クリスマス前の恋人同士の一コマです。














日高&郁の場合






 声優、神林省吾(かんばやし しょうご)は収録の後に話があるからと呼びだされ、スタジオ近くの喫茶店にやってきていた。
呼びだしたのは、同じ声優仲間の坂井郁(さかい かおる)だ。デビュー作がヒットして一躍人気者になったものの、その後が続か
ずに数年間はなかなか表に出てこなかった。
 そんな彼が再び脚光を浴びたのはある種の特殊ジャンル、ボーイズラブのドラマCDだった。
ボーイズラブというのは女の視点から見た男同士の恋愛漫画や小説なのだが、今やそれは一ジャンルを築くほどにシェアが大
きい。
神林も内心は、
 「鬼畜攻め?王道生徒会長受けってなんだ?」
などと、どうにも納得出来ない世界観を感じるが、一種のファンタジーものとして受け入れれば結構面白く、今ではかなりの仕事
を受けていた。
 その中で、郁は男同士の恋愛で女役、いわゆる受けという立場でかなりの人気を受け、今では、ベスト5になるほどに名を知ら
れている。
神林は攻め側だ。断トツ人気の存在があるので、2、3番手を争っていた。

 「すみませんっ、遅れて!」
 それから10分もしないうちに郁がやってきた。
申し訳なさそうに表情を曇らすその顔は小動物を連想させるほどに可愛らしい。元々容姿も繊細に整っている郁は、最近よく現
場でカップル役をするせいか、妙に意識してしまうほどだ。
 「いいや、そんなに待ってないし」
 「でも、この後まだ収録があるんですよね?」
 「それでも2時間はあるから落ち着いて」
 神林は郁が椅子に座り、注文を終えるのを待って話を振る。
 「それで?話があるって何?」
 「あ、あの」
 「・・・・・」
なぜか、郁は顔を赤くして視線を彷徨わせる。どうしてこんなに動揺するのかと首を傾げる前に、おずおずと話を切り出してきた。
 「神林さんはお洒落でお店もたくさん知っていると聞いたから、あの、プレゼントの助言を貰えればって」
 「・・・・・ああ、もしかしてクリスマス?」
 12月23日という日にちから考えたら、郁の言っているものがどういう種類のものかは簡単に想像出来た。
しかし、それを聞くなら自分ではない方がいいのではないか。
 「女の子のことは女の子に聞いた方がいいと思うけど」
自分が選ぶのは、どうしても宝飾品に限られてしまう。
だが、そう言った神林に郁は焦ったように首を横に振った。
 「い、いえ、相手は女の子じゃないんでっ」
 「え・・・・・じゃあ、父親とか?」
 「それも、その、違うんですけど・・・・・」
 どうも歯切れが悪い郁の様子に、神林は少し考えて・・・・・にっこりと笑った。何か楽しい秘密がそこにありそうで、ぜひそれを覗
いてみたいと思った。




 午後からの収録にスタジオにやってきた神林は、そこに今日のキャストに名前の無かった男の姿を見た。
 「どうしたんだ、日高(ひだか)?」
 「ピンチヒッター。山村さんが風邪でダウンしたんだ」
 「山村さんが」
今日の自分のライバル役でもある相手の突然の交代に驚いたが、まさか日高ほどの売れっ子がピンチヒッターにやって来るとは
思わなかった。
 日高征司(ひだか せいじ)は魅惑的な声と共に俳優張りの容貌を持つ男だ。
今の声優界の人気を引っ張って行ってくれている存在といってもいいし、自分より2歳年下ながら先輩でもある。
 今から収録するBLのドラマCDの世界でもずば抜けた人気があって、今日は不可抗力とはいえ収録に携わる者としてはとても
ラッキーだろうと思えた。
 「昔の借りがあるんだ」
 「へえ」
 「・・・・・何だ?」
 「え?」
 「笑ってるだろ」
 眉間に皺を寄せた日高に指摘され、神林は自身の頬を撫でた。意識したつもりはないが、先程までの出来事をいまだ引きずっ
ているのかもしれない。
 「いや、さっき郁ちゃんの話を聞いてさ」
 「・・・・・郁と会ったのか?」
 途端に、剣呑な響きを伴って睨みつけてくる日高を見て、神林はやっぱりなと思ってしまった。
前々から仲が良いとは思っていたが、日高の郁に対する独占欲はかなり強くて、そこに先輩後輩という関係以上の何かを感じて
はいたものの、まさか自分達が演じている世界がこんな目の前で繰り広げられているとは、なかなか実感が湧かなかった。
 しかし、先程の郁の話を聞いて、今の日高の反応を見て分かった。
(日高に妬かれるなんて新鮮)
 「おい」
 「何?聞きたいわけ?」
 「話したいんだろ、さっさと話せ」
言葉は多少横柄だが、焦っているのが手に取るように分かる。
もう少しこの優越感を味わっていたいなと思った神林は、どうするかなあと芝居じみた声で言いながら笑った。








 郁は目の前の日高をじっと見つめた。
(どうして機嫌、悪いんだ?)
収録の後、なぜかスタジオにいた日高に半ば攫われるようにして彼のマンションに連れて来られたが、日高はずっと機嫌が悪そう
に眉間に皺を寄せている。
 何かしただろうかと考えるものの、何かをした覚えはなくて、郁は先程からずっとソファで小さくなっていた。
本当は仕事が終わったら直ぐにでも買い物に行きたかった。せっかく神林がアドバイスをしてくれたし、郁自身も買わないと落ち着
かなかったのだ。

 「カッコイイ大人の男の人に似合う装飾品なんですけど・・・・・」

 突然の郁の言葉にも、神林は嫌な顔をせずに色々なアドバイスをしてくれた。
多少突っ込んだ質問もされてポロっと日高の名前が出そうになったが、何とか誤魔化せたとは思う。
(初めての、クリスマスだし・・・・・)
 恋人同士という関係になって初めて迎えるクリスマス。
郁が用意出来るものは限られているが、それでも喜んでもらえたら嬉しい。
(お店が閉まるまでに終わるかな)
 なかなか口を開いてくれない日高をチラッと見上げると、こちらを見ている日高と目が合った。
 「・・・・・今日」
 「はい?」
 「神林とデートしたって聞いたけど」
 「・・・・・デート?」
耳慣れない言葉に戸惑うが、日高の表情は厳しいままだ。
 「収録の合間の短い時間を使ったそうじゃないか。わざわざそんな時間を割いてあいつと何を話したんだ?」
 「な、何って・・・・・」
 まさか、日高のためのプレゼントの相談(神林には名前は言わなかったが)をしたとは言えない。そもそも、本来は自分で考えな
ければいけないことを人の助けを借りたと知られるのは恥ずかしかった。
(ど、どうしよう・・・・・)
郁は瞳を彷徨わせる。
 「郁」
 「・・・・・っ」
 その郁の行動を面白く思わないらしい日高が、声を低くして名前を呼んできた。何時もは背筋が震えるほどに良い声が、違う
意味で震えが来るほど怖く感じてしまう。
 怒らせたいわけではない。せっかくこうして一緒にいるのだ、何時までも隠し続けるものでもないと、郁はおずおずと今日の出来
事を告げた。




 「・・・・・そうなのか」
 郁の説明に、日高の身を包んでいた怒りはたちまち消えてしまった。
 「・・・・・郁」
 「ごめんなさい」
神妙に頭を下げる郁を見て、日高は直ぐにその身体を抱き寄せた。
 「あ、あの?」
 突然そんな態度を取られた郁は戸惑っているようだったが、日高は内心で深く郁に謝罪していた。
(本当に、ごめん)

 「郁ちゃんも、俺以外に頼る人間がいなかったのかな」

神林の言葉に踊らされ、てっきり2人の間に何かあったのだと疑ってしまった。もちろん郁が自分以外の男に惹かれるなどとは思
わなかったが、自分に何か隠し事があるのではないかと考えてしまったのだ。
 それがまさか、自分へのプレゼントの相談だったとは・・・・・。
 「ごめん、郁」
 「あ、あの」
 「・・・・・」
それ以上はどんな言葉を掛けていいのか分からず、日高は抱きしめる腕に力を込める。
恋人という関係になって初めてのクリスマスを、郁がちゃんと考えてくれていることが嬉しかった。日高も、明日は一日中スケジュー
ルを空けて郁と一緒にいるつもりだったが、考えたらまだそれを本人に告げていない。
 すれ違いはお互いの言葉の足りなさにあったのかもしれないと、日高は早速郁に言った。
 「明日、オフだろ?」
 「は、はい」
郁のスケジュールは前もって把握している。
いや、クリスマスは空けてくれないかとさりげなく郁のマネージャーに告げていたので、きっと空いているだろうというのは分かってい
た。
 「じゃあ、お前の時間を俺にくれるな?」
 嫌と言うはずがないと思うものの、頷いてくれるまで柄にもなくドキドキとしてしまう。
 「・・・・・あの」
 「ん?」
 「・・・・・帰ってもいいですか?」
 「郁」
自分の見当違いな嫉妬を怒っているのかと情けない思いでいると、郁は落ち着きなく部屋の時計を見上げた。
 「プレゼント買いに行かないと・・・・・」
 「・・・・・プレゼント?」
 「あ、明日、ずっといるなら、今日しかプレゼントを買う時間がないし」
 言っている間に恥ずかしくなったのか、郁の頬が見る間に赤く染まっていく。
そして、日高も郁の言葉を頭の中で繰り返し、知らずに顔がにやけてしまった。
 「じゃあ、一緒に行くか」
 「い、一緒に行っちゃったら分かってしまうしっ」
 それならば、プレゼントを買う時だけ離れたらいい。少しでも長く一緒にいたいのだと耳元で囁けば、きっと郁は嫌だと言わない
はずだ。日高はそんな姑息な計算をしながら、腕の中の愛しい存在の耳元に唇を寄せた。





                                                                     end






このカップルの第三者視点は同僚の神林裕人。
この先日高さんはからかわれそう。