クリスマス前の恋人同士の一コマです。














秋月&日和の場合






 うんざりとした表情で自分を見つめる弟を、舞はじっと見つめかえした。
男なのに、自分とよく似た容貌の弟は、大学生になって少し男らしくなった気がする。それでも、世のむさ苦しい男どもに比べると
数段可愛らしかった。
 「で?」
 「で、でって・・・・・」
 しかし、出来ればもう少し男らしい性格であって欲しかった。素直なのは十分良いことだが、それだけではこの先女の子にモテ
ないだろう。
(顔は悪くないんだからさ)
 「さっさと教えなさいよ。あんたなら知っているでしょ?秋月さんの欲しい物」
 12月23日、ようやくもぎ取った休みに実家に戻った舞は、弟の知り合いである秋月へのプレゼントを何にするかを相談した。
まだ学生である弟がなぜ大人の秋月と知り合ったのか、そのきっかけを聞いてもあまりにも不自然に感じてはいたものの、容姿
もステイタスも飛び抜けて良い男と知り合いになれるのだということの方が大きかった。
 何時も外で会っているらしいし、京都に舞妓の修行に行っている自分はなかなか会うことが出来なかったが、数少ないチャン
スを確実にものにするためには絶対に弟の力が必要だった。
 「・・・・・知らないよ」
 「嘘!」
 「う、嘘じゃないって!」
 そう言いながら目が泳いでいるのが分かる。長年姉弟をしているわけではないのだ、弟・・・・・日和が嘘をつく時にどんな顔をす
るのか知らないはずが無い。
 「・・・・・」
 「あ、秋月さん、付き合ってる人、いるしっ」
 「それくらいで諦めなくってもいいでしょ!第一、私が言っているのは、クリスマスプレゼントを渡したいってことだけなんだし、あん
たはそのヒントをくれたらいいの!」
 大体、弟ならば姉の幸せを願ってもおかしくないはずだ。あんなにいい男が義兄になったら日和だって嬉しいだろう。
(も、もちろん、そんなことまで考えて無いけど!)
どうやら秋月に本命がいるのは確かなようで、何回か顔を合わせた時も自分になびく様子は見受けられなかった。
そんな辺りも女としてはいいのよねと思っていると、
 「・・・・・っ」
 「あっ、日和!」
 神妙に正座をしていると思った日和が走って逃げてしまう。
 「もうっ!」
(今度からお土産何も買って来ないから!)
逃げた後を追うのはさすがに大変なので、舞はそう毒づきながら諦めるしかなかった。




 それから30分もしない時。
 「舞〜、電話に出て!」
 「え〜」
キッチンから聞こえた母の叫び声に不満の声を漏らしながら、寝そべったソファから身体を起こした。
最近売れっ子舞妓の仲間入りをしたとはいえ、家にいればただの娘だ。母には勝てないと思いながら、鳴り響く電話に向かっては
いはいと返事をした。
 「はい、沢木です」
 『・・・・・舞ちゃん?』
 甘く響く声を耳にした途端、舞はピキッと背筋を伸ばす。
 「あ、秋月さんっ?」
 『こっちに帰ってきていたのか・・・・・』
自身に言い聞かせるような声に、舞ははいと甲高く答えた。
何時もは京都にいるはずの自分が電話に出たことに秋月が驚くのは分かる。しかし、このタイミングで滅多に掛からない秋月から
の電話(ほとんどが日和の携帯に直接掛かるので)を自分が取ったことが運命のように思えた。
 「あ、あの、秋月さん」
 出来るだけがっつかないようにと自分自身に言い聞かせながら、舞は電話の向こうの秋月に話し掛ける。
しかし、その返事はあまりにも呆気ないものだった。
 『日和は?』
 「え?」
 『日和、家にいないのか?』
 せっかくの秋月との電話で日和の話をするのは面白くないが、確かに自分達の共通の話題は弟しかいない。
さっき、玄関のドアが閉まる音がしたので、多分家にはいないだろうと思った。
 「日和はいないみたいです」
 『・・・・・携帯が繋がらなくて』
 「じゃあ、忘れて行ったのかも」
 日和は普段から携帯に依存してはおらず、しょっちゅう鞄の中に入れっぱなしにして忘れている。今回もきっとそうだろうと思いな
がら舞は秋月に他の話題を振った。
 「あの、秋月さんって好みのブランドものとかありますか?」
 『・・・・・ブランド?』
 「ひっ、日和が何時もお世話になっているし、何かお礼をと思って!」
(そ、それが一番いい理由かも!)
 こういう時に役に立ちなさいよと思いながら、舞は秋月に一気に質問した。欲しい装飾品や、何時も身につけている香水、そう
いうものが無いのならよく飲む酒だっていい。
とにかく接点を作りたいと舞は必死だった。
 「私、明日までこっちにいるんです。だから・・・・・」
 『日和がどこに行ったのか知らないか?』
 「・・・・・」
 秋月は全く舞の言葉を聞いてくれない。
男の日和と話すよりも、自分と話した方がよほど良いと思うのに、どうして・・・・・。そう思った舞は少し強い調子で言ってしまった。
 「私は知りません!」








 舞から逃げた日和は家の近くの公園に逃げ込んでいた。
幼い頃から喧嘩をするとここに来ていたが、どうやら大学生になってもその習性は変わらないらしい。
 「舞が秋月さんにプレゼントなんて・・・・・」
ブランコに乗ったまま、日和ははあと大きな溜め息をついた。
 「よりによって、どうして・・・・・」
 さすがに、それは日和もまずいと思っていた。
一応と言ってはおかしいかもしれないが、自分と秋月は恋人同士のはずで、そんな相手に自分の姉がアタックするなんてちょっと
倒錯的だ。
(秋月さんに知られちゃったら絶対に怒られるし・・・・・)
 「・・・・・舞、諦めないかなあ」
 秋月が女の目で見てもいい男だというのは分かっている。
舞が自信家だということも、生まれてきた時からずっと一緒にいるのだ、嫌というほど身に沁みている。
(でも、今回ばかりは諦めて欲しいなあ)
 「いたっ」
 「!」
 いきなり声を掛けられたかと思うと、日和は背後から抱きしめられた。
振り向く間もなく、続いてガブリと首筋を噛まれて声を上げてしまう。
 「痛いっ」
 「痛いように噛んだんだ」
 「・・・・・」
 声を聞けば、いや、その纏っている香りだけでも相手のことが分かるというのは、既に日和に中でもその存在が大きな割合を占
めているということではないか。
(別に、嫌いではないんだけど・・・・・)
 「おい」
 「い、痛いですってっ」
 再び歯をたてる背後の存在から何とか逃げながら振り向いた日和は、そこに不機嫌そうな顔で立っている端正な容貌の男、秋
月を見つめた。
 「あ、秋月さん・・・・・」
 「どういうことだ?」
目が合うと直ぐに怒ってくる相手に、日和は戸惑ったような声を出してしまう。
 「へ?」
 「お前、俺に姉貴を押し付ける気か?」
 「・・・・・はあ?」
 ますます意味が分からなくなってしまった日和の様子に、なぜか秋月の雰囲気は先程よりも少しだけ優しくなって説明をしてく
れた。




 日和の姉がクリスマスプレゼントのことを聞いてきたと伝えると、日和は明らかに動揺した様子を見せた。
先程は本当に意味が分からないというような様子だったのに、どうやらクリスマスプレゼントに関しては何らかのことを知っている
ようだ。
 いくら可愛い日和でも、簡単に許せないこともあった。
 「日和」
 「・・・・・えっと・・・・・」
だが、日和も全てを隠そうとは思っていないらしく、少し口ごもったものの・・・・・やがて、ごめんなさいと謝ってきた。
 「自覚があるのか?」
 「自覚っていうか、その・・・・・」
 「・・・・・」
 「舞が、秋月さんに興味を抱くの、止めなかったし・・・・・」
 そこでようやく、秋月は沢木姉弟の諍いの元を聞いた。
それは、秋月からすればあまりにもくだらない理由だったが、今目の前にいる情けない表情をした日和を見るとそれ以上怒りを持
続することが出来なかった。
 せっかくのクリスマスを控え、日和を呼び出そうとしたのだが携帯が繋がらず、家に掛けてみると日和の姉からあからさまな秋波
を送られた。
日和の姉だからあれくらいで済んだが、本当ならば二度と己にそんな口をきかないようにしたはずだ。
(結果的に、日和はそれを拒絶したということだしな)
姉に弱い日和が、逃げ出すという手段ながら秋月との仲を取り持つことを拒絶したことは少しは評価してやらなければならないか
もしれない。
 「・・・・・許してやってもいい」
 「・・・・・俺、何もしてないんだけど・・・・・」
 「ん?」
 「・・・・・何でもないです」
 諦めたように溜め息をつく日和に、秋月はふっと目元を綻ばす。
 「じゃあ、このまま俺に付いてこい」
 「えっ?で、でもっ、俺財布も携帯も持ってないし!」
 「俺が傍にいるんだからいいだろう」
秋月としては、日和が何の連絡手段も持っていないことの方が都合がいい。クリスマスイブも、そして当日も、ずっと2人だけでい
られるのならばいい。
 「ほら、行くぞ」
 秋月は日和の身体から離れると、そのまま右手を差し出す。
しばらく迷ったあげくにおずおずと延ばしてきた日和の手を攫うように掴み、秋月は待たせている車へと向かった。





                                                                     end






このカップルの第三者視点は日和の姉、舞。
なんかもう・・・・・お気の毒です(汗)。