クリスマス前の恋人同士の一コマです。














隆之&初音の場合






 クリスマスイブイブ。
【GAZEL】のリーダーでキーボードの真中裕人(まなか ひろと)はフッと口元を綻ばせた。
今年はクリスマスのライブはなく、比較的ゆったりとした時間を取れるのだが、今年はどうやらライブの楽しみとは違った種類の楽し
みがあるのが分かるからだ。
 その楽しみを作り出してくれる要因の一つが、今目の前で唸っている。
もう30分近くその姿を黙って見ていたが、いい加減話を進めようと裕人はようやく声を掛けた。
 「タカ」
 「・・・・・」
 「さっきから唸ってるけど、一体何があったわけ?」
 原因など簡単に思い付くが、それを相手から聞かなければ面白くない。
バンドのボーカルとして一番前面に出ているものの、素の彼・・・・・広瀬隆之(ひろせ たかゆき)はとても無口で、目立たないよ
うにしているのが常だった。
 そんな彼にようやく訪れた春を何とか応援してやろうと、多少面白がってはいるものの十分考えている裕人は隆之をじっと見つ
める。
 隆之はそんな裕人をチラッと見てから、ほうっと大きな溜め息をついた。
 「明日、イブだよね」
 「うん。今日は23日だし」
 「・・・・・」
 「それで?」
促してやらなければなかなか口を開かない隆之を面倒だなどとは思わない。そんな隆之の性格も込め、裕人は気に入っていた。
 「・・・・・出版社って、土日もないだろうな」
 「ああ、初音ちゃん?」
 隆之の視線が揺らいだ。
(本当に、初恋に戸惑っている中学生って感じ)
今ほどの恋情ではないにせよ、隆之も幾つか経験は積んできたはずだ。その上でこんなにも初々しい反応を返されてしまうと、こ
ちらも何だか恋を知った頃に戻るような気分になった。
 雑誌記者の桜井初音(さくらい はつね)の顔を思い浮かべ、それも仕方が無いなと思ってしまう。こんな奥手同士、誰かが仕
切ってやらなければ一歩も前に進まないだろう。
 「いくら彼でも、夜はさすがに仕事はしてないでしょ」
 「そう、かな」
 「誘ってみれば?」
 「・・・・・なんて言って?」
 「それこそ、何でも。食事に行こうって言ってもいいんじゃない?」
 デートだと言わなければ初音も身構えないと思うよと言っても、隆之は口元を引き結んで答えない。どうやら、その提案は隆之
には納得いかないものらしい。
 「タカ?」
 「俺は、デートのつもりだし」
 「ああ・・・・・ごめん」
 あくまでも、恋愛感情を前提にして会いたいという隆之の気持ちも分かる。
裕人はもう少し親身に話を聞こうと身を乗り出した。




 「こんにちは」
 「こんにちは、急に呼び出して悪かったね」
 「いいえ、写真のチェック、期限よりも随分早くしてもらって助かりました」
 夕方、裕人は初音を事務所に呼び出した。
表向きはライブの写真のチェックが終わったからということにしたが、もちろん本命の目的は別にある。
 裕人は大事そうに写真のネガが入った封筒を鞄に入れる初音を見てから、ねえと声を掛けた。
 「明日は仕事?」
 「はい」
裕人の思惑など全く知らない初音は素直に頷く。
 「何時まで?」
 「一応、定時だから5時の予定ですけど・・・・・あの、何か?」
 急用があるのかと訊ねてきた初音に、裕人はん〜っと考える・・・・・ふりを、した。一言、明日隆之と過ごす気はないかと訊ねた
ら早いのだが、面と向かってそう言ってしまうと初音が拒絶する可能性がある。
記者と、芸能人。所詮は同じ人間だと思うが、初音はまだ割り切ってはいないだろう。
(そんな控えめな所もイイけど)
 「初音ちゃん」
 「は、はい」
 「聖なる夜って、誰と過ごすのが一番楽しいと思う?」
 「え?」
 「答えてみて」
 「・・・・・えっと・・・・・」
生真面目な初音はその問いに何か意味があるのだと思ったらしく、真剣な顔をして考え込んでからようやく顔を上げた。
 「大切な人、とか」
 「それって、初音ちゃんにとっては家族かな?」
 「今のところは・・・・・でも、家族だけじゃなくって、友達とかも、大事なっていう範囲に入ります」
 模範的な答えだが、聞きたいのはそこではない。
 「恋人も入るの?」
 「こ、恋人って、今、あのっ、いないしっ」
途端にしどろもどろになる初音の顔は見る間に赤く染まっていった。一体誰のことを想像しているのかは分からないが、特定の誰
かを思い浮かべているのは確かだと思う。
そして、それはきっと、裕人の知っている人物でもあるだろう。
 「そうだね。大事な相手と過ごすのが一番正しいと僕も思うよ。初音ちゃんの中でそれが誰なのか、今日なんかは色々考えて
みてもいいんじゃない?明日はイブなんだし」
 「あ・・・・・」
 その言葉で、初音はようやく明日が一般的に何と呼ばれる日なのか気がついたらしい。
ずっと自分達のライブに付いてきていて、必死に記事を書いていた初音には季節の行事というのが頭の中になかったようだが、何
とか意識をしてもらえるようにはなったはずだ。
 「いいクリスマスを、ね、初音ちゃん」








 裕人に後押しをしてもらったからというわけではなかったが、それでも隆之はここ数日踏ん切りがつかなかった背中を押してもらっ
たような気がした。
断られることを恐れてじっと何も行動しなかったら時間は過ぎるばかりだ。

 「初音ちゃん、来てるよ」

 ついさっき、裕人からあった内線で、事務所にまだ初音がいることを知った隆之は、思い切って会議室を出るとエレベーターに乗
り込んだ。
実際、まだなんと言って誘おうかは決めていなかったが、会いたいという気持ちはぶつけたいと思う。
初音は戸惑うかもしれないが、きっと何かしらの答えを出してくれるはずだ。
 「・・・・・」
(まだ帰っていなかったらいいんだけど・・・・・)
 今、裕人のいる部屋から出たとしたら・・・・・。
 「あ」
 「あっ」
1階のボタンを押していたが、エレベーターは2階に止まり、ドアが開いた。そして、そこには捜す相手、初音が立っていた。
 「・・・・・」
捜していた相手だが、突然目の前に現われるとどう反応していいのか分からない。
じっと固まっていると、初音が乗り込まないままドアが閉まろうとした。
 「「あっ」」
 聞こえた声は自分だけではなかった。
とっさにドアを手で押さえた隆之とは別に、初音の手はボタンに伸ばされていた。
 「・・・・・乗る?」
 「は、はい」
自分でもマヌケだとは思ったが、隆之はそう言って初音が乗り込むのを待つ。
1階にはあっという間に着いてしまうのに、その間に明日の約束を取り付けることができるだろうか。
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 ドアが閉まり、2人だけの空間になる。
隆之はボタンの前に俯き加減に立っている初音に声を掛けた。




 「・・・・・明日は、仕事?」
 隆之と2人きりの空間に緊張していた初音は、とっさに答えを返すことが出来なかった。
 「それとも、休み?」
しかし、続いて掛けられた声にようやく我に返り、慌てていいえと首を振る。
 「し、仕事です、けど」
 「でも、夜は空いてるよね?」
 確認というよりも断定する言い方だったが、初音は一瞬間をあけた後頷いた。
緊張している自分が馬鹿みたいだと思っても、隆之の視線を感じる背中がじわじわと熱くなって行く様な気がする。
 その間も、訊ねてきたのに隆之はなかなか次の言葉を言わなかった。そうこうしている間にエレベーターが1階に着き、ドアは無
情にも開いてしまった。
(ど、どうしよう・・・・・)
 ここは普通の事務所ビルで、目の前のロビーにも何人かの人影がある。2人だけの空間ではないと何度も自分で言い聞かせ
た初音は、何とか一歩足を踏み出そうとした。
 「あっ」
 その瞬間、再びドアが閉まり、エレベーターが上昇し始める。
引きとめられた腕に目をやった後、初音は隆之の顔を見つめた。
 「明日、会って欲しいんだけど」
 「え・・・・・?」
 「・・・・・」
 「・・・・・え?」
 あまりに驚き過ぎると、人は反応が鈍くなるらしい。
初音はまじまじと隆之を見つめるが、彼は言葉を言い換えることもなく、初音の答えを待つように真っ直ぐな眼差しを向けている。
(明日、って、イブ、だよね?)
 裕人との会話で、改めて明日が何日かを知った初音は、その時の会話も含めてブワッと頭の中が真っ白になってしまった。

 「そうだね。大事な相手と過ごすのが一番正しいと僕も思うよ。初音ちゃんの中でそれが誰なのか、今日なんかは色々考えて
みてもいいんじゃない?明日はイブなんだし」

(そ、それがタカって言われたわけじゃないのにっ)
 「初音」
 早く答えを出してくれというように、隆之は名前を呼んでくる。駄目ですということは簡単で、頷くことはとても難しい。
それでも、逃げるなと隆之の目が言っているような気がして・・・・・初音はコクンと唾を飲み込んだ。
 「初音」
 明日、自分は誰とイブを過ごすのだろうか。
初音は自分の言葉をじっと待ってくれている隆之の視線を何とか見返しながら、今の自分の気持ちを正直に伝えなければと一
度大きく呼吸をして・・・・・ギュッと鞄を持つ手に力を込めた。





                                                                     end






このカップルの第三者視点は裕人。
今回はおとなしめかな。