BLIND LOVE




−after−




                                                                                   
『』の中は日本語です。




 アレッシオは愛用しているアウロラの万年筆を置いた。
インクが乾く間、カードに書いた文字をじっと見つめる。ただそれだけなのに心の中が温かくなってくるのは、自分が今とても幸せだ
から感じるものだろう。
 「・・・・・」
(そろそろ、いいか)
 封筒に入れ、丁寧に封をしたアレッシオは、書いてある名前を見て少しだけ笑み、その場にいる相手にするようにそっと口付けを
した。
もう何回繰り返したか分からないが、毎回、アレッシオは想いを込める。これを読んだ愛しい相手に、キスの熱さまで届くように。
(トモ・・・・・)

 「愛している」
 『愛している』

 カードに書かれているのはただその単語だけ。しかし、これ以上の言葉は自分達には必要ないだろう。
アレッシオの母国語イタリア語で、そして友春の国の言葉日本語で、まるで愛の交換をするように、アレッシオは自分の想いのたけ
をただその短い単語に込めて送るのだ。








 「・・・・・好き、ケイ」

 あの日、愛する友春から初めてはっきりとした愛の告白を受けたアレッシオは、もちろんそのまま友春を日本に帰すような腑抜け
ではなかった。
こみ上げてくる激情のまま細い身体を抱き上げて自室に連れ去り、思う存分気持ちを確かめ合った最高のセックスをして、友春
は結局帰国が2日延びてしまった。
 航空チケットが勿体ないなどと可愛らしい文句を言っていたが、それが奥ゆかしい友春の照れ隠しだということは十分に分かって
いたアレッシオは、自分もすまないと言いながらもキスを落とし続けた。


 それだけではない。
自家用機を使って共に来日したアレッシオは、そのまま友春の両親に会い、自分達の関係を伝えた。
 まだ自分の気持ちに確信が持てないので待って欲しいと友春は言ったが、アレッシオはもう十分に待ったので、これ以上時間を
無駄にしたくなかったのだ。
自分達の関係を両親が否定すれば、返って友春を連れ去りやすくなるとまで考えていたくらいだ。
 しかし、両親は確かに驚いたようだったが、それ以前の様々なこと・・・・・当初アレッシオがイタリアに攫った時の留学と称してい
たことや、店の建て替え資金など、とても普通の知り合いでは考えられない厚遇のことを改めて考えたようで、友春に向かって一言
聞いた。
 『いいのか、お前は』
 奥ゆかしい友春の両親は、実直な性格の人間だった。
金のために息子が男に身を投げ出しているのではということを危惧していたようだが、友春は自分を振り返り、少しだけ困ったよう
な顔をして、
 『・・・・・多分』
と、あまり情熱的な言葉を返してはくれなかった。
 もちろん、アレッシオはそんな友春の分まで愛を説いた。男同士だからと言って、友春を日陰の身にするつもりは無いし、正式に
自分の伴侶として迎えるつもりだと言った。
 もしかしたら、今だけの情熱だろうと思ったのかもしれないが、友春の両親はしばらく考えさせて欲しいと伝えてきた。これからの2
人の様子を見させて欲しいと。
アレッシオはその言葉に頷いたが、どちらにせよ友春の気持ちが決まっているのならばその家族のことは二の次で構わなかった。
 むしろ、こうして自分達の関係をはっきり伝えたことにより、今まで以上に友春をイタリアに呼ぶことも、自分が来日した時に会うこ
とも容易になるはずだ。
全ては自分達のために良い方向へ向けて見せると、アレッシオは両親の前で堂々と友春の唇を奪った。




 友春が帰国してから毎日、アレッシオは友春に花を贈った。
愛する気持ちを形として伝えたい。それまでに十二分に待ったアレッシオの愛には際限が無く、出来るならばそのまま友春をイタリ
アに攫ってきたいくらいだが、せめて大学を卒業するまではと思い、その代わりのように、これでも自制した愛情表現のつもりだった。

 しかし、それが二週間ほど続いた時、友春は止めてくれと言ってきた。部屋の中が花で一杯になっているし、金が勿体ないと遠
まわしに伝えてくる。
これくらい、アレッシオにとっては全く苦痛にもならないのだが、その言葉が自分の背景ではなく自分自身を求めていると言われた
ようで嬉しく、考えれば友春以上の美しい花を毎日探すのも大変だと、それからアレッシオは友春に毎日手紙を送ることにした。

 「愛している」
 『愛している』

 イタリア語と、日本語で、ただそれだけをしたためた手紙を友春に送り続けている。
滅多に返事は返ってこないが、それでも何度か、日本から友春の手紙が来た。それはほとんど日常の出来事を綴ったものばかり
だが、離れている間もお互いの時間が共有出来るようで、アレッシオは毎晩、同じ手紙を読んで眠りにつくのか最近の日課になっ
ていた。








 明日投函する(もちろん、自分でしなければ意味が無い)手紙を書きあげたアレッシオは、そのまま自室を出た。
 「ああ、ナツ、ワインを頼む」
 「何時もの所でよろしいのですか?」
 「ああ」
廊下で出会った香田に頷いたアレッシオが向かったのは、友春が滞在中のほとんどの時間を過ごした書庫だ。
 「・・・・・」
 それまでアレッシオ自身がそこに足を踏み入れることはほとんどなかったが、友春が帰国してからは毎晩、寝る前の一時をここで
過ごすことが習慣になっている。
友春の手が触れ、その目で見た写真集を同じように開くと、アレッシオも同じように不思議と心が休まるのだ。
 「・・・・・」
(今度、連絡をしてみるか)
 友春の好きだった写真集の多くは父親が買い集めたものだ。いったいどこで手に入れたのか訊ねようと思ったし、なにより先ず、
両親に友春を正式に紹介しなければならない。
 マフィアの首領が子も産めない男を伴侶に選んだ・・・・・友春との関係を公にすればそう陰口をたたかれるだろうが、両親に関し
てアレッシオはそんな心配はしていない。
父親も、身分も国も越えて母と愛し合ったのだ。
(父親似だと言えば笑うだけだろう)




 ノックの音がして、香田がワインを持ってきた。
友春の定位置だった小さなソファに腰かけているアレッシオを見て、香田は少しだけ笑う。
 「今度友春様が来られるまでに、座り心地の良いソファを用意しましょうか」
 香田も、友春がいずれここで暮らすということを信じて疑わない。大学を卒業するまではまだ少し時間があるものの、それまでに
も何度もここに連れて来ることは可能だった。
(トモも、恋人と過ごす時間が欲しいだろうしな)
 「明かりも、もう少しある方がよろしいでしょう」
 「そうだな。ソファはここで愛し合えるほどにゆったりとしたものがいい」
 何をするかは言わないが、主の気質を熟知している香田の頬には苦笑が浮かんだ。
 「友春様が嫌がりませんか?」
 「愛があれば全て問題は無い」
 「・・・・・そうですね」
 アレッシオがグラスを持ち上げると、香田はうやうやしくワインを注ぐ。
それをゆっくりと口にしながら写真集に視線を戻すアレッシオに一礼し、香田は物音を立てずに書庫から出て行った。
 「・・・・・」
 今から休む間、しばらくアレッシオにとっても静かな時間が過ぎて行く。
早くこの場に友春がいるようにしなければと、思っているのはただ1人の愛しい相手のことだった。





                                                                        end








ラストから少し経ったアレッシオです。
情熱的な彼は着々と周りを固めて行っている様子。トモ君、もう覚悟しないと(笑)。