クリスマス前の恋人同士の一コマです。














アレッシオ&友春の場合






 クリスマス直前の12月23日。
香田は目の前のソファに緊張したように座っている青年に微笑みかけた。
 「それにしても驚きました。到着は24日だとお聞きしておりましたので」
 「は、はい。僕もそのつもりでいたんですけど、なんだか日にちを間違えちゃったみたいで」
 慌てて空港に行ってからその間違いに気付いたものの、ちょうどその日の飛行機に空席があったらしい。
どうするかと問われ、家族にも出掛けることを言って家を出てきた友春は、そのままその飛行機に行ってやってきたというのだから、
意外なその行動力に驚いてしまう。
(まあ、アレッシオ様も喜ばれるだろうが)
 明日、友春が訪れるというだけで、ここ数日上機嫌だったアレッシオだ。その最愛の友春が約束の日にちよりも早くやってきたこ
とをどれほど喜ぶだろう。
香田でさえ、玄関先で突然現れた友春の姿に一瞬声が出なかったのだ。
 「あの」
 「はい?」
 温かなお茶を出しながら穏やかに問い掛けた香田に、友春は少し躊躇ってから口を開く。
 「・・・・・ケイ、怒らないでしょうか?」
 「怒る?」
 「僕・・・・・急に来ちゃったし・・・・・」
 「そんな心配は御無用です」
本来は友春がやってきたことを即座にアレッシオに知らせるのは自分の役割だったが、少しでも喜びを大きくしたくていまだ連絡を
していないくらいなのだ。
 「嬉しいです」
 「え?」
 「あなたが、アレッシオ様のことを考えて下さることが」
(それこそが、アレッシオ様の望まれたことですし・・・・・)
 香田の言葉に、友春は顔を赤くする。
その初々しい様子に香田は胸が温かくなるような思いがした。




 友春を客間に通した香田は、召使からアレッシオが帰宅したことを告げられた。
門を入ったところで知らせがあり、入口に香田を始めとした召使達が出迎えのためにずらりと並ぶ。
(どんな顔をなさるだろうな)
 香田はアレッシオの反応を想像しながらドアを開けると、そこにタイミングよく車が到着した。
 『お帰りなさいませ』
 『・・・・・』
その声に鷹揚に頷いたアレッシオがコートを脱ぐのを手助けすると、それを召使いに渡しながら香田はそのままリビングへと向かう。
帰宅したアレッシオは気を休めるためか、自室に戻る前にリビングでワインを口にする習慣があった。
 『・・・・・』
 彼の好きな銘柄のワインをグラスに注ぐと、優雅な仕草でそれを飲む姿を見つめる。
 『ナツ』
 『はい』
 『明日、トモを受け入れる準備は万端か』
 『滞りなく』
その答えに、アレッシオは満足したように頷いた。
 『トモが来たら家具屋にも連れていきたい』
その言葉に、香田は今屋敷の中で行われている内装工事を思い浮かべる。
 『新しいお部屋のものですね』
 『トモにも好みのものがあるだろうからな』
 どうやらイタリアに来ることを承知してくれた友春のために、アレッシオは屋敷の中を友春が過ごしやすいように改装をしていた。
もちろん、屋敷の抱えている歴史を変えるつもりはないだろうが、最愛の友春のためならば屋敷を立て直す勢いだったのを思い出
してふっと笑んだ。
 『気に入って下さるとよろしいのですが』
 『明日は反応を見ることが出来る』
 『・・・・・』
 『今年はクリスマスの飾り付けも出来なかったが、来年からは一緒に出来るな』
 『アレッシオ様・・・・・』
 屋敷の玄関先の大きなツリー。
昔はそんなものは置いていなかったが、友春と過ごすようになってから、アレッシオはイベント事を大切にしている。
 きっと、あのツリーの飾り付けも2人でしたかったのだろうと思うと、友春がもう数日前にやってきてくれたら良かったのにと思ってし
まった。
(もう、いいかもしれないな)
 そろそろ、アレッシオに話してしまおうか。
 『アレッシオ様』
 『・・・・・』
名前を呼ばれ、視線だけを向けてくるアレッシオに、香田は深い笑みを湛えながら客間に行ってみて下さいと言った。
 『素敵なクリスマスプレゼントがあるかもしれませんよ』








(それでも、自然に身体が動いちゃって・・・・・)
 飛行機に空席があったのも何かの運命かと思い、両親にもその日にイタリアに行くと言っていたので、友春は確かに悩みながら
も飛行機に乗り込んだ。
 そして、空港からアレッシオの屋敷にタクシーで向かい、玄関先で香田に少し驚いた表情で出迎えられた時、何だか小さな悪
戯が成功したような気分になってしまった。
 ただ、落ち着いて考えると、本当に良かったのかなと思う。
(迷惑かけちゃったかも・・・・・)
香田は快く出迎えてくれたが、本来の予定よりも1日早い訪問をした自分は、もしかしたら礼儀知らずかもしれない。
 「・・・・・」
 友春は椅子から立ち上がる。
(やっぱり、今から香田さんにホテルをとってもらおう)
そして、明日改めて訪ねようか。
そう思ってしまったら考えが止められなくて、そのまま部屋を出ようとした友春は、
 「あっ」
 「・・・・・トモ?」
向こう側から開いたドアの向こうに目指す相手がいて、思わずそのまま固まってしまった。




 香田の意味深な言葉の意味を考えながら客間にやってきたアレッシオは、ドアを開けた瞬間に目の前に現れた愛しい存在に珍
しく目を見張ってしまった。
 「トモ?」
(どうしてここに・・・・・)
 友春がイタリアに来ることは当然知っていたし、そのためのチケットも渡していたが、それは明日、24日だったはずだ。
だからこそアレッシオは24日と25日は一切予定を入れず、そのために前日の今日は午後11時過ぎという普段よりも遅い帰宅
になってしまった。
 それは、友春と過ごすために当たり前のスケジュール調整だったのだが、その当の友春が屋敷にいたということは・・・・・。
 「何時来た?」
 「あ、あの、5時、過ぎに・・・・・」
 「・・・・・っ」
それでは、6時間も友春を1人にしていたということになる。
思わず口の中で舌をうったアレッシオは、そのまま屋敷の責任者である香田を呼び付け、叱咤しようと思った。
 香田はアレッシオの友春への強い思いを知っているはずだ。そんな男が友春がイタリアに来たことを知ってアレッシオに知らせな
いとはどういうことだろうか。
 「ナツ・・・・・ッ」
 「ま、待って下さい!」
 しかし、アレッシオの言葉は途中で遮られた。アレッシオの言葉を止めることが出来るのは、多分この世の中で友春と・・・・・母く
らいしかいないだろう。
 「トモ」
 「ぼ、僕が香田さんに口止めをしたんですっ」
 「・・・・・」
 「きょ、今日来ちゃったのは僕の勝手で、ケイの仕事の邪魔はしたくなかったしっ」
 「・・・・・」
 「だ、だからっ、香田さんがケイに連絡をするというのも止めてくれるよう頼んだんです!」
 アレッシオは自分の胸に縋るようにして言う友春をじっと見下ろした。
自分以外の男・・・・・それも、アレッシオに対して忠誠を誓っている部下だが、その男を必死で庇う友春の姿を見るのは面白いこ
とではなかった。
 「ごめんなさいっ、僕が早く来ちゃったせいでっ」
 いや、それは全然構わない。いや、むしろ1日・・・・・1時間でも多く共に過ごす時間が増えるのは嬉しい。
 「・・・・・」
(そう、だな)
既に、友春の到着は6時間前だったというのは事実だ。そこを追求するよりも、今一緒にいることを喜ぶ方が先かもしれない。
 「トモ」
 「・・・・・っ」
 先程までアレッシオが纏ってた怒りのオーラに圧倒されていたのか、友春は名前を呼んだだけでも可哀想なくらい身体を震わせ
ている。
 「すまなかった」
そんな姿を見ると愛おしさと哀れさがこみ上げ、アレッシオは思わずその言葉が口をついて出た。

 何とか落ち着いた友春の肩を抱き、客間のソファに並んで座ると、まるでタイミングを計ったようにノックの音がした。
入室を許可すると、香田がワインを持って現れる。
 「申し訳ありませんでした」
 友春の到着を知らせなかったことを謝罪しているのだと分かっていたが、それはもうアレッシオの中で解決をした。
 「構わない」
 「・・・・・」
言葉短かに答えると、一礼をした香田はテーブルにワインを置き、そのまま部屋を出ていく。こういった気を利かせるので、アレッシ
オも香田の独断を責めるだけという態度は取れなかった。
 「トモ、どうして今日?」
 早々に会えたことは嬉しいが、何か友春の身辺で起こったのかと思うと気になる。
しかし、聞いた理由は友春らしい微笑ましいものだった。
 「・・・・・ごめんなさい、ケイ」
 「いや、トモの方からこうして早く私に会いたいと思ってくれたのが嬉しい」
 そう言うと、友春の目元にキスをした。
 「ケ、ケイッ?」
 「・・・・・会いたかった」
友春から共に暮らすという答えを貰ってからさらに、傍にいないことの飢えが増したような気がした。それほど思っている相手がこう
して少しでも早く会いに来てくれたことが嬉しくないはずが無い。
 「愛している」
 「・・・・・っ」
 愛の囁きに、可愛らしく赤くなって顔を伏せる友春の横顔を微笑ましく見つめる。
 「お前は?」
そして、その答えを聞く前に我慢できなくなったアレッシオは、口ごもる友春の唇を強引に塞いでいた。





                                                                     end






このカップルの第三者視点は香田さん。
相変わらず場の空気を読む方です。