あやかし3匹&巴編





 天宮巴(あまみや ともえ)は赤い鳥居をくぐりながら溜め息をついていた。
もう、何回ここに足を運んだかも分からないが、未だに今からされる行為に慣れることは無い。当たり前だ、これは巴の意
志ではなく、半ば・・・・・いや、完全に強制でここに来ているのだ。
 「・・・・・あ」
 そんな鳥居の半ばまで来た時、巴はそこに人影を見付けた。
 「巴」
 「け・・・・・慧(けい)、さん」
 「迎えに来た」
真っ赤な髪に、赤い瞳の男。荒削りな男の魅力を持ってはいるものの、この男は人間ではない。
本人は天狗だと言っているし、巴自身、見掛けだけではなく抗えない気配というものを感じさせるこの男を、人間ではな
いと感じていた。
 「どうした?」
 「え?」
 「自分の夫と会えるというのに、どうしてそのように不安げな顔をしている」
 「・・・・・不安げな、顔」
 「俺と会えて嬉しいとは思わないのか?」
 ・・・・・どうしてそんな風に思えるのか、その方が不思議だった。巴は始めからこの花嫁という自分の立場を拒絶していた
し、この男・・・・・達と会うことも嫌だという態度を見せているはずだ。
怒らせたら何をされるのかが怖くて口では言わないものの、出来ればその態度で全てを悟って欲しかった。
 「人間の女達は俺が誘うと直ぐに身体を開くというのに、お前は強情で・・・・・わけが分からん」
 「・・・・・」
(それなら、その人達の中から花嫁っていうのを捜せばいいのに・・・・・)
 心の中でそう思っていると、いきなり男、慧が巴の顎を掴んで上向かせた。
 「あいつらよりも先に貰うぞ」
何をと聞き返す前に、巴は慧に貪るようなキスをされてしまった。



 日毎に出迎えてくれる男達は交代だったが、それでもやることは同じだ。待っている他の男達よりも先ず先に巴を味わ
おうと、鳥居の途中でいきなりキスを仕掛けてくる。
その時点で慣れない巴はすっかり腰砕けになってしまい、その男に抱かれるようにして鳥居の奥まで向かうのだ。
 今日の慧は3人の中でも一番荒々しく、力任せという感じで貪ってくるので、巴はキスの半ばで半泣きになってしまう。
やがて、満足したらしい慧が、足がふらつく巴を軽々抱き上げた。
 「やはり、お前の気は美味い」
 「・・・・・っ」
 「毎回俺が迎えに来たいんだがな」
 あいつらが煩くてと言う口調は、まるで我が儘な子供のようだと思う。
(そ、それなら、皆奥で待っててくれた方がいいのに・・・・・)
どうせ逃げられないのだ、巴は必ず鳥居の奥まで向かわなくてはならない。そこでも同じようなことをされるのだから、心の
準備くらいさせて欲しい。
 「巴」
 「あ、はい」
 「・・・・・」
 「・・・・・慧さん?」
 赤い目が、じっと自分を見下ろしている。綺麗なその瞳に、巴はまるで吸い込まれるように視線を返した。
 「こうして・・・・・お前に触れることが出来て、俺の喜びがお前には分かるか?」
 「・・・・・」
 「早く、お前の全てを俺のものにしたい」
それに、答える言葉は無い。
もちろん、男の自分が花嫁なんかになりたくないという気持ちは強いものの、どれほど長い間自分のことを待っていてくれ
たのかと聞かされると、どうしてもその言葉を無下には出来なかった。



 「巴」
 「巴」
 鳥居の奥には、2人の男が立っていた。
 「遅かったね。慧に悪戯をされていた?」
笑いながらそう言うのは、銀のように輝く髪と、蒼い瞳を持つ、細身の男、益荒雄(ますら)。
 「嫌ならば嫌だと言っていいぞ。こやつは加減というものを知らぬ」
気難しげに眉を顰めているのは、黒髪に金の瞳を持つ大柄な男、八玖叉(やくしゃ)。
 慧が天狗であるのなら、益荒雄は鬼で、八玖叉は夜叉だ。物語の中でだけ存在するはずの3人の物の怪が目の前に
勢揃いをし、巴は何時ものことながら身体を硬くしてしまう。
 「こ、こんにちは」
 「今日は遅かったようだけど」
 益荒雄が手を伸ばしてきて、すっと項を撫で上げた。
その途端身体を震わせた巴は、慌ててその理由を口にする。
 「きょ、今日は日直だったからっ、逃げようと思ったわけじゃっ」
 「分かっているぞ、巴。お前が今更我らから逃げようなどと思わないというのは」
 淡々とした口調ながら、向けてくる金の瞳は欲情に耀いていて・・・・・益荒雄よりも先にと巴の頬に手をそえて、八玖叉
は唇を重ねてきた。
慧のように強引ではなく、宥めてくれるような優しいそれに、巴も胸を突き飛ばすことは出来ずに受け入れてしまう。
すると、
 「ずるいなあ、巴。八玖叉にだけそんな可愛い顔を見せるんだ」
 「・・・・・っ」
 耳元で笑いながら囁かれた言葉に、巴が思わず閉じていた目を開いてしまうと、強引に巴の身体を抱き寄せ、八玖叉
とのキスを解かせた益荒雄が、まだ唾液で濡れている巴の唇を一度舐めあげた後、そのまま深いキスをしてきた。
 「んっ」
 この中では、多分一番上手いだろう益荒雄のキス。ねっとりと巴の口腔内を舌で舐め、官能を引き出そうとする手管
に、呆気なく巴は陥落してしまう。
益荒雄の肩にしがみ付き、思わず鼻を鳴らしてしまえば、背後からカプッと首筋を噛まれた。
 「んんっ!」
 「慧、巴を傷付けるな」
 「益荒雄にだけこんなに感じるのが悪い」
 「益荒雄は技巧が増しているだけだ。愛情ならば我の方が強い」
 そう言って、指先を一つ一つ舌で舐めているのは・・・・・八玖叉か。
 「ふっ、んっ・・・・・っ!」
身体中を3つの舌と6つの手で絡め取られ、巴は過ぎる快感と流される惨めさに、自然に目尻に涙が滲んでしまった。



 ようやく、男達から解放された巴は、身体から力が抜けてしまった。
もちろん、そのまま地面に身体が落ちてしまう前に、6本の腕が巧みに巴の身体を受け止めてくれる。
 「・・・・・はっ、はっ」
 「今日の気も美味しかったよ、巴」
 「巴の気は何時だって甘く、美味だ」
 「お前ら、今日は俺が優先だろうっ?」
 「そんなことを言って、ここに来る途中、先に巴を味わってきたんじゃないか?」
 「自分達だって同じことをしているだろーがっ」
 頭上で交わされている言葉に、巴はいい加減にしろと口の中で呟いた。人間ではない3人の男を相手に、人間の自
分は1人で受け止めなければならないのだ。
(この時点で、こんなに大変なのに・・・・・っ)
 男達が言う、花嫁という立場が現実になった時、いったい自分がどうなるのか想像するだけで怖い。今以上の情熱を
受け止めることはとても無理だと思った。
 「ほら、そんなに言うのなら、もう一度味わえばいい」
 「慧1人だけと言うのか」
 「・・・・・じゃあ、もう一度私達皆で可愛がるしかないか」
 「・・・・・っ」
(ちょ、ちょっと!)
 3人いるからといって、3人とも満足するまで付き合うなんて自分の方がたまらない。
巴はもう止めて欲しいと口を開きかけたが、その唇は直ぐに荒々しい口付けで塞がれてしまい、これは、慧のキスだと分
かってしまうほどに男達のキスに慣れている自分に気付いて・・・・・。
(俺・・・・・どうなっちゃうんだよ・・・・・)
抵抗出来ず、受け入れるしか出来ない自分の未来を、巴はただ憂うしかなかった。





                                                                 end