クリスマス前の恋人同士の一コマです。
西園寺&響の場合
『SKファンド』の専務、小篠幸洋(こしの ゆきひろ)は、緊張した面持ちで自分を見つめる青年の姿に目を細めた。
初めて会ったのは青年が中学生の時だ。その頃は可愛らしいという印象だったが、今目の前にいる彼は外見も中身も随分大人
になり、その成長を間近で見てきた1人として、嬉しくも少し寂しい思いになっていた。
「そんなに考えなくてもいいんじゃない?」
「でも」
「ん〜」
「何か思い浮かびませんか?」
目の前の青年のためにも何かいい案を出してやりたかったが、今日はもう12月23日だ。明日に迫ったその日を前にあまりにも
時間がなくて、小篠はどうするかなあと腕を組んで空を見上げた。
小篠の会社は、大学時代悪友と共に立ち上げたものだった。
思いの外大きくなってしまったが、いまだ面白いという気持ちは消えないのでそのまま役員におさまっている。
社長を務める西園寺久佳(さいおんじ ひさよし)は圧倒的なカリスマ性と決断力、そして非情なまでの能力主義者でここまで
会社を引っ張ってきたが、そんな西園寺にも唯一無二の弱点があった。
それが、数年前引き取った高階響(たかしな ひびき)だ。
両親を亡くした彼を引き取ったのには様々な事情があったが、最初から西園寺は響に優しく、響も整った容姿ながら冷たいと評
判の西園寺に懐いた。
紆余曲折があって恋人同士になり、高校を卒業した響が就職して、遠距離恋愛になって・・・・・今回は、そんな2人が再び一
緒に迎えることが出来る最初のクリスマスがもう目の前に来ていた。
「あいつは、君から貰えるのなら飴玉一個でも喜ぶだろうけど」
その言葉は響にもピンと来たらしい。苦笑すると、そうですねと言葉を続ける。
「久佳さん、僕にとても甘いから」
「はは、まあ、そういう言い方もあるか」
「でも、僕も働いているんだし、去年のクリスマスはプレゼントを選ぶ間もなかったし・・・・・」
その日のことは小篠もよく覚えていた。
大事な取引先との会合を小篠に押し付けた西園寺はさっさと響に会いに大阪まで行ったのだ。突然のことで響もプレゼントなど
買う時間もなかっただろうし、買い物に行く暇があったら西園寺がずっと離さなかっただろう。
今年はいわば響のリベンジの年なのだろうが、こんな風にただ話をしているだけでも自分に対して嫉妬する男に内緒で行動す
ることなんてとても無理な話だ。
(まあ、だからこんなに切羽詰まった日にちになったんだろうけど)
「小篠さん」
「あいつの欲しいものっていうのは直ぐには思い浮かばないけど、男が喜ぶものって意外と単純だと思うんだよなあ」
「・・・・・?」
首を傾げる響は、まだまだ男というよりは子供のようだ。
そんな彼に、小篠は大人の男としてアドバイスをしてみた。
男にじっと見られる趣味はない。
それが、響のような可愛い青年だったらまだしも、自分と同じ背格好の、いわば図体がデカイ男に見つめられても鳥肌が立つだけ
だ。
「・・・・・」
「・・・・・」
(どこでバレたんだろうな)
男・・・・・西園寺が気づくようなへまはしていないはずだった。
響が会社に来たのはたった一時間ほど前だが、その時西園寺は社長室で缶詰めになっていた。
受付や秘書の人間にも一応口止めをしていたのにと思っていると、痺れを切らしたのか西園寺がおいと声を掛けてきた。
「小篠、響と何を話していた?」
「響?」
「シラをきるな。夏目(なつめ)が教えてくれたぞ」
「夏目が?」
「お前が響にちょっかいを出しているってな」
「おいおい、そんな話をまともに取ったんじゃないだろうな?」
もう1人の同級生、顧問弁護士の夏目忍(なつめ しのぶ)も、響を可愛がっている1人だ。同じ思いを抱いているはずなのに、
どうして西園寺にそんなことを言ってからかうのかまったく分からない。
だが、どうやら響が来たことは誤魔化しようが無くなってしまったので、小篠は溜め息をついて口を開いた。
「別に、浮気をしていたわけじゃない」
「当たり前だ、響が俺以外を見るはずはない」
「あー、はいはい」
(自信過剰も悪いことじゃないがな)
響のことに関して、西園寺は己が知らないことが少しでもあることが気に食わないのだろう。相当な独占欲で、時々響が可哀想
にも思ってしまうが、そんな西園寺を響が受け入れているのだから仕方がない。
「悩んでいるんだそうだ」
「・・・・・悩み?」
端正な眉を顰め、西園寺が即座に聞き返してきた。
「何だそれは」
「そもそも、お前が悪いんだぞ」
いくら相手のことが好きでも、選択肢を狭めるようなことを言うのは考えものだ。
小篠もこの機会に堂々と意見を言ってやろうと思った。
響と共に暮らす家に向かう車内で、西園寺はともすれば綻んでしまう顔を平静に保つのが大変だった。
(響が俺のことを考えて・・・・・)
最愛の恋人が自分のことを思ってクリスマスプレゼントを悩んでいるという話を聞いて、嬉しくない男などいるはずがない。
その場にいたら響を押し倒してしまっていたかもしれないほど、西園寺は心中で感情が暴走していた。
響と暮らし始めて何度もこのイベントを迎えたが、社会人になって響の意識も変わったらしい。与えられるばかりではなく、自らも
何かしたいという気持ちが高まってくれたということだけでも、西園寺は愛されている幸せを感じた。
「お帰りなさい」
「ただいま」
先に帰っていた響が、何時ものように笑顔で出迎えてくれる。
それに返答を返した西園寺は、じっと自分よりも低い位置にいる響を見下ろした。
「響」
「え?」
「俺に何か言いたいことはないか?」
そう言った瞬間、響の大きな目が更に見開かれたのが分かる。
小篠が言ったのか、それとも全然別の用件なのか、確認したいのに出来無いといった様子が見て取れ、西園寺は更なる愛おし
さを感じた。
自分のことを想い、サプライズを計画したいという気持ちがとても嬉しい。
(だが、出来れば俺に聞いて欲しかったがな)
他の男などに相談しなくても、響が聞いてくれたらきちんと答えるつもりだ。多分に偏った答えになるかもしれないが、それも響を愛
すればこそだ。
「・・・・・あ、あの・・・・・」
「・・・・・」
響の視線が揺れた。
「あの・・・・・」
「響」
どうか、隠し事はしないで欲しい。
そう思っていると、響はごめんなさいと頭を下げてきた。
小篠が西園寺に自分との会話を言ったのかどうか。訊ねてみて、もしかして違っていたら墓穴を掘ってしまう。
(ど、どうしよう・・・・・)
せっかく、小篠に男が喜ぶプレゼントというものを聞いたのだ。
家に帰って来るまでの間、恥ずかしくてなかなか決心がつかないまま家に帰って来たので、まだ買い物には行っていない。
23日なので、まだプレゼントを買っていなくてもおかしくはないのだろうが、それでも今実物をここに持っていないのが何だかとても
悪いことのように感じてしまい、
「響」
再び名前を呼ばれた時、ごめんなさいと反射的に謝ってしまった。
「どうして謝ることがあるんだ?」
「・・・・・僕、その・・・・・」
「・・・・・」
「その、まだ・・・・・クリスマスプレゼント、買って無くって」
そのことについて小篠に相談に乗って貰ったのだと言って恐る恐る西園寺の顔を見たが、彼はそれがなにかも分からないというの
にとても嬉しそうに笑っている。
「馬鹿だな」
「あっ」
そして、長い腕の中に抱きこまれた。
温かで優しい腕に抱かれるのは何時も嬉しいのに、今ばかりは少し戸惑ってしまう。響は小さな声でどうしてと呟いたが、戻ってき
た西園寺の返事はとても分かりやすいものだった。
「響がくれるプレゼントなら何でも嬉しいのに」
「・・・・・そう言うと思った。久佳さん、すごく優しいから・・・・・」
響が小さい頃の面影が残っているのか、親代わりで自分を育ててくれた西園寺は、いまだ保護者という思いが強いのかもしれ
ない。
しかし、響は一人前の大人として見てもらいたかった。対等な恋人なら、好きな相手の喜ぶ顔を見たいと思うのはごく普通の欲
求だと思う。
「響」
「本当は、久佳さんにびっくりしてもらいたかったんだ」
訴えかけるように腕の中で顔を上げて言うと、西園寺はその言葉が意外だったのか少し目を見張っていた。
失敗したかもしれないと思った響だが、直ぐに馬鹿だなという言葉が耳を擽る。
「お前こそ、分かっていない。俺が今どんなに嬉しいと思っているのか・・・・・」
「久佳、さん?」
「いったい、どんなプレゼントを考えてくれたんだ?」
「ま、まだ、秘密。23日だし」
西園寺は本当に響がどんなものをプレゼントにしようとしているのかを知らないのだろうか、妙に楽しそうな表情に少しだけ不安
を覚えるが、ここまで来てまだ決めかねているとはとても言えない。
(小篠さんんが言ったものにするしかないか・・・・・)
「男が喜ぶのなんて単純なもんなんだ。白いフリフリのエプロンをして、可愛く食事でも作ってやれば泣いて喜ぶと思うぞ?」
男の自分が白いフリフリのエプロンを着ても滑稽なだけだとは思うが、小篠が信憑性の無いことを言うとはとても思えなかった。
「じゃあ、明日が楽しみだな」
「う、うん」
(直ぐに買いに行かなくちゃいけないかも)
「俺のプレゼントも期待してくれ」
どうやら、西園寺は既にプレゼントを用意してくれているらしい。
きっと、響が想像出来る以上のものを用意してくれているんだろうなと思うものの、なんだか特別な日は素直に受け取ってもいい
かもしれないと響は思った。
「うん、楽しみにしてる」
end
このカップルの第三者視点は西園寺の悪友、小篠。
クリスマスが終わったら、きっと報奨金が出るでしょう(笑)。