クリスマス前の恋人同士の一コマです。
伊崎&楓の場合
2人の関係は仕方なくだが認めてやった。
組事務所や、第三者がいる前では出来るだけイチャイチャしないようにと言ったが、それでも部屋の中は見て見ぬ振りをすると、
断腸の思いで自分自身を納得させたのに・・・・・。
(これは・・・・・どういう苦行だ?楓)
雅行は最愛の弟、楓の後ろ姿に思わずそんな気持ちを投げ掛けてしまった。
楓が、自分が持つ日向組の若頭、伊崎のことを昔から慕っているのは知っていた。
その純粋な気持ちが時を経るごとに変化していき、2人が同性というくくりを飛び越えて、いつの間にか恋人として付き合っている
と聞いた時、驚いた思いとは裏腹に、やはりという気持ちも大きかった。
もともと、伊崎は楓と出会ったことでエリートの道を蹴ってヤクザという裏の道に飛び込んできたのだ、こうなることは避けられない
未来だったのかもしれない。
秋の楓の誕生日にそれは自分だけでなく、両親や組員全員も知ることになってしまい、多少ゴタゴタはあったが今ではこちらが
呆れてしまうほどにベタベタのカップルとして過ごしている。
それは仕方が無いと認めていたはずだが、クリスマスも数日後に迫った昨日、いきなり楓に買い物に付き合って欲しいと言われ
た時は、伊崎ではなく自分を頼ってくれたことが嬉しかった。
両親にクリスマスプレゼントを買いたいと言い出した時も、父はともかく母の分は大賛成だと、張り切って付いてきたのだが。
「ん〜」
「・・・・・」
「これはちょっと地味かなあ」
「・・・・・楓」
さっきからマネキンのようにネクタイを合わせられるまでは良かった。
まさか楓が自分にまでプレゼントをくれるとは思わず、どうせなら内緒にしておいてくれた方がいいのにと顔がニヤケながら思ってい
たのに、
「恭祐はどんなものでも似合うしな」
その呟きを聞いた瞬間、自分の勘違いを死ぬほど後悔してしまった。
(伊崎のマネキンが俺なんて・・・・・)
「俺じゃ、参考にならんだろ」
少し拗ねた思いでそう言うと、楓は可愛らしく笑いながら首を傾げる。
「そんなことないよ?」
「・・・・・」
「ほら、兄さん、真っ直ぐに立って」
楓はどんどん落ち込む雅行の気持ちなどまったく気付かず、次々とネクタイを合わせていく。そのどれもが、自分のような厳つい容
貌の男に似合うものではなく、伊崎のようにいい男がつけたら華やかになるものばかりで・・・・・。
(伊崎の奴・・・・・こんなにも楓に大切にされやがってっ)
こんなことを思う自分の方が情けないと思うものの、口に出せば楓に睨まれてしまう。
最近では日向組の組長として名実共に名前も知られるようになってきたと言われるものの、最愛の弟相手ではどうしても弱腰に
なってしまった。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・組長、何か話があるんですか?」
今月の持ち株の動きを説明していた伊崎は、溜め息をつきながら顔を上げた。
組長の自分に対して溜め息をつくところから問題だが、昨日のことを引きずってじっと睨みつけている自分も相当大人気ないかも
しれない。
だが、どうしても胸の中のモヤモヤは収まらず、雅行はさらに眉間の皺を深くしてようやく口を開いた。
「伊崎、俺は負けたとは思っていないぞ」
「は?」
「きっと、楓は俺の方が好きだって言ってくれる」
小さい頃からお兄ちゃんお兄ちゃんとくっ付いて回っていた楓だ。恋人と肉親、どちらが大切かなんて聞かずとも明らかだと思う。
(今は熱に溺れているだろうが、結局はお兄ちゃんが一番と言うはずだ)
そう考えると、少しだけ胸のつまりが無くなった。
「組長、今の話は・・・・・」
クリスマスプレゼントの話は仕方が無い。皆の前で交際を発表して初めてのイベントだ、プレゼントを渡すくらいは認めてやる。
(俺はそこまで心が狭くないからな)
だが、クリスマスの1日、楓を独り占めするのは・・・・・。
「・・・・・クリスマス、楓と約束しているのか?」
「クリスマスは、毎年組の皆と祝っていますよ」
「その後の約束は」
「・・・・・言わないといけませんか?」
苦笑を零しながら言う伊崎は大人の顔を垣間見せ、雅行は自分が子供っぽく思えて視線を逸らしてしまった。
(くそ・・・・・っ、早く正月が来い!)
甘ったるいイベントなんか、あっという間に過ぎ去ったらいいと思った。
買い物に付き合ってもらってから、なんだか兄の様子がおかしかった。
何時になく引っ付いてくるし(別に迷惑ではないが)、何かというと部屋にもやってきて話をしていく(それも楽しい)。
ただ、そのせいで伊崎と過ごす時間がかなり減ってしまっていた。
「まあ、いいか」
(恭祐とは何時でも時間作ればいいんだし)
「坊ちゃん」
「何?」
買い物をして外から帰った楓は、母屋に入る手前で組員に呼び止められた。
「あの、今年のクリスマスパーティーなんですけど・・・・・」
「うん」
「・・・・・」
「・・・・・何だよ」
切り出してからなかなか次の言葉を言わない相手に、楓は眉を顰めて先を促す。兄にそっくりとまでは行かないものの、それな
りに迫力があったのか、組員はビクッと大きく身体を震わせて叫んだ。
「あのっ、今年は若頭と予定があるんでしょうか!」
「・・・・・は?」
「お、お2人の都合があるのは十分分かってるんですが、組の連中はやっぱり坊ちゃんと一緒に祝いたいっていうか、あっ、無理
は言いませんっ、絶対に!」
「・・・・・ふ〜ん」
(そんなふうに思われてるのか)
その夜、伊崎は久し振りに楓の部屋を訪ねた。
最近はことあるごとに雅行が楓の部屋に行っているのでなかなか2人きりにはなれなかったが、ブラザーコンプレックスの楓はそれ
程不満に思っていないようだったし、年末の忙しい時期楓に寂しい思いをさせているよりは全然ましだと思っていた。
「どうしたんです、楓さん、なんだか楽しそうですが」
明日のクリスマスイブの予定を話す前に、もう上機嫌の楓を不思議に思って見つめると、楓は伊崎に視線を向けてきて綺麗に
笑った。
「ん〜、俺って愛されてるな〜って思って」
「愛されてる?」
「だってさ」
そう言って、楓が話してくれた組員との会話に、伊崎も苦笑を漏らす。
「まあ、分かりますが」
「何が?」
「連中は皆、楓さんのことが好きですから。特別な日に特別な相手と過ごしたいと思う気持ちは分かりますよ」
「恭祐・・・・・」
好きという気持ちの中には、もちろん恋愛感情に似たものもあるだろう。楓ほどの美貌の主なら性別など関係なく、熱い想いを
抱く男は吐いて捨てるほどいる。
ただし、日向組の人間はそれと同時に、家族に対するような温かい思いも同時に抱いているはずだ。寝食を共にし、ろくでもな
いと蔑みの視線を向けない、無条件で自分を受け入れてくれる人間を、見つめているだけでも心が温かくなる。
「でも、私は心が狭いので」
組員達の思いは十分分かるが、伊崎にとっては楓はかけがえのない唯一の存在だ。
「あなたを誰にも見せたくなくなる」
ただの恋する対象としても、家族としても、楓を誰かと分け合うことなんて出来ない。
「バ〜カ」
「楓さん」
「俺なんか、お前が他の女と一言でも話すのが面白くない」
きっぱりと言い切った楓はそのまま伊崎の首に両腕を回して抱きついてくる。重ねた唇はとても甘くて、伊崎はしばらく貪るように
楓の唇を奪い続けた。
久し振りのキスをかわした後、伊崎はベッドに座り、楓はその膝にチョコンと座った。
小学生の時のように腕の中に収まる小さな身体ではないが、それでも細くしなやかな身体は自分の腕にぴったりとくる。
「そういえば、組長と何かあったんですか?クリスマスの予定を気にされていましたが」
「・・・・・さあ?」
楓は本当に意味が分からないらしく、ひょっとして彼女でもできたのかと見当違いな心配までしていた。
さすがに伊崎はそういう意味ではないだろうと気付いていたが、今は訂正しない方がいいかもしれない。
「それで、イブはもちろん組で皆と一緒に過ごすんですね?」
「ああ。でも、その後は2人きりだぞ」
「もちろんです」
即座に答えると、楓は嬉しそうに伊崎に擦り寄ってきた。
「プレゼントも、兄さんに付き合ってもらってちゃんと買ったし」
「組長と出掛けられたのって、そのためだったんですか?」
ようやく、雅行の挙動不審な言動の意味が分かり、伊崎ははあと溜め息をついた。大切な弟が自分の目の前で恋人のプレゼ
ントを買う。そのことに雅行はショックを受けたのだろう。
(申し訳ないが、やはり嬉しいものだな)
なんだか本当に自分が特別なんだなと思っていると、楓はそれにと言葉を付け加えた。
「兄さん、組長だからって地味な格好が多いだろ?たまには華やかなものもつけて欲しくて、兄さんの為にもちゃんとプレゼントを
買ったんだ。もちろん、内緒だけど」
「組長にも・・・・・、ですか」
「喜んでくれるといいなあ」
「・・・・・」
楓がそんなふうに自分のことを考えていたと知って雅行が喜ばないはずがない。
恋人だという自分の立場はもちろん特別だと分かってはいるものの、伊崎は楓の気持ちを十二分に占めている雅行の存在に少
しだけ妬いてしまい、明日はわざと楓とイチャ付いてやろうと心の中で決意した。
end
このカップルの第三者視点は雅行お兄ちゃん。
イブには伊崎VS雅行の攻防が見られそうです(笑)。