アシュラフ&悠真編
※ここでの『』の言葉は外国語です
広い広い畳の部屋の片隅には、仕切りをつけた5畳ほどの場所がある。そこに入り込んだ悠真(ゆうま)は、行儀悪く
寝そべって溜め息をついた。
「はあ〜・・・・・だるい・・・・・」
本当は、今日はアリーに教えてもらい、大切な伴侶のこの国での好物を作ろうと思っていた。
彼の私的な雑務を一切取り仕切っている侍従長のアリー・ハサンはとても忙しい人で、今日という時間が空いたというの
も、たった二日前に聞いたばかりだ。
その貴重な時間はアシュラフ・・・・・最愛の夫である男に邪魔をされてしまった。
「ア、アシュラフッ、俺、明日、アリーさんと約束があって!」
我が物顔に下着の中に入ってくる手を押さえながら、悠真は必死で明日の予定を訴えた。
しかし、男は褐色の整った顔に綺麗な笑顔を浮かべたまま、まるで聞こえていないとでもいうように上着も脱がしに掛かっ
てくる。
「ちょっ、だ、駄目だってば!俺っ、アシュラフに触られちゃうと・・・・・っ!」
「ふふ、感じるのか?」
「わ、分かっているんならっ」
「夫である私が妻であるユーマを抱いて何が悪い?それこそ、主人の妻と密会をしようと企んでいるアリーの方こそ乱心
者だ。ここで私を受け入れなければ、アリーを処罰するかもしれないぞ?」
「・・・・・っ」
(こ、このっ、我が儘王子!)
小国ながら、豊富な油田を持っているガッサーラ国の皇太子である、アシュラフ・ガーディブ・イズディハールと、父親が
石油卸会社を経営している永瀬悠真(ながせ ゆうま)は、男同士でありながら、見合いの場で出会い、悠真が高校
を卒業すると同時に結婚した。
悠真はそのままこのガッサーラ国で暮らすことになったが、当初の不安とは裏腹に、日本人のことをよく知っているアシュ
ラフは、悠真が過ごしやすいようにきめ細かな配慮をしてくれていた。
悠真からすれば多少やり過ぎではないかと思ったが、それでもアシュラフの気持ちは嬉しく、快適な日々を過ごしていた
が、ただ一つ・・・・・困ったことがあった。
それは、アシュラフの情熱があり過ぎるということだ。
毎日、目が合うたびの愛の言葉は、気恥ずかしいが何とか受け入れることは出来たが、ほとんど毎日のようにされるセッ
クスは・・・・・少しだけきつい。
悠真はアシュラフが初めての相手で、彼に抱かれること自体に抵抗は無いものの、それがほぼ毎日、それも、1回では
終わらないのは体力が続かなかった。
それとなく断りの言葉を言っても、色事に長けているらしいアシュラフは言葉巧みに悠真を丸め込んで、結局悠真は受
け入れるはめになってしまう。
あくまでも、嫌でないのが困りものだ。
せめて翌日、朝から動けるくらいに手加減して欲しいと思っていた。
「ここにいたのか」
「・・・・・」
頭上から声がした。
しかし、悠真は目を閉じたまま、顔を上げない。
(俺は、怒ってるんだからなっ)
1回目が終わった後に、もう今日は止めて欲しいと言ったのに、アシュラフは全く意にもとめなかった。それで結局、今日
は昼からしか動けない悠真は、予定が少しも消化出来ないままだ。
「ユーマ」
「・・・・・」
「・・・・・どうした、タタミの部屋でしたいのか?」
「!」
まさか、これからここで抱くつもりなのかと、悠真は焦って起き上がる。すると、目の前には唇は笑っているが、目は少しも
笑っていないアシュラフが立っていた。
「ア、アシュラフ」
「許せないな、ユーマ」
「え?」
「夫の言葉を聞かずに無視しようとするのは何事だ?」
「そ、それは・・・・・」
原因はそもそもアシュラフの方にある。そう言い返したいのに、さすがに王子の威厳か、言い返すことを躊躇ってしまう雰
囲気になっていた。
(ほ、本気で怒ってるのか?)
目の前の悠真が泣きそうに顔を歪めている。
それを見ながら、アシュラフは内心ほくそ笑んだが、表面上は怒りを湛えている様子を消さなかった。
(全く、夫婦の営みは当然の行為なんだぞ、ユーマ)
これでも、アシュラフは我慢している方だ。本当ならば昼夜構わず、場所も選ばないで悠真を抱きたいくらいだった。
それが当然許される立場にいるし、悠真の愛情が自分にあるということが前提なのだが、日本人の性格からか、悠真は
あまりにも奥ゆかし過ぎる。
「ア、アシュラフ」
「・・・・・」
「あ、あの、俺・・・・・」
今日、悠真がなぜアリーと会う予定だったのか、当然アシュラフはその理由を知っていた。
悠真は内密にと言っていたようだが、アリーはあくまでもアシュラフの側近なのだ、自分に報告することは自然の流れで、そ
れを聞いたアシュラフは自分のためにという悠真の気持ちが嬉しくてたまらなかったが・・・・・。
(そのせいで、私の手を拒むということは感心しないな)
「・・・・・アシュラフゥ」
「・・・・・ユーマ」
アシュラフはその場に膝をついた。すると、直ぐに悠真が縋るように自分の腕を掴んでくる。
(愛らしいな、ユーマ)
「ご、ごめんなさい。俺、アシュラフに内緒で・・・・・」
「もう、いい。さあ、ユーマ、お前の口から、今日どんな約束をアリーとしているのか聞かせておくれ」
素直な悠真が告白するのは時間の問題だった。
「ユーマ!」
アシュラフの好物を作りたかったという話を口にした途端、悠真はアシュラフの腕の中に抱きしめられていた。強い腕の力
に、彼の歓喜の大きさが伝わってくる気がする。
「私のことをそれほどに思っていてくれたのか!」
「あ、当たり前だろっ、お、俺、アシュラフのこと・・・・・」
アシュラフは自分のために日本のさまざまなことを勉強してくれていたというのに、悠真は言葉を覚えることだけで精一杯
だった。
将来、この国の王になるアシュラフを支えるための勉強は、結婚してから頑張ろうと思っていたのだが、自分の努力はまだ
まだ足りなかったようだ。
(エ、エッチも、大事なつ、妻の、役割だし)
「内緒にしてて・・・・・ごめんなさい」
悠真は自分からもアシュラフの背中に手を回した。覚悟が足りなかった自分自身を深く反省し、それを言葉でもちゃん
と謝罪する。
「謝るな、ユーマ、私も言い過ぎた」
「・・・・・っ」
「しかし、アリーに私の好物を聞くのなら、私に直接言えばいい。こう見えても留学していた時に自炊はしていたんだ、お
前と一緒に料理くらい出来るぞ」
「え・・・・・本当?」
「ああ」
「じゃ、じゃあ、今から一緒に・・・・・」
「今からは、もっと別のことをしなければならないだろう?」
耳元で艶っぽく囁かれ、悠真が首を竦めた途端にそのまま畳の上に押し倒された。
「ア、アシュラフ?」
「畳の上でなら、お前はさらにいい声で啼くからな」
その言葉と同時に首を甘噛みされ、男に覚えこまされている悠真の快感は容易に目覚めてしまう。
(い、いいの、か?)
なんだか、またアシュラフに流されている気がしたが、それでも自分も彼を求めているのだということも事実なので、悠真は
その快感に身を委ねるように、目を閉じて彼の口付けを待った。
end