昂也&青嵐編
この世界には、抜けるような青空は見えない。
綺麗に赤く染まる夕日とか、朝もやの夜明けとか。
眩しい太陽も、冷たい雪も。
1日の変化だけでなく、季節の変化も無いようなこの世界にも、どこか素晴らしい場所があるかもしれない。そんな自然の変化
をこの子達には見せてやりたいなと、昂也(こうや)は心からそう思っていた。
行徳昂也(ぎょうとく こうや)は、普通の高校生だった。
それが、ある日竜人界という別世界の王座争いに巻き込まれ、この不思議な世界へと呼ばれてしまった。色々と嫌なこともあっ
たが、様々な人物と出会い、今はそれなりに前向きに過ごしていた。
今の昂也の心配事は、自分が触れたことでなぜか孵化してしまった竜の赤ん坊達と、北の谷で見付けた角持ちの子。
赤ん坊達は本来ならそのまま葬られてしまうはずだったらしが、今はそんなことを感じさせないほどに元気だ。身体にはうっすらと
鱗があり、牙もあるが、成長するにつれて次第に人間に近い姿になるという。
そして、角持ちの子、青嵐。
昂也が見付けたその赤ん坊は、額に角を持つ、金髪の髪と金の瞳を持っていた。
姿は赤ん坊なのに、もう何度も竜に変化して昂也を助けてくれた青嵐。自分が名付け親になり、ずっと傍にいたからか愛着も
強い。
竜人はかなり体格が良くて、子供と言ってもいい歳の子も、高校生の昂也よりも背が高く身体つきも良かった。
きっと、青嵐も大きくなれば体格も良くなるのかもと思ってはいたが、その成長は驚くほど早く、這っていた赤ん坊の姿かと思えば、
数週間のうちに幼稚園児ほどの姿になっていて、いったいどのくらいで自分に並ぶのかと、ぼんやりとだが思っていた。
「・・・・・ヤ、コーヤ」
「え?」
ぼんやりと空を見上げていた昂也は、名前を呼ばれて何気なく振り向いた。
「・・・・・誰?」
「僕だよ」
「ボク?」
(そんな言い方する知り合いっていたっけ?)
綺麗な金髪に、金色の瞳。色白なのに弱々しくなく、少年らしいすらりと手足が長いその姿は、どう見ても自分と同じくらいか、
少しだけ下に見える少年だった。
(金の、瞳・・・・・まさか?)
「青・・・・・嵐?」
「うん」
「うんって、え、い、いったい、幾つなんだよっ?」
「僕はまだ2歳だよ」
「に、2歳ぃ〜っ?」
何の変な冗談かと思ったが、目の前のすっきりと整った顔は穏やかな笑みを湛えてじっと自分を見つめている。
嘘を言っている後ろめたさなど一切見えないその表情に、昂也は目の前の少年が本当に青嵐なのだと確信出来た。
「凄い・・・・・2歳でこんなに大きくなるのか?」
「コーヤは可愛いままだね?」
「か、可愛い?」
(青嵐に言われるなんて、ちょっと複雑なんだけど・・・・・)
赤ん坊の頃の青嵐の面影が脳裏にこびりついている昂也には頭を殴って黙らせることも出来なくて、ただ小さくありがとうと言う
しかなかった。
こんな風に、コーヤと目線が合って話せる日をどれだけ待ったか分からない。
異形の姿ということで捨てられ、突出した身体能力のせいで死ぬことも出来ない自分が、地を這い、ただ生きるためだけに存在
していた自分が、
「な、何で赤ちゃんがこんなとこにっ?」
不思議な響きと共にコーヤに抱きあげられたその瞬間から、全ての時間が変わった。
(これは・・・・・なんだろう?)
幼くとも、自分がどんな存在なのか漠然と分かっていたのに、今自分を抱きしめるその主のことだけは分からなかった。
ただ、温かく優しい腕の中から出て行きたく無くて、必死にすがったのは無意識だ。
「御身の名は青嵐。始まりの名にて、その命尽きるまで背負う名なり。死してその名から解放される時、御身は全ての宿命か
ら解き放たれる」
そして、コーヤが自分に付けてくれた名前。
神官の資格を持つ江幻が正式に命名の儀と称して文言を言ってくれたので、これが自分が一生背負う大切な名前となった。
嬉しくて、嬉しくて。こんな感情を自分に与えてくれたコーヤが大好きになった。
自分という存在を見付けてくれたコーヤとずっと共にいるのだと、少しでも引き離されそうになればそれこそ大声で泣き叫んだ。
それが、子供の身体である自分が唯一出来ることだからだ。
角持ちという、逃れられない運命を背負い、これからも成長していかなければならない自分。そんな辛い運命でも、コーヤとなら
ば乗り越えられると、彼に早く追いつきたくて、成長速度を自然と早めた。
今、昂也の傍には、憎らしいあの男がいる。自分だけを見てくれていたコーヤの眼差しを強引に奪ったあの男から、再びコーヤを
奪い返すには、自分自身がコーヤを守れるほどの大人に早くならなければならなかった。
「・・・・・なんか、凄い」
「え?」
「青嵐が可愛い赤ちゃんのままでいいと思っていたけど、成長した姿も見たいなあって思ってたんだ。それが叶うなんて、まるでク
リスマスプレゼントをもらった気分」
「・・・・・クリスマス?」
青嵐が首を傾げたので、昂也はああと説明してやらなければと思った。
「クリスマスって、年に1回、サンタさんという人に自分の欲しい物を貰うんだよ。直接話せないから、本当に自分が欲しかったも
のとは違うものが贈られてきたりするんだけど、それもまた楽しくて」
そのプレゼントが本当は誰の手によるものか、さすがに高校生の昂也には分かっていたが、そんな夢は何時まで持っていてもいい
ものじゃないかと思っていた。
「今頃、俺の住んでいた世界ではクリスマスだよなって考えていたとこで・・・・・そこに、青嵐がそんな姿で現れたから、何だか凄
く幸せなプレゼントをもらった気分になったんだよ」
「・・・・・コーヤ」
「青嵐?」
急に自分を抱きしめて来た青嵐の身体を、昂也は戸惑いながらも受け止めた。
ほぼ、同じ目線かと思っていたが、こうしていると青嵐の方が僅かに大きいことが分かる。
(何だか複雑な気分なんだけど)
「コーヤ、大好き」
「え?」
「コーヤだけが、好き」
「青嵐・・・・・」
角を持っている竜人は特別な存在らしく、青嵐は他の子供たちよりも別格の扱いをされていると思っていたが、そんな言葉が出
てしまうほどに不安定な気持ちを持っているのだろうか?
(俺だけなんて・・・・・寂しいよ、青嵐)
「青嵐、みんなお前のこと大好きなんだよ?もちろん、俺だってそうだけど・・・・・俺だけじゃなくって、周りにちゃんと目を向けてみ
るんだ。大好きな人は1人じゃないはずだから」
「・・・・・コーヤだけでいい」
頑なにそう言いながら、ギュウギュウと強いほどに自分を抱きしめてくる青嵐の仕草に苦笑が漏れるが、嬉しいと思う気持ちも確
かにあった。青嵐の特別が自分で嬉しいと・・・・・。
ペシぺシと頬を叩かれ、昂也はパッと目を開けた。
「・・・・・あれ?」
「コーヤ」
「・・・・・青嵐?」
草叢に寝転がっていた昂也の胸元には、まるで猿の子のように青嵐が抱きついていた。
しかし、その姿は先程までの中学生くらいの少年ではなく、まだ幼稚園児くらいの子供の姿で、向けてくる表情もあどけないもの
だった。
「・・・・・夢か?」
寝ていて、青嵐の成長した姿を夢見ていたのかと思うと、何だか笑えてきた。自分は青嵐にあんなふうに成長してもらいたいと
考えていたのだろうか?
「俺べったりじゃ困るんだけどなあ」
困ると言いながらも、その口調は甘い。自分にも、この世界に守るべきものがいるのだと思わせてくれるこの存在が愛おしい。
「そんなに早くおっきくなんなくていいんだからな?」
何時までもこの腕の中にすっぽりと収まる存在でいて欲しいと思ってそう言ったが、青嵐はなぜか不満げな表情だ。
気のせいかもしれないが、さらに強くしがみつかれたようでくすぐったくて笑いながら、昂也はまだ十分に幼い青嵐の身体をぎゅうっと
強く抱きしめた。
end