海藤&真琴編






 「どうも、ありがとうございました」
 棒読みと言ってもいい礼の言葉に、側で聞いていた西原真琴(にしはら まこと)はクスクスと笑みを零してしまう。
(本当に、楓(かえで)君らしいな)
女よりも・・・・・と、いう言葉ではとても言い表わせられないほどに美しい楓。真琴より年下であるが、日向組というヤクザの組の
息子である彼は随分と意志が強い青年でもあった。
 なかなか他人に心を許さないらしい彼だが真琴には懐いてくれて、かなり頻繁に連絡も取り合っている。
今回は、クリスマスに組員達に渡すクッキーを作りたいのだと相談され、人に教えられるほどに料理の腕に自信が無かった真琴
は、自身の恋人である大東組系開成会の会長、海藤貴士(かいどう たかし)に相談した。

 海藤は快く了承してくれ、少し早めのプレゼント作りを共に手伝ってくれ、今、楓は迎えに来た日向組の若頭、伊崎(いさき)と
共に玄関先に立っている。
 「みんな、きっと喜んでくれるよ」
 「・・・・・そうかな」
 楓は、伊崎が持つ大きな紙袋に視線をやり、嬉しそうに微笑んだ。こんな顔をしていると、楓の綺麗な顔は年相応な風情を見
せて、真琴も思わず笑い返す。
 「じゃあ、また連絡する」
 「うん、待ってる」
 楓の言葉に、真琴が頷けば。
 「海藤会長、本日はありがとうございました」
 伊崎が丁寧に頭を下げ、海藤は鷹揚に頷く。
そして、甘い香りをマンションの部屋中に漂わせながら、楓と伊崎は去って行った。



 楓を見送った後、真琴は海藤を見上げた。
 「みんな、きっと喜んでくれますよね」
 「そうだといいな」
 「絶対、そうですよ」
楓の愛情がたっぷりこもったプレゼントだ、日向組の人達はきっと喜んでくれるだろう。
(クリスマスプレゼント・・・・・か)
 楓のプレゼント作りを手伝ってほっと安堵している場合ではない。
クリスマスは、当然自分のもとにもやってくる。真琴は海藤とのクリスマスをどういう風に過ごそうか、今この時点でも色々と考えて
いた。
(どうしようかなあ)
 本当は、海藤を驚かせるために、今日の時点ではもう全ての手はずを整えていなければならないはずなのに、まだ真琴は迷って
いた。きっと、海藤も色々と考えてくれているだろうが、2人別々に考えてもいいのだろうか?
(過ごす時間は一緒のはずなのに・・・・・)

 「・・・・・海藤さん」
 「ん?」
 キッチンに戻り、後片付けを始めようとした海藤に声を掛けると、海藤は直ぐに振り向いてくれ、優しい眼差しを向けてくれる。
 「どうした?」
 「あの・・・・・」
一瞬だけ口ごもった真琴だったが、
 「・・・・・」
 「・・・・・クリスマス、どう過ごしますか?」
思い切ってそう聞いてみた。



 「クリスマス、どう過ごしますか?」
 真剣な表情で何を聞いてくるかと思ったら、真琴はすぐ目の前に迫ったクリスマスのことを相談してきた。もちろん、海藤も真琴と
過ごすために色々と考えていたが、改めて真琴に聞かれると、その答えは複雑なものではなくただ一つだけだ。
 「お前とゆっくりしたいと思っているが」
 「そ、そうですか」
 真琴は照れたような笑みを浮かべる。
お互いの誕生日や、正月や、クリスマス。2人で迎えるイベントはもちろん初めてではないが、そのたびに真琴が本当に嬉しそうな
表情をしてくれるので、海藤もその顔を見るために何でもしたいと思ってしまうのだ。
 「お、俺も、そう思ってました」
 「そうか」
 もう何日も前から、真琴が色んな本やネットで調べ物をしていることは知っていた。海藤が側を通るたびに、真琴が慌てて隠す
ので、かえって何をしているのかが容易に想像がつく。
 「ただ、色々考えると分からなくなっちゃって・・・・・。外で食事をするのも、デリバリーをとるのも、それはそれで楽しいと思うけど、
出来ればもっと、2人で楽しく時間を過ごしたいと思って・・・・・」
 「・・・・・」
 「なんだか、メチャクチャなことを言ってるのかもしれないんですけど」
 「真琴」
 多分、海藤は真琴が何を言おうとしているのかが分かっているような気がする。しかし、それは真琴の口からきちんと聞きたいと
思った。
 「お前はどうしたい?」
 オーソドックスな恋人の時間を過ごしたいのか、それとももっと別の時間の過ごし方を望んでいるのか。
海藤は真琴が望むものを知りたかった。



 真琴は考えた。今もまだ、はっきりと頭の中にビジョンがあるとは言えないが、今の思いを海藤にきちんと伝えたい。
 「・・・・・一緒に、買い物に行って・・・・・」
何を作るのか話し合って、材料を選んで。余計なものを買って、後で失敗したと笑い合ったりして。
 「ああ」
 「一緒に、料理を作って」
料理上手な海藤の助手のような役割しか出来ないかもしれないが、それでも自分達が作った料理はどんなレストランのものより
も美味しいはずで。
 「それで?」
 「食事の後は、ゆっくりビデオなんか見て、勿体ないような、のんびりとした時間の過ごし方をしたいかな・・・・・って」
 結局、自分はずっと海藤とくっついていたいのだと思う。
男同士では、やはりクリスマスのレストランで食事をするなど悪目立ちで、多分落ち着くことも出来ず、食事も喉を通らないような
気がする。
 2人で共にいても落ち着けるのは、やはり共に暮らすこのマンションだ。
 「・・・・・我が儘ですか?」
 「いや」
海藤は即座にそう言い、そのまま手を伸ばしてきた。
(このまま・・・・・)
真琴はその手をとり、自分から海藤の腕の中に収まる。その背を、海藤はしっかりと抱きしめてくれた。自分の気持ちを分かって
もらえたと、その仕草だけでも十分に感じる。
 「楽しそうだな」
 「・・・・・疲れませんか?」
 「どうして?お前と一緒だからこそ、なのに」
 「・・・・・」
(同じだ)
 自分と同じ思い。こんな時も海藤は自分と共にいることが幸せなのだと教えてくれる。何だか嬉しくて、真琴は海藤の背中にま
わした腕に力を込めた。



 予想をしていなかったと言えば嘘になる。
謙虚で、自分のことを本当に愛してくれている真琴は、何時だってささやかなことしか望まない。今回のクリスマスも、多分・・・・・
きっと、真琴は海藤が苦笑を零してしまうような日常を選択するのではないかと思った。
 だからこそ、海藤はそんな真琴の願いを全て叶えてやりたいと思う。
 「25日は、一緒にクリスマスの料理を作って」
 「・・・・・」
 「プレゼント交換でもするか?」
 「・・・・・はい」
その返事に、海藤はふっと笑みを浮かべた。
しかし、どうやら真琴の願いは徹底しているようで、
 「プレゼント・・・・・おんなじ値段にしましょう」
 「同じ?」
 「海藤さん、何時も凄くいいものばかりくれるけど、俺は同じようなものを返せないし・・・・・。あ、嫌だって思ったことは無いんです
よ?何時も俺のことを考えてくれたいいものばかりです」
 だからこそ、今回のように2人で作り上げていく時ならば、プレゼントだって同じレベルのものでもいいんじゃないかと言われてしま
い、既に買ってあった海藤は一瞬だけ言葉に詰まった。
 しかし、返事を待っているだろう真琴を焦らすつもりはなく、直ぐにそうだなと頷く。
(これは、お年玉として渡せばいいか)
新しいコートと、マフラーと、手袋。クリスマスに渡せなくても、何とか受け取らせることが出来そうなものばかりで、これも何とかなる
だろう。
 真琴は顔を上げ、海藤に笑い掛けた。
 「凄く、楽しみ」
 「・・・・・プレゼントが?」
珍しく、海藤が冗談を言えば、真琴は声を出して笑った。
 「プレゼントもだけど、海藤さんと2人で色々することが、ですよ」
 「それなら、俺も楽しみだ」
 「ね?・・・・・あっ、プレゼントは1万円以内にしましょう!」
 「1万円・・・・・」
(それが一番の難問だな)
 真琴への愛情の深さと金は比例するものだと思っている海藤にとっては、その1万円という金額の中でどんな愛情を表わせる
のか、それが一番の難問になってくる。
 「時間が無いから、考えるの大変」
 「・・・・・」
 「でも・・・・・プレゼントを考える時はずっと、海藤さんのことを考えられるから・・・・・幸せかも」
 「・・・・・真琴」
 「そう思いませんか?」
 「・・・・・そうだな」
 何をするにしても、最愛の相手のことを考える時は幸福で温かい時間だ。
プレゼントを考える時間もそうなのかもしれないなと思いながら、海藤は真琴の頬を撫で、くすぐったそうに綻ぶその唇に、少しだけ
早いプレゼントのオマケ・・・・・キスを、おとすことにした。





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