チキンとケーキ




                                                              
シエン&蒼


                                                         ※ ここでの『』の中は日本語です





 『ジングルベール、ジングルベール、鈴が鳴る〜♪』
 「・・・・・」
 『今日は〜たのしい〜クリスマスーうー♪』
 嬉しそうに、楽しそうに、ずっと歌い続けている蒼。
愛しい妃のそんな姿を見るのはシエンもとても楽しいものだったが、朝からずっとバタバタと忙しく駆けずり回っている蒼が何をし
ようとしているのかは全く分からなかった。
口から出ている歌は蒼の国のもので、どうやら何かを祝うようだが、なかなか蒼を呼び止めて聞くことが出来ない。
(ソウはいったい何をするつもりなのだ?)
 「ソウ様、これは飾るだけでよろしいのですか?」
 「おーけーおーけー、ぱっちり!」
 蒼は両手を頭の上にやって大きく丸を作った。
朝から蒼に付き合わされている者達は、いったい自分が何をやっているのかも見当がつかなかったが、蒼が楽しそうにしている
と自分までも楽しくなってくるのが不思議だ。
それでも、皆は蒼が何をしようとしているのかと疑問にも思う。
 「ソウ様!肉が焼きあがりましたが!」
 「わかった!ね、ここよろしく!」
料理番に呼ばれた蒼は、まるで飛び跳ねるように料理部屋に消えていった。



 それから数時間、蒼は料理部屋にこもったままで、再び現れた時には両手で抱えるほど大きな不思議なものを持っていた。
 「ソウ、それは・・・・・?」
 「これ?ケーキ!」
 「けーき?」
聞いたことがない言葉に、シエンは不思議そうに繰り返した。
 「そー。おれのせかい、きょー、くりすます!」
 「くりすますとは、どういうことですか?」
 「・・・・・えと」
改めて聞かれると、蒼はクリスマスをどう説明していいのか分からなかった。
ちゃんとした理由とすれば、キリストという救世主の誕生日ということだが、蒼自身ほとんどそれを意識したことはない。
蒼にとってクリスマスといえば、プレゼントがもらえて、美味しいご馳走を食べてと、ほとんど子供の発想のままだった。
(こっちの人にそれを言ってもなあ〜)
 「ソウ?」
 「たぷん、たいちなひとと、たのしくすこすひ?」
 「多分などと・・・・・まるでソウも知らないみたいな言い方ですね」
シエンは笑うが、まさにその通りなので言い返すことも出来ない。
 「それで、ソウは今日誰と過ごそうと思ったのですか?」
 「え?」
 「まさか、私以外の人間とと、思ってるのではないですか?」
 「・・・・・」
 「ソウ?」
 「シエン、いちわる!」
 蒼は口をへの字にした。



 クリスマスをしよう・・・・・そう思い立ったのは数日前だった。
もうかなりこちらの生活に慣れ、暑い日々を過ごしていたが、感覚的に毎年のイベントは頭の中にこびり付いているようで、そ
ろそろクリスマスだなと思った時、もとの世界での楽しい時間を思い出してしまった。
 もう、二度と家族や友人達に会うことは出来ないかもしれない・・・・・分かっていたことなのに、こういう特別な時期になると
強く思い知ってしまう。
だからこそ、新しい思い出を作る為に、蒼はこの地でクリスマスを祝おうと思ったのだ。
(シエンは変なとこで意地悪なんだよなあ)
 こちらの材料で作ったクリスマスケーキ。
生クリームもチョコも無い中で、何とか似せた味にしようと料理人達と奮闘し、なんとかそれらしいものは作れた。
ご馳走もたっぷり用意し、後は皆を招待するだけだ。
 「・・・・・シエンはいちぱんさいこ!!」
これぐらいの意地悪は当然だと、蒼は先ず王の部屋に向かった。



 「くりすますと?」
 もちろん、王であるガルダも初めて聞く言葉で、シエンと同じような質問をしてくる。
それに、蒼が同じように答えると、さすがに大人の王は蒼の好意を穏やかに受け止めてくれた。
 「ソウの招待をありがたく受けよう」
 「ありかと!おうさま!」
 「王妃にも・・・・・」
 「あ、おーひさまにはおれ、いう!」



 「くりすます?」
 私室にいたアンティも快く蒼を迎え入れ、その招待を受けた。
 「異国の宴なんて初めてだわ」
 「すっこく、たのしー!こちそういっぱい!」
 「ふふ、ソウにとってはそれが一番大切なことかもしれないわね」
笑いながらアンティは言うが、アンティを母親に重ねて見ている蒼にとってその笑みは嫌なものではなかった。



 カヤンもベルネも誘って、後はシエンだけだ。
気まずいなと思いながらもシエンの執務室に向かい、小さく扉を叩いて開けようとする。
しかし、蒼が開こうとする前に、扉は中から大きく開かれた。
 「シ、シエン」
目の前には、難しい顔をしたシエンが立っている。
(お、怒られるのか?)
 「シ・・・・・」
 「父上と母上を誘ってくれたんですね」
 「え、あ、うん」
 「カヤンとベルネも?」
 「さ、さそった」
(いけなかった・・・・・?)
 「なぜ、私が最後なのですか?」
 「・・・・・へ?」
 「一番に招待されるべきなのは、あなたの夫である私ではないのですか?」
 「・・・・・そ、そう、ね」
 シエンが何に怒っているのかやっと分かった蒼は、見る間に緩みそうになってくる頬を押さえるのに必死だった。
(シエン、妬きもちやいてる)
何時も冷静沈着なシエンも、こと蒼に関しては大人気なく感情が昂ぶることもある。
今回もきっと・・・・・。
 「シエン!」
 蒼はシエンに飛びついた。身体中がムズムズするくらい、愛されているという幸せを感じてしまい、とにかくシエンに引っ付いて
しまいたかった。
 「めいんはさいこよ!」
 「めいん?」
 「いちぱん、たいせつはさいこのたのしみ!シエンはめいん!」
 「ソウ・・・・・」
グイグイと身体を押し付けてくる蒼を抱きとめながら、シエンの眉間の皺は取れ、何時しか苦笑を零していた。
 「ソウの言葉は、何時でも私を喜ばせてくれる」
まだまた拙いながらも、蒼は精一杯の言葉と態度をシエンに示してくれる。それは飾り気が無く、ストレートで、何時もシエン
の心を熱く揺さぶるのだ。
 「ソウ、先程はすみませんでした。あなたがあまりに楽しそうだったので、少しからかいたくなってしまって」
 「おれも、こめん。すく、おこる、やめる」
 「では、お互いにもう許し合ったということですね」
そう言いながら、シエンは軽く蒼の頬に唇を寄せた。
 「シ、シエン、みんなまってるよ!」
 少し、色っぽい雰囲気になりそうなのを感じた蒼は慌てて言う。
シエンは多少考えたようだったが、ずっと準備をしてきた蒼の労力を思い、今にも寝台に押し倒したいという気持ちを押しとど
めた。
 「そうですね。では、私達の大切な人々とのくりすますを始めましょうか」
 「うん!」



 「一番大切なものは最後の楽しみ」



蒼が自分が言った言葉を身をもって思い知るのは・・・・・もう少し後のことだった。




                                                                     end






あっちの世界にはクリスマスなんてイベントないですが、きっと蒼は1つ1つ、楽しい行事を皆に伝えていくと思います。
まあ、ご馳走がメインかもしれませんが(笑)。