クリスマス前の恋人同士の一コマです。
上杉&太朗の場合
本当にこの子は面白い。
小田切は目の前で神妙に自分の答えを待っている少年・・・・・いや、もう青年になりつつある相手を見つめた。
(好きな相手の好みが知りたいだなんて、付き合ってもう何年になるのか・・・・・)
それでも、何時までも初々しい相手を見ているのは不快ではない。特に今目の前にいる相手なら。
「ねえ、太朗君」
「は、はい」
改めて名前を呼ぶと、太朗がピクッと背筋を伸ばすのが分かった。どんなに上杉が注意しても、自分に対して警戒心を全く抱
かず、むしろ好意を向け続けてくれる相手に意地悪をするほど小田切は冷たい人間ではない。
「よく相談してくれました」
しかし、多少の悪戯は、2人の関係をより良い方向に向けるスパイスではないだろうか。
「じゃ、じゃあ、ジローさんが欲しいものとか教えてくれるんですか?」
「欲しいもの・・・・・とは、少し違いますね」
「え?」
せっかくの大学の休みの日に、恋人である上杉ではなく自分に相談を持ってきたのだ。しっかり答えなければと小田切は微笑
を浮かべた。
「私は、気持ちがあれば何でもいいなんて誤魔化しは言いません」
「でも・・・・・気持ちがあった方が・・・・・」
「いいえ、太朗君。あなた方も付き合ってかなり長いでしょう?何時までも気持ちに縋っていてはいけません」
「は、はい」
そんな簡単なアドバイスならばしない方がましだ。
「会長が望んでいるのは、ズバリ、大人のあなたでしょうね」
「お、大人の、俺?」
丸かった頬はシャープになったが、それでも表情が豊かなせいかまだまだ少年っぽさが抜けない相手・・・・・太朗は、小田切の言
葉に真剣な眼差しを向けてきた。
「そうです。ああ、セックスのことじゃありませんよ?私はこの目で確認したわけではありませんが、太朗君も相当技術も向上し
たでしょうし、第一寝たこともない会長の好みを実地であなたに教えるわけにも行きませんし」
「・・・・・っ」
ストレートに言う小田切に、太朗の頬が真っ赤になっている。
若いなあと、小田切はさらに笑みを深めた。
「それに、こう言ってはなんですが、あの人も太朗君よりは確実に長く生きているので様々なプレゼントを貰っているはずです。普
通のものなどあまり驚かないでしょうね」
「はい・・・・・おれも、毎年悩むし」
「そうでしょう。だから、心身ともに成長したあなたを見せたらどうかなと思うんですよ。あの人に対してきっぱりとものを言えるのは
君くらいだし」
「も、ものを言う?」
太朗と会った数日後、事務所に向かった小田切は即座に上杉に呼び出された。
こんなにも早い時間(午前10時だが)から上杉がちゃんと事務所に来ているなど珍しいと思いながら、小田切は軽くドアをノック
した。
「入れ」
「・・・・・」
(これは、相当不機嫌なようだ)
返ってくる声を聞いただけでも上杉の今の心境が手に取るように分かった。
豪胆でやり手な男だが、ある特定の事柄に関しては感情をむき出しにするのが難だ。もっとも、その原因を小田切も可愛がって
いるという自覚があるので、改めて上杉を注意することはなかったが。
「失礼します」
そんなことを考えながら上杉の部屋に入ると、男はデスクに両肘を付き、その手に自身の顎をのせた格好でじっと小田切を見
据えていた。
「呼び出された用件は分かっているな?」
「見当が付きませんが」
「小田切」
「太朗君と2人で会うのなんて今更でしょう?」
「・・・・・やっぱりお前の入れ知恵か」
ある程度は反応を予期していたのか、上杉は溜め息混じりに吐き捨てた。
この反応を見るに、太朗は小田切のアドバイス通り動いたらしい。
(本当に素直で可愛らしい)
入口にいた小田切はゆっくりデスクの側まで歩み寄ると、今度はじとっと何かを訴えるかのような視線を向けてくる上杉に向かっ
て笑い掛ける。
「私は単に、太朗君の相談相手になっただけですよ」
「相談?何の?」
「それを言ったら、男同士の約束を反故することになってしまいます。大事な約束を破ることなど、私にはとても出来ませんね」
きっぱりと言うと、お前が言うかと揶揄された。
確かに、雑魚との口約束など、翌日の天気予報よりもあやふやなものでしかないが、これが小田切が認めた相手ならばきちんと
した意味を持つ。
「・・・・・教えろ」
「それは命令ですか?」
「命令って、お前が素直に言うことをきくか」
「それを分かっていて、そういう言い方は拙いですねえ。」
太朗に関することに対して、こうして上杉をからかうのは本当に面白い。
ヤクザ社会という殺伐とした中で、自分達も1人の人間なのだと自然に思える貴重な存在を見つけ出した上杉を、小田切は
内心よくやりましたとこれでも褒めているのだ。
「・・・・・小田切」
「はい?」
簡単に屈服したくはないだろうに、どうしても気になるのだろう。その分かりやすい葛藤を見つめながら、小田切は次に男がどう
いう態度を取るのかと笑いながら見つめていた。
「今日からクリスマスまでの毎日、ラブレターを書いてみるというのはどうです?ああ、愛の言葉などではなく、彼の嫌なところと好
きなところを一つずつ書いて、クリスマス当日に誓約書を交わすんです。嫌なところをすべて直すことが出来たら、あなたの願いご
とを一つだけ、何でもききますと」
(・・・・・本当に良かったのかなあ)
太朗は机の上のシンプルな便箋を見下ろしながら思わず呟いた。
小田切から聞いた時は凄く斬新なアイデアだと思ったが、何でも1つ言うことを聞くと言って、いったい上杉が何を言い出すのかと
今更ながら心配だ。
それに、クリスマスまでの10日間、毎日上杉の嫌なところと好きなところを書いているが・・・・・これも結構ネタ切れになっている。
好きなところ・・・・・優しい。大人。酒に強い。動物に好かれる。
嫌なところは・・・・・スケベ。強引。我が儘。悪戯好き。
最初は良くても、書くごとに少しずつ違うんじゃないかと思った。
もちろん、上杉を完璧な人間だとは思わないが、そんな彼を非難するほど自分は立派な人間ではないし、そんな彼を・・・・・。
「・・・・・」
この手紙を書くために、上杉とは電話でも話していない。
メールは送っているが、声を聞いたら今回のことをポロッと話しそうで、どうしても彼からの電話には出られなかった。
今日はもうクリスマスイブだ。今日、最後の手紙に何と書こうか、太朗はじっと便箋を見つめた。
電話に出ない太朗から、毎日届く手紙。
ただ二行、好きなところと嫌いなところと書かれ、その下にスケベやら、なにやら書いてあった。
いったいどういうことかと電話を掛けても太朗は出ず、メールではクリスマスまで待っていて欲しいと言われた。
どんな辛いことでも、嫌なことでも、反対に嬉しいことがあっても、必ず自分の口で伝えようとする太朗の、あまりにも変わった行
動。
まさかと思って小田切を問い詰めれば、散々焦らした後に一言だけ教えてくれた。
「愛が深まる呪文ですよ」
小田切が言えば呪いの言葉のように聞こえたが、きっと太朗は違うだろう。
毎日送られてくる自分への言葉は、最初は律儀に良し悪しを書いていたが、それは次第に見ている方が照れくさくなってくるほ
どの愛の告白に見えた。
『ことあるごとに髪をクシャクシャに撫でてくるのは困るけど、何だか安心出来る。
いつもからかってきて怒らせるのに、最後は笑わせてくれる』
悪口を言いたいのか、褒めたいのか。
手紙が届くたびに会えない辛さがあるのに、一枚の便箋に込められた太朗の愛の告白を楽しみにしている自分もいた。
ただ、それもクリスマスイブの今日が限界だ。実際に会わなかったのは今日までの約二週間。太朗不足で死にそうで、どうしよ
うもなくなった上杉は事務所から車を飛ばして家の前までやってきてしまった。
時刻はそろそろ午後5時。太朗は家にいるだろうか?
「・・・・・」
携帯を取り出した上杉が打ち慣れた番号を押そうとした時だった。
玄関から出てきた太朗が、車を止めているのとは反対の方向に歩き出していくのが見える。その手には最近届くようになったクリ
ーム色の封筒が握られていて、今からポストに投函するだろうと思った。
「タロ!」
「!」
ウインドーを下げ、身を乗り出すようにその名を叫ぶ。すると、パッと振り向いた太朗の目はまん丸で・・・・・その可愛らしさに上
杉は泣きたいような複雑な気持ちになった。
助手席に座った太朗は落ち着かないようだ。
「どこか行くつもりだったか?」
「う、うん」
「連れて行ってやるぞ」
「で、でもっ、近くのポストだし」
言い分けのように言った後、太朗は自分の手を見下ろす。そのまま隠すだろうかと思ったが、太朗はキュッと唇を噛み締めるとそ
のまま上杉に手紙を差し出してきた。
「・・・・・読んでいいのか?」
「今日で、最後だし」
「そうだったな」
最後の最後で、太朗はどんなラブレターをくれるのだろうか。
上杉は珍しくドキドキしながら封を切り、その便箋を見て・・・・・直ぐに太朗を抱きしめる。
「ジ、ジローさんっ?」
「本当に、可愛いな、お前は」
「な、何だよっ、それ!」
「お前が望むんなら、どんなことでも叶えてやる。その代わり、お前に対する悪戯もセクハラも止める気はないぞ?」
そう言うと、太朗がボカッと背中を叩いてきた。その力があまり入っていないのに、上杉はさらに笑みを深める。
「タロ、いい加減観念しろ。お前からのラブレターは嬉しかったが、俺は実物のお前を抱きしめたい。今日はもうクリスマスなんだ、
解禁してくれるだろう?」
それが俺の望むこと、本当に欲しいものだと訴えた。
返事の代わりに、ますます強く抱きしめてくる手の力に、上杉はチュッと耳元にキスをする。
身体の中で一段と震える太朗の身体を堪能しながら、上杉はさっき見たラブレターの一文を思い出し、幸せな思いに浸った。
『どんな上杉滋郎でも、大好きです』
end
このカップルの第三者視点はやっぱり小田切さん。
今回はいい人です(笑)。