クリスマス前の恋人同士の一コマです。














慧&いずみの場合






 香西物産(こうさいぶっさん)の第一専務秘書である尾嶋和彦(おじま かずひこ)は、目の前にいる自身の部下である松原い
ずみの情けなく垂れた眉をじっと見つめた。
 「・・・・・で?」
 「え・・・・・っと、だから」
 分からないだろうかと上目遣いに自分を見るいずみは、とても成人した社会人には見えない。
ここに、あの恋に目が眩んだ上司がいれば可愛いと絶賛するだろうが、あいにく尾嶋には目の前の青年以上に愛らしい存在を
知っているので、冷静にその視線を見返すことが出来た。
 「君が専務へのクリスマスプレゼントを何にしようかというので悩んでいるのは分かった」
 「は、はい」
 「だが、それを私に聞いてどうなる?」
 「ど、どうなるって・・・・・」
 確かに、秘書として付いていた以上の長い間、いわば悪友とも言える関係にあった男の趣味嗜好はいずみよりも分かっている
と思う。
ただ、その好みにピッタリと合わせたからといって、あの上司が喜ぶとはとても思えないのだ。
(要は、恋人が自分のために考えてくれるという経過が大事なんだが)
 男同士という、秘書の立場からしたら別れさせなければならない2人の関係。
しかし、どちらのこともよく知っている尾嶋は2人を別れさせるつもりはない。仕事面に関してもその関係が上手くいっていると都合
がいいとは思うものの、そのために自分が動こうとは思わなかった。
 「尾嶋さ〜ん」
 情けない声が名前を呼んでくる。
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 「・・・・・」
尾嶋は溜め息をついた。
専務秘書に抜擢したのは自分だし、いずみをあの狼に近づけたという責任もあるので、尾嶋はあっさりといずみを切り捨てること
は出来なかった。
 それに、いずみは尾嶋の愛しい少年とは親しく、彼の口から自分の評価が上がるようなことが伝われば・・・・・そんな姑息な思
いも少しだけ生まれた。
 「本当に、今あの人の欲しいものは知らないんだ」
 「・・・・・そうなんですか・・・・・」
 やっぱり駄目かと落ち込んだ様子に、尾嶋はフッと苦笑を浮かべる。
 「だが、想像はつく」
 「え?」
本当に、いずみ本人が和からないというのが不思議だ。
 「最近のあの人の愛読書、知らないのか?」




 「な〜、お前が知らないってことは無いだろ?」
 いずみと別れた尾嶋は、専務に呼び出されて部屋にやってきた。
一体何の緊急の用件だと思ったが、尾嶋が扉を閉めた瞬間に専務、北沢慧(きたざわ さとし)が口にしたのはとんでもなく私的
な用件だった。
 「・・・・・どうして私に聞くんですか。本人に訊ねればよろしいでしょう」
 「だから、クリスマスプレゼントを本人に聞いてどうするんだよ!」
 「・・・・・」
 プレゼントはサプライズだと力説する北沢を呆れて見つめる。サプライズを大切にするのなら、恋人・・・・・いずみの一番近くにい
る自分に聞くのは一番おかしいではないか。
 「分かりません」
(全く、この2人は・・・・・)
 いずみはともかく、北沢は過去に様々な恋の駆け引きをやってきた男で、相手が男に変わったとしてもプレゼントに相応しいもの
は何となく分かるはずだ。
 いや、それさえも頭の中に浮かばないのは、それだけ北沢にとっていずみの存在が今までの付き合いなど頭の中から追い出して
しまうほどに大きくなっているのかもしれないが。
 「尾嶋〜」
 「だから、私には全く想像がつきません」
 「・・・・・嘘だろ、それ」
 「・・・・・」
 「お前、何時も必要以上にいずみと話しているじゃないか」
 それは、早くいずみを秘書として育て上げたいからだと、説明してもきっと分かってもらえないだろう。
(馬鹿馬鹿しい)
どうしてこんなことで自分が責められなければならないのかと理不尽な思いが募る。恋人同士のことは恋人同士で決着をつける
のが一番話が早いはずだ。
 「専務」
 「思い出したかっ?」
 この男が、先々代に継ぐ有能な経営者と噂されていることがとても信じられないと思いながら、尾嶋は仕方なく自分の中の情
報を伝えることにした。
これ以上ここで捕まって帰宅が遅くなってしまったら、それこそ自身の幸せな時間が削られるということでもあるのだ。








 いずみはじっと考えた。
尾嶋の言う通りだとすれば、自分は何もプレゼントを用意することなく、たった一言頷けばいいだけだ。
(で、でも・・・・・・)
 しかし、それが簡単に出来ないのは、いずみ自身がまだ頷ける状態ではないからで、他のことを考えようと思えば思うほど、今度
は尾嶋の言葉が頭の中から離れなかった。

 「不動産情報。暇さえあればネットでも検索している」
 「え・・・・・」
 「一緒に暮らそうと言われているんじゃないのか?」

確かに、言われている。
気持ちだけではなく、身体も結ばれて、恋人同士という関係になった北沢はとても積極的に自分に迫っていた。
もちろん、いずみも北沢のことが好きだし、共に暮らせたら楽しいだろうなとは思う。ただ、大企業の専務という北沢の立場を考え
ると、自分などが側にいてもいいのかと深く考えてしまうのだ。
 「どうしようかな・・・・・」
 何時までも拒み続けていたら、もしかしたら北沢が離れていくこともあるのだろうか?
いくら北沢の祖父が自分のことを認めてくれていても、それが世間に通用しないことは十分分かっているつもりだった。
 「・・・・・」
(そんなの、やだ・・・・・)
 せっかくの、クリスマス。
恋人に渡すプレゼントのことを楽しく考えたいのに、いつの間にかいずみの頭の中は自分達の関係のこと、しかも、どんどんと悪い
方へと思考が進んでいた。
 来年の今頃、自分達はどうなっているのか。
もしかしたら、別れてしまっているのかも・・・・・しれない。
 「!」
自分の中で様々な葛藤が渦巻いていると、不意に携帯が鳴ってビクッと身体が震えた。
 「・・・・・」
 そこにあるのは北沢の名前だ。
 「どうしよう・・・・・」
明日のクリスマスイブのことだと直感したが、まだ自分の気持ちに整理が付いていない。
出たくても、出られない。・・・・・だが、電話は鳴り止まない。
 「・・・・・」
 いずみは携帯を手に取る。今、ここでは何も決めていなくても、明日、いや明後日には、もしかしたら自分の気持ちの着陸点が
分かるかもしれない。
(逃げるだけじゃ、何も進まないよ、な)




 なかなか、いずみは携帯に出ない。
しかし、北沢は諦めずに鳴らし続けた。勤務中という言い訳は、午後6時近いこの時間では意味はない。出ないということは出た
くないのだろうが、ここで諦めては北沢も前へと進めなかった。
 「・・・・・」
(いずみ)
 いずみのことを考えているつもりでも、いつの間にか自分の感情を押し付けることばかりになっていた。

 「松原は、今まであなたの付き合ってきた女性たちとは違いますよ。物や設定で喜ぶ人間ではありません」
 「そんなことは分かっている」
 「それなら、どうして私に彼が望むものを聞くんですか?彼を一番よく見ているあなたが分からないはず無いでしょう」

尾嶋の言葉は辛辣だったが、北沢の心臓にガツンと衝撃が来た。
確かに、物ばかりを考えていた自分は、いずみを今まで付き合ってきた女と無意識に並べていたのかもしれないが、もちろんいず
みは遊びの存在とは全く違う。
 『・・・・・はい』
 どのくらい鳴らし続けたか分からない頃、ようやくいずみが出てくれた。少し、小さく、元気のない声だった。
 「いずみ、今いいか?」
 『は、はい』
 「明日のイブなんだが」
早速切り出すと、電話の向こうで息をのむ気配がする。
何を怖がっているんだろうと思うが、考えたら自分もいずみの反応をいろいろ考えて尾嶋から情報を聞きだそうとしたのだ。お互い
様という所かもしれないと思うと、北沢の口調はさらに穏やかになっていた。
 「俺のマンションで一日過ごせるか?」
 『専務の、ですか?』
 「色々、ゆっくり話そう。お前に聞いて欲しいこともあるし、お前のことも聞きたい」
 世間での浮かれた雰囲気に流されるのも悪いことではないかもしれないが、今の自分達はもっと2人の時間を多く作って、深く
話し合うことが大切な気がする。
 プレゼントは、小さなクリスマスケーキと、シャンパン。これが、今のいずみには負担にならないと思えた。
 『あ、あの・・・・・』
 「俺へのプレゼントなんか考えなくていいぞ。俺に夕食を作ってくれること、それでいいな?」
 『夕食・・・・・』
 「フランス料理なんか考えるなよ?俺は牛丼とかカレーとか好きだし。ああ、一緒に作るのも悪くないな。・・・・・いずみ、俺と一
緒に過ごしてくれるよな?」
長い沈黙の後、安堵したかのような肯定の声を聞いて、北沢もホッと息をついた。
 「じゃあ、明日迎えに行くから」


 2人で過ごすクリスマスの夜は今回だけではない。
この先も何度も続く大切なイベントのために、今年はお互いのことをより深く知る時間をお互いへのプレゼントにしようと、北沢は
ようやく頬に笑みを浮かべて携帯電話を切った。





                                                                     end






このカップルの第三者視点は尾嶋さん。
彼も洸君と楽しいクリスマスを過ごせるはずです。