じてアシュラフの背に手を回し
た。
(後悔なんて・・・・・出来ない・・・・・)
この先後悔することがあったとしても、結局は自分の気持ちを誤魔化すことは出来ない。
今は自分のこの気持ちとアシュラフの愛情を信じようと、悠真はアシュラフの背に回した手にギュッと力を込めた。
end