クリスマス前の恋人同士の一コマです。














アシュラフ&悠真の場合






 中近東の小国でありながらかなり豊富な油田を有している、ガッサーラ国。
その国の第一皇子であるアシュラフ・ガーディブ・イズディハールの私的な雑務を一切取り仕切っている侍従長のアリー・ハサンは
最近ずっと上機嫌だ。
 最愛の花嫁を迎えた主は政務に積極的だし、その花嫁のためのサプライズは考えるだけでも楽しくて、充実した日々を過ごし
ていた。

 そして、明日にはまた、今までの自分達とは全く関係ないイベントがあって、一か月ほど前からその計画を共に練っていた主は
顔を綻ばせながらアリーに言った。
 「いよいよだな、アリー」
 「はい、ユーマ様がお喜びになればいいのですが」
 「喜ぶに決まっている。何しろ私が考えたものだからな」
 自信たっぷりに言うアシュラフに、アリーも同意するように頷く。本当に悠真は幸せ者だ。この素晴らしい王子に見出され、愛され
るとは、世の女性達の羨望を一心に浴びても仕方がないかもしれない。
(だが、皇子はユーマ様以外に目は行かないし)
 この時期、様々な国の様々な王女や上流家庭の子女たちから、アシュラフをパーティーに誘う書面が届いていた。
アシュラフが正式にユーマと結婚してからその数は少しだけ減ったものの、夫婦同伴でもいいからという者は少なくない。その場で
アシュラフを誘惑するつもりかもしれないが、最愛の悠真以外眼中にないアシュラフにその招待状は必要ないだろうと、アリーは独
断で丁寧な断りの返答をしていた。
 中には何人か直接この国に来た者もいるが、アシュラフに会わせる前に退去を願っている。
 「そう言えば、アリー、あの服は用意したか?」
 「サンタクロースのものならば、ズボンと短いスカートの2つを取り寄せました」
 「そうか」
あらかじめアシュラフに指定されたものは普通のサンタクロースの衣装だったが、短いスカートバージョンもあると言うので一緒に注
文した。
本来の用途は女性が着るようだが、細身の悠真ならば違和感なく着こなせるだろう。いや、アシュラフがより楽しめるのはどちらか
ということを考えれば、おのずと答えは出てくる。
 「後、トナカイの着ぐるみも同時に」
 「トナカイ?」
 「最初からサンタクロースの衣装を着て欲しいとおっしゃっても、奥ゆかしいユーマ様はなかなか首を縦に振られないのではない
かと」

 「ユーマ、せっかくのクリスマスだ。少し楽しい仮装をしないか?」
 「えー、俺、サンタの衣装なんて嫌だよっ」
 「もちろん、お前だけ着替えさせるつもりはない。私はほら、トナカイになろう。皇子の私がこれを着るんだぞ?ユーマも我が儘を
言わないな?」
 「アシュラフがそこまでしてくれるんなら・・・・・俺、サンタクロースになる!」

 アリーが一連の流れを説明すると、アシュラフは満足したように頷いた。
 「完璧だな。奥ゆかしいのはユーマの美徳だが、それだけではこの楽しみを満喫できない。せっかく結婚したんだ、夫婦として快
楽を追求することは悪いことではないだろう」
 「その通りです、皇子」
 「ケーキの方は?」
 「それも、庶民の好むシンプルなものをご用意しています。もちろん、ユーマ様のお身体に塗りつけても構わない最上級品の生
クリームです」
 「確かに。ユーマの身体を飾り付けしても楽しいしな」
 白い生クリームと赤いイチゴをデコレーションした悠真の身体を想像したのか、アシュラフの端正な容貌が緩んだ。
 「体中舐めまわしたら悠真は泣いてしまうかもしれないが、それはきっと過ぎた快楽のためであろうな」
 「はい」
 「さすが、お前のすることに抜かりはない」
 「恐れ入ります」
 様々な日本の文化を勉強しているアリーの提案はどれもアシュラフの満足がいくものばかりのようで、アリーも勉強するのが楽し
かった。
 そう伝えると、アシュラフは鷹揚に頷いてくれる。
 「後は・・・・・」
 その後も、明日の食事のことや、庭に用意したツリーの打ち合わせもする。
悠真がどんなふうに喜ぶのか楽しそうに想像するアシュラフを見たアリーも、何だか明日が楽しみになっていた。




 そんな、アシュラフ一筋の忠臣であるアリーも、今一つだけ秘密を抱えていた。それは・・・・・。
 「あ、アリーさん!」
アシュラフと別れたアリーが長い廊下を歩いていると、厨房の方角から悠真が現れ、アリーを見ると駆け寄ってきた。
 「アシュラフとの話は終わりましたか?」
 「はい」
 「何時もお疲れ様です」
 悠真は仕事だと思ったらしい。素直なその言葉にアリーは微笑ましく思いながら口元を緩める。
 「あの」
 「はい?」
 「・・・・・アシュラフには、言ってないですよね?」
その言葉に、アリーは深く頷いた。
 「もちろんです。私も皇子の喜ばれるお姿をこの目で見たいので」
 実は、一週間ほど前に悠真から打診を受けた。アシュラフに渡すクリスマスプレゼントの相談だ。
悠真から貰えるのならアシュラフは何でも喜ぶと思ったが、それを言っては悠真が可哀想だろう。アシュラフの好みを考えつつ、
悠真の許容できる金額でと考えて助言をした。
 まだガッサーラ国に慣れていない悠真の買い物にも付き合ったし、それをアシュラフの目に付かない所に隠すのも手伝った。
 本来、悠真に関することは全てアシュラフに報告するのだが、今回ばかりはアシュラフにとって秘密にしておいた方が喜びが大
きいと考え、アリーは沈黙を守っていた。
 「そ、そうね、ごめんなさい」
 慣れない異国の言葉できちんと謝罪してくれる悠真に笑みを浮かべる。
 「いいえ、少しでも疑問に思われることがあるのならなんでもおっしゃって下さい。私は説明することを厭わないので」
 「い、いと・・・・・」
 「話すのが好きなので」
分かりやすく言い変えると、悠真は可愛らしく笑ってくれた。
 「ありがとう」
 「いよいよ明日ですね。私も明日は陰から覗かせてもらいます」
 「傍にいてくれてもいいのに」
 「私はそんなに無粋な人間ではありませんよ」
 そもそも、アシュラフが2人きりの空間に他人がいることを許容するとは思わない。
アリーはじっと自分を見上げてくる悠真の背を軽く押した。
 「皇子がお待ちかねですよ、どうぞ」








 「ユーマ!」
 アシュラフの執務室に向かうと、アシュラフは直ぐに椅子から立ち上がって悠真の身体を抱きしめてきた。
 「仕事中、ごめんなさい」
本当はもう少し後に来ようと思ったのだが、アリーに促されてやってきてしまった。
 「いいや、ちょうど休憩を取ろうと思っていた頃だ」
優しいアシュラフはそう言って悠真の気持ちの負担を和らげてくれ、悠真もそれにつられるように少しだけ笑みを浮かべる。
 「忙しくない?」
 「ああ。もう休みに入っている取引先も多いし」
 「あー・・・・・っと、ク、おしょーがつ?」
(ま、まずかったっ)
 思わずクリスマスと言いそうになったが、何とか誤魔化した。
世界では正月と言うよりもクリスマス休暇と言う方がメジャーだと聞いたことがあったが、アシュラフは悠真の分かりやすい誤魔化
しに気づかなかったようだ。
 とにかく、明日までは何とかクリスマスという意識を逸らしていたい。
(絶対に喜ばせたいし)
 「ユーマ」
 「え?」
 「・・・・・」
 「アシュラフ?」
なぜか、アシュラフは意味深に笑い、悠真の頬に唇を寄せてきた。楽しそうな雰囲気に彼が上機嫌だというのは分かるが、それ
がいったいなぜかは分からない。
 「いいこと、あった?」
 「ユーマが傍にいてくれることが」
 「・・・・・っ」
(も、もうっ、日本人は照れるんだよ!)
面と向かって甘い言葉を囁かれることに慣れていない悠真は、アシュラフから赤くなった顔を逸らした。




 日本人が考えるクリスマスというのは、雪の降る寒い夜らしい。アシュラフも何度かヨーロッパの社交界で行われるクリスマスパ
ーティーに招かれたことがあるが、その時も雪が振ることが多かった。
しかし、砂漠の国であるここは暑いままで、悠真のイメージするクリスマスというのとは違うかもしれない。
(雪を降らすことは可能だが・・・・・)
 ここではあっという間に融けてしまいそうだ。
それならば、この暑い国ならではのパーティーをしてやろうと考えていた。
遠く、日本から自分のことを慕って嫁いで来てくれた彼に、ここまでしたらという際限は全く無かった。
 「ア、アシュラフ」
 「ん?」
 「手、はなして」
 腕の中から悠真が見上げてくる。
(可愛らしい・・・・・)
 「それは出来ないな」
 「ど、どうして?」
 「私が離したくないからだ」
 出来れば四六時中悠真の傍にいたいし、それが出来る立場だが、悠真自身がアシュラフの立場を考えて控えめに抗議をして
くるのだ。
 しかし、そんな謙虚な性格さえ愛おしく、アシュラフは何度もキスを繰り返しながら冗談だと告げた。
 「お前がそれを望んでいないのは分かっている」
 「アシュラフ・・・・・」
 「だが、2人きりになれる時は、存分に私に甘えてくれないか」
 「・・・・・」
 「ユーマ」
自分の態度に多少引け目を感じているのか、悠真はおずおずと頷く。
 「よし」
(明日は、私達の寝室から出さなくてもいいな)
多少、イベントらしいことをするためにベッドから出なければならないが、その後は満足いくまで抱いていよう。
(私が準備したプレゼントも全て味わってもらわなければならないしな)
 「明日が楽しみだ」
 「え?」
 小さく呟いた言葉はどうやら聞こえなかったようだ。
アシュラフは何でもないと言うと、もう一度小さな唇にキスを落とした。





                                                                     end






このカップルの第三者視点は侍従長アリー。
アシュラフを諌めることなく、共に暴走してくれています(笑)。