クリスマス前の恋人同士の一コマです。














海藤&真琴の場合






 「も〜、本当に真咲兄には驚かされた。俺、電話を貰った時泣きそうになったもん」
 「しかたないよ、兄さん達もマコに会いたかったんだし。最近はあんまり顔を見せてくれないし、じいちゃんだって喜んでたろ?」
 「・・・・・うん、それは、ごめん」
 ほんわかした真琴の容貌が途端に暗く沈んでしまう。
真哉は真琴のそんな表情は見たくなくて、冷たくなってしまった自分よりも小さな手をギュッと握り締めながら、俺だって嬉しかった
と告げた。
 「こうしてマコの誕生日を家族で祝えて、皆マコの元気な顔を見て安心したと思うよ」

 東京近郊に住む西原家の三男、真琴は、大学進学のため東京に上京してそこで恋人を作った。
相手は同性で、地位もある男で、家族は複雑な思いをしながらもその関係を認めたが、ことあるごとに家に帰ってきた真琴は最
近なかなか姿を見せてくれなくなった。
 来年は真琴も大学を卒業する年だ。
せめて学生の間にゆっくりと真琴の誕生日を祝いたいと長男次男が結託し、真琴に嘘のメールを送った。

 『じいちゃんが大怪我した、直ぐ帰れ』

真琴は直ぐにやってきたが、祖父の怪我は足の親指のつき指で、顔面蒼白だった真琴はポロポロと涙を流して座り込んでしまっ
た。
 真琴を家まで送ってくれた恋人の男は後で迎えに来ると言っていったん帰って行ったが、文句を言いつつも家族と誕生日を過
ごした真琴は少し夜が更けた頃帰りたいと言い出した。
 家族よりも恋人を取るのかと上の兄達は言い、真琴も困ったような顔をしていたが、真哉はそんな真琴の気持ちが分かるよう
な気がした。今回の話はイレギュラーなもので、本当だったら誕生日には帰ってこいと告げていたら、真琴もきっと喜んで帰ってき
てくれたはずだ。
 なまじ家族の怪我を理由に引き出してしまい、恋人もまきこんで相当混乱した真琴は、ちゃんとあの男に謝罪をしたいのかもし
れない。
 父が兄達を説得し、真琴が恋人に連絡をして、さっきもう10分ほどで着くと連絡があった。
寒いので中で待っていればいいのに表に出てしまった真琴に付き合い、真哉もこうして立っている。
 「・・・・・」
 「何?」
 ふと視線を感じて隣を見下ろした。
 「真ちゃん、背高くなったね」
 「多分、マコより5センチは高いかな」
 「・・・・・生意気」
 「なに、それ」
兄達が身長が高いので自分もそうなるだろうと予想はしていたが、1人置いていかれた真琴は口を尖らせている。
 「いつの間にか眼鏡も掛けちゃって・・・・・変わり過ぎだよ」
 「俺だって中3になったんだ。何時までも子供っぽいわけにはいかないだろ?」
 「・・・・・そうだけど」
 「・・・・・」
(それに、変わってないところだってあるよ)
 15歳にもなって、こうして兄と手を繋いでいることが嬉しいなんて、学校の友人が見たら普段クールなお前がときっと驚愕され
るだろう。




 「こんばんは」
 「こんばんは」
 それからきっかり10分後、家の前にセダンの車が止まった。
国産車の、グレードの高い車。だが、目の前の男にはこれくらいの車が似合うだろうと素直に思えた。
 「さっきはあまり話も出来なかったが・・・・・来年受験だな。どうだ?」
 「取りあえず、出来ることはしていますから。後は結果はついてくると思います」
 学校の教師からは推薦の話も貰ったが、真哉はきちんと自分の実力を試したくて普通受験を希望した。
行く学校は真琴が通った高校だ。
 「俺と同じ高校だよね?」
 「うん」
 「真ちゃん頭いいんだから、もっとランクが上の学校受けたらいいのに」
 「・・・・・あの学校がいいんだよ」
 確かに、教師や友人達は真哉の受ける高校の名を聞いてもっと上を狙うようにと熱心に勧めてくれたが、真哉は真琴が在学
中に何時も楽しそうに学校のことを話す姿を忘れてはおらず、自分も真琴と同じ高校で充実した高校生活を送りたいと思った。
 「合格祝いは何がいい?」
 少しだけ表情を和らげて言った海藤に気付き、真哉は即座に答える。
 「マコをもう少し頻繁に里帰りさせてください」
 「し、真ちゃんっ」
 「・・・・・そうだな」
真琴は思い掛けない言葉に焦ったようだが、海藤は少し考えるようにして頷く。
 「約束してくれますか?」
 「ああ」
頷いてくれる海藤はきっとその約束を守ってくれるだろう。
2人の邪魔をするつもりはもはやないものの、大好きな真琴を少しでも自分達のもとに取り戻したい・・・・・そんな自分の子供っ
ぽい欲求を即座に飲んでくれた海藤に、ぺこりと頭を下げてありがとうございますと告げた。
 「じゃあ、マコ、俺見送らないからな」
 「あ・・・・・うん」
 「またね」
 「じゅ、受験頑張って!」
 「うん」
 真琴が去って行く姿を見送るのは寂しくて、真哉は軽く手を振ると家の中に駆け込んでいった。
(マコ、早く車に乗らないと寒いぞ)








 一度も振り向くことなく家の中に入って行った真哉の後ろ姿を見送った真琴は、何だか急に自分の隣が寒くなったように感じて
しまった。
 皆の見送りを断ったのは自分だし、真哉の方が強引に一緒に海藤を待ってくれていたのだが、こうしていなくなってしまうと自分
がその存在に凄く頼っていたのが分かった。

 「ごめん、マコ。でも、兄さん達の気持ちも分かってやってよ」

 メールでの嘘が分かり、兄2人がガバッと土下座して謝っている横で、その兄達よりも大人びた表情でそういう真哉が、驚くほど
成長していることに気付いた。
 そして、その成長を側で見ることが出来なかったことを残念に思っている自分もいて・・・・・。
(怪我っていう嘘はもう嫌だけど、ちゃんと帰ってこなくちゃな)
 「真琴」
 「・・・・・っ」
不意に、肩を抱き寄せられた。慌てて顔を上げた真琴は、自分を見下ろす海藤を見上げる。
 「遅くに呼んで、ごめんなさい」
 「いや、間に合って良かった」
 「え?」
 「お前の誕生日に」
 誕生日を家族で過ごしたいという真琴の兄達の思いを思って引いてくれた海藤だが、本当は自分も誕生日を祝いたかったと
いう気持ちが、その短い言葉の中にもよく分かった。
 「俺も、嬉しいです」
 家族と祝えるのはもちろん嬉しいが、大好きな人と一緒に一つ歳を取ることも嬉しい。
一番欲張りなのは自分だなと思いながら、真琴は自分からも海藤に抱きついた。




 普通の温かな家庭で育った真琴が、家族を大切にしているのは知っている。
そして、その家族も真琴のことを大事に思っていてくれて・・・・・だからこそ、今回は少し反則的な行動に出てしまったのだろう。
 それが分かっても、海藤は真琴の兄達を責めることは出来なかった。そうでなくても毎日、自分がどれほど真琴の時間を奪って
いるのかを考えたら、年に数回、実家に戻してやるのは年長者としての務めだったかもしれない。
 「・・・・・冷たい」
 「ん?」
 「ヒーター、入れてなかったんですか?」
 抱きついた格好のまま顔だけを上げて言う真琴に、海藤はいいやと告げる。
 「入れていたぞ」
 「でも、身体が冷たいですよ?」
 「そうか?」
本当は真琴を送り届けてから東京には戻らなかった海藤は、車の中で携帯電話やパソコンを使って仕事をしていた。
何かあれは直ぐに駆けつけられるように・・・・・そんな希望を心のどこかに抱いていたせいかもしれないが、その間は窓を開けて煙
草を吸ったりもした。
 真琴から電話があり、真琴が気遣わないように道中の時間を計算してから迎えに来たが、その間、もしかしたらヒーターを入れ
ていなかったかもしれない。
(あまり意識していなかったが・・・・・)
 「お前の身体が温かいからいいんじゃないか?」
 「子供体温って言いたいんですか?」
その真琴の言葉に海藤は笑った。
 「さあ、どうだろうな」
 「海藤さんっ」
 「・・・・・真琴」
 「・・・・・」
 「帰ってもいいのか?」
 滞在時間は約6時間。まだ実家にいたいのではないだろうか。
 「・・・・・帰ります」
しかし、真琴はそう言ってくれた。
 「・・・・・そうか」
 その言葉に海藤も頷き、真琴を促して車に乗ろうとしたが、ガチャっという音と共に真哉によって閉められた玄関ドアが再び開い
た。

 出てきたのは、半纏を羽織った真哉だった。その手には、2つの半纏を抱えている。
 「真ちゃん?」
いったいどうしたのだと振り返った真琴を一度見た後、真哉は海藤へと視線を向けて言った。
 「兄達、反省しているんです」
 「・・・・・」
 「海藤さんにも悪いことをしたって」
 それは、真琴を連れて来た時にも言われた。
何度も謝ってもらわなくてもいいと言おうとすると、真哉は抱えている半纏を差し出しながら言葉を続けた。
 「これ、母さんが新しく作ったマコと海藤さんのです。送ろうと思っていたみたいだけど・・・・・良かったら、このままうちに泊まって、
明日一緒にクリスマスを祝いませんか?」
 「え・・・・・?」
 「もう車が出ていたら仕方ないって思ってたけど、2人ともまだいたし」
皆にせっつかれてきたんですと真哉は苦笑していた。
 「父さんも、家族は一緒に祝うものだって言っています。じいちゃんなんか、もう酒を用意していますよ。俺、2人を連れて行かな
いと叱られるんで」
 海藤は珍しく言葉に詰まった。まさか、このまま自分まで誘われるとは思わなかったからだ。
 「そ、そうしましょうよ!海藤さん、泊まっていってください!」
海藤と一緒に驚いていたはずの真琴は直ぐに我に帰り、嬉しそうに海藤の手を引っ張って玄関に入って行こうとする。
 「待って、マコ。海藤さん、駐車場は何時ものとこですから。ここに止めていたら駐禁取られちゃいます」
 「・・・・・いいのか?」
 「兄さん達の愚痴に付き合ってくださいね」
 大人びた表情で笑う真哉にようやく笑みを返した海藤は、車を駐車場に止めるために再び運転席に乗り込む。
思い掛けない誘いは海藤にとってはまるでクリスマスプレゼントを貰ったかのようだ。
 「・・・・・家族は一緒に、か」
温かな西原家の一員にごく自然に招き入れてもらえる。そんな幸運を引き寄せてくれた真琴をさらに愛しく思いながら海藤はアク
セルを踏んだ。





                                                                     end






このカップルの第三者視点はマコちゃんの弟真哉君。もう中三なんだ(汗)。
今夜からクリスマスの前夜祭ですね。