クリスマス前の恋人同士の一コマです。
綾辻&倉橋の場合
開成会の幹部補佐である久保は、面倒を見ている店からのSOSに夕方から出掛けていた。
開成会は基本的にシマの中の店から用心棒代など取ってはいないが、もめごとがあった時や困ったことがあると訴えられた時は
出来るだけ顔を出すようにしている。
それは、前開成会会長、菱沼の方針でもあった。
今回は他の組の若い人間が問題を起こしたが何とか話が大きくならないように始末をつけ、久保が事務所に戻ったのはそろそ
ろ午後9時になろうとした頃だった。
(もう誰もいないだろうな)
そんなことを思いながらドアを開けると、今日の当番の組員が数人、久保の顔を見て立ち上がると頭を下げてきた。
「お疲れ様ですっ!」
「お疲れ様ですっ」
「ああ、お疲れ」
「あの、久保幹部補佐」
そのまま自分のデスクに向かい、留守の間の連絡を確認していた久保は、1人の組員に声を掛けられて顔を上げる。
何か問題が起こっていたのだろうかと少々表情を険しくしたが、その組員が言ったのは思い掛けない言葉だった。
「倉橋幹部が呼ばれています」
「え?」
「久保幹部補佐が戻られたら部屋に来るようにと」
(倉橋幹部、まだ残っているのか?)
ドアをノックし、久保は失礼しますと断ってから開いた。
「御苦労だった」
デスクに座って何事かペンを走らせていた倉橋は直ぐに顔を上げてそう言ってくれると、そのまま立ち上がってこちらに向かって歩
いてくる。
「疲れている時に悪いな」
「いえ、何か問題が起きたんでしょうか?」
もともと、幹部補佐と言っても綾辻に付くことが多い久保はあまり倉橋と係わったことは無い。
しかし、それは仕事上の関係だけで、その他の面では結構・・・・・いや、かなり深い部分まで彼のことを知っていた。
整った容貌で、普段ほとんど感情の起伏を見せない彼が、唯一感情をむき出しにする相手と自分が強い係わりを持っている
せいなのかもしれない。
「いや、問題と言うか・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・倉橋幹部?」
倉橋はなかなか口を開かなかった。どう要点をまとめようかと考えているというより、ここまで来てまだ話そうか話さないでおこうか、
迷っている節がある。
こういう時は急かすことなく待った方がいいと思った久保は黙って控えていたが、やがてそんな自分の気遣いを分かってくれたらし
い倉橋がすまないと言った。
「・・・・・あの男をどうにかしてもらえないか」
「あの男?」
翌日、久保が一件所用を済ませてから事務所に向かうと、そこには何時も当然のように遅刻してくるはずの相手が珍しく来て
いた。
(・・・・・鋭い)
まさか昨日のことに感づいて行動したわけではないだろうなとさえ思ってしまったが、考えるとちょうどいい。
「おはようございます、綾辻幹部」
「おはよー」
「少し、いいですか?」
「なあに?くーちゃんがそう言うと怖いんだけど」
言葉ではそう言うくせに、綾辻は笑いながら即座に立ち上がった。
ここでは他の組員の目があるなと思っていると、綾辻が私の部屋でいいわよねと言ってくる。もちろんその方が都合がいいので、
久保は促されるがまま上の階の綾辻の部屋へと足を踏み入れた。
「いったい何の話?私、最近ちゃんとお仕事してるわよ?」
「ええ、最近は真面目にしてくれていますね」
「じゃあ、文句じゃないんだ?」
「私はそんなに口煩いですか」
「お母さんみたいにね」
笑いながら言う綾辻はきっと悪気ではないのだろうが、それでもこんな厳つい自分をお母さんと言う時点で少々おかしい。
(・・・・・やっぱり、知ってるのか)
どのルートでばれたのかは分からないが、綾辻は夕べ自分が倉橋と話したことを知っているらしい。ただ、話の内容までは分から
なくて、それを自分の口から話せと暗に言っているのだ。
「・・・・・クリスマスのご予定を話すのは構いませんが、仕事中、セクハラまがいにするのは止めてもらえますか」
「・・・・・ふふ、な〜んだ、そのことだったのね」
綾辻は直ぐに意味が分かったらしく、楽しげに口元を緩めた。
(本当に人が悪い)
「お前に言うことではないと思うが・・・・・綾辻さん、あの人をどうにかしてもらえないか。事あるごとにその、私に・・・・・セクハラを
し掛けてくるんだ」
組の中で、会長以外にこの2人の幹部の本当の関係を知っているのはごく一握りだ。
その中でも特に綾辻と親しい自分に助けを求めたのだろうが、潔癖で真面目な倉橋にとってはそれを言うだけでも凄い勇気が必
要だっただろうと思う。
(いくらクリスマスが楽しみだからと言って、ホテル選びだとか何とか、きっともっと際どいことを言っているんだろうな)
「いいですか、あまり不真面目だと、あなただけ年内休みは与えないそうですよ。それが嫌なら大人しく、せめて倉橋幹部が怒ら
ない程度のことで我慢して下さい」
「は〜い」
「・・・・・」
(きっと、嬉々としてからかうんだろうが)
自分の注意はもしかしたら火に油を注ぐ結果になるかもしれないが、それでも自分に頭を下げてくれた倉橋のためには一言どう
しても言っておきたかった。
(あんなことを言ってもよかったんだろうか・・・・・)
綾辻に近く、信用に足る男だと思ったからこそ、何とか自分の窮状を説明した。本当ならとても恥ずかしくて言えないことだが、
相当参っていたのだ。
「克己、クリスマスは綺麗なホテルで朝までセックスしましょうね?私の欲求不満をたーっぷり解消してもらうわよ」
言葉だけではない。どういうプレイをするか、どういう道具を使うかなど、こと細かに言っては倉橋の反応を楽しんでいるのだ。
反応し過ぎる自分が悪いのかもしれないし、きっともっと大人の対応をすればいいのだろうが、どうしても反応に詰まって固まって
しまう。
そのせいで仕事が滞り、今は海藤に迷惑を掛けてはいないもののクリスマスが近くなるほど酷くなりそうなので、自分達の関係
をほぼ正確に把握している久保に助けを求めてしまった。
「・・・・・」
(明日はもう、クリスマスイブか)
久保が何か言ってくれたのか、ここ数日の綾辻は大人しい。
このまま何とか何事も無くクリスマスが過ぎ去ってくれたら。仮にも付き合っている相手がいるのにそんなことを思うのはおかしいか
もしれないが、倉橋はそう願わずにはいられなかった。
本当に、見掛けからはまったく分からないほど倉橋は可愛い。
綾辻はカレンダーを見上げるとにんまりと口角を上げた。
ここ数日、自分はずっと大人しくしていた。それは久保に注意されたからでは無い。いや、注意されたからこそ、後々の効果を
考えてわざと大人しくしていた。
何時もはなかなか恋人同士という雰囲気になってくれない倉橋を何とか意識させようと、もう12月半ばからそれとなくこのイベ
ントに触れてきた。
どんなホテルに泊まりたいか。
どんなことをして倉橋を喜ばせたいか。
白い頬が羞恥に赤く染まるのがとても綺麗で、わざとセックス関係の話をしていたが、どうやら耐えきれなくなった倉橋が久保に
助けを求めた。
自分ではなく久保に言うところが、彼もだいぶ他人を信用するようになった証のように思えてしょうがない。
本来が隠すべき性癖。だが、久保ならば他言しないと、倉橋は信じたのだ。そういう対象が増えるのはいいことだが、やはり少し
面白くない思いはある。
(まあ、私はもっと特別だけど)
その自信が無ければ、こんな風に笑えない。
「さてと」
綾辻は気合を入れ直して目の前のドアをノックした。
「・・・・・入室の許可はまだ出していませんでしたが」
「あら、そうだった?」
「・・・・・」
「ごめんなさい。私の耳にはOKだって聞こえちゃった」
堂々と言い切ると、倉橋は何も言わずに再び書面に視線を落とした。
(無視するなら、ちゃんとペンを動かしておかないと)
じっと固まったように動かない倉橋の背中に回った綾辻がその肩に手を置くと、大袈裟に身体は揺れた。
「ねえ、克己」
「・・・・・」
「明日はイブね」
「・・・・・」
「何をするか、覚えてる?」
「今は、仕事中です」
綾辻の言葉を遮るようにして言った倉橋の声は極力平坦な響きを保っていたが、語尾がどうしても上ずっている。
(ちゃあんと、覚えてるのねえ)
自分が今まで何を言ってきたのか、倉橋はちゃんと分かっている。今までは何とかそれを忘れようとしていたのだろうが、今の自分
の言葉で思い出し、きっと頭の中でグルグル考えているはずだ。
(この顔を見るだけでも十分なんだけど)
甘い身体を知っている自分は、それだけでは足りない。
「後、何時間かしら」
「・・・・・あ、の」
「ふふ」
艶やかな後ろ髪をそっと手に取ると、白いうなじが現れた。ここにしばらく消えないような強いキスマークを付けて・・・・・。
(その体中、冬桜を咲かせてやろうか)
「ねえ、克己」
この身体を自由に出来るその時間まで、綾辻は大人しく待っていられるのか自信が無かった。
end
このカップルの第三者視点は綾辻幹部の補佐、久保さん。
ちょっと色っぽい感じで。