綾辻&倉橋編
「七夕なんて、私嫌い。だって、1年に1回しか会えないなんて、欲求溜まって大変じゃない」
「・・・・・あなたぐらいですよ、そんな風に思うのは」
「あら、世の男のほとんどはそう思ってるはずよ」
にっと笑いながら言う綾辻は、倉橋が呆れたような溜め息をつくのも楽しく感じている。
真面目な彼が自分が言うことに反感を持つだろうということが想像出来た上で、いや、むしろ怒らせたくて、綾辻は続けて
言った。
「牽牛も情けない男よね。本当に好きなら待たなくてドンドン会いに行ったらいいのに」
「・・・・・」
倉橋が溜め息をつく。
その気配を隣で感じながら、綾辻は密かに笑った。
「ねえ、たまには私と飲んでよ。部下を可愛がるのは上司の務めでしょ?」
そんな、言いがかりのようなことを言って、綾辻は強引に倉橋を飲みに誘った。
元々酒に強くなく、しかもウイークデーに飲みに行くなどと難色を示した倉橋だが、結局最後は綾辻の誘いに頷いた。
「上司って、あなたの方がでしょう」
歳でも、この世界にいた年数でも、遥かに綾辻に及ばない倉橋は、少し憮然としたような顔で呟く。
もちろんそれは計算済みだった。
「私なんかより、克己の方が真面目だし、社長の事を考えてるし、私にだって命令するじゃない。上司と同じよ、同じ」
「・・・・・」
「ほら、ぐっと」
「私は飲めませんから」
「ジンジャーエールばっか飲まないの!こっち、エンジェルフェイス、私にはニコラシカ」
「なんですか、それ」
「まあ、お酒の弱い克己には縁の無いカクテルよ」
こうやって倉橋と肩を並べて酒を飲むことなどほとんど無い。
最近は海藤の恋人である真琴という存在のおかげで、時折大勢で食事をすることもあるようになったが、基本飲めない
倉橋はその食事を楽しんでいるのかどうか分からなかった。
(まあ、マコちゃんも弱いしね〜)
海藤はもちろん、自分も相当アルコールには強い。今まで酔った覚えも無かった(わざと酔った振りをすることは多々あっ
たが)。
一緒に飲むのが強い相手ばかりなので、返って弱い相手を見るのは面白く、それが自分が気に入っている人間なら尚
更楽しいものだ。
「・・・・・」
「・・・・・」
深い溜め息が聞こえ、綾辻は隣に視線を向ける。
(・・・・・もう、熟してきた)
何度も騙されたくせに、基本倉橋は素直な性格なのだろう。
甘いカクテルは酔わないからと、どんどん勧める綾辻に断わることも出来ないようで、倉橋は1時間ほどでもう4杯目を飲
み干してしまった。
これが、海藤が同伴ならばとても見れない姿だろう。
「克己」
「・・・・・え?」
反応が鈍い。
顔を覗き込んでみると、目元がほんのりと染まっていた。
「気分は?」
「き・・・・・ぶん?い・・・・・ですよ?」
「そう」
綾辻はクスッと笑うと、そのまま倉橋の腰に手を回す。
倉橋は嫌がりもせずに綾辻のなすがままだった。
「可愛いな、克己」
そっと唇を耳元に触れさせても、倉橋は首をすくめるだけで逃げようとはしない。本当に酔っている時は素直で、かなり
無防備になってしまう倉橋が可愛くて仕方がなかった。
本当は、もっと普段からこうして甘えて欲しいと思うが、反面、何時もストイックで孤高の貴公子といった風情の倉橋が、
僅かな隙を見せるこんな限られた瞬間がたまらなくゾクゾクもする。
「克己、あ〜んは?」
「あ・・・・・ん?」
言われたとおり素直に口を開く倉橋に、綾辻はそのまま頭を抱き寄せてキスをした。
元々静かだったバーの中がさらに静まり返る。
「んっ」
艶かしい舌の絡み合う音の後、名残惜しげにその唇を舐めて唇を離した綾辻に、カウンターにいた初老のバーテンダーが
呆れたように言った。
「そんな綺麗な人騙してどうするんです?」
「どうせ明日になれば忘れてるって」
「・・・・・寂しいですか?」
「別に1年に1回だけってわけじゃないからな。七夕の今夜くらいは、これくらいのサービスがあってもいいだろう」
(うちの織姫様は、今だに逢瀬を許してくれないからな)
年に一度、濃厚な時間を過ごしているであろう牽牛と織姫。
自分達は何時になったらそんな時間を過ごせるようになるのだろうか・・・・・。
(まあ、絶対に1年に1回では済まないだろうけどな)
綾辻は自分の考えに苦笑を零すと、既に目を閉じて眠りに誘われている倉橋の肩を抱きしめながら、まだ足りないという
ように静かに言った。
「ジン・ビターズを」
end