アレッシオ&友春編






 「クリスマスは恋人と共に過ごすものだろう」

 その言葉に反論するつもりはないし、自分もそういうものだと思うが、それが自分とあの男の関係に当てはまるものかどうかがよ
く分からない。
(それでも・・・・・)
 「イタリアまで来てるんだし・・・・・」
 少しは自分の気持ちの中で、あの男の存在の意味も変わっているのかもしれない・・・・・高塚友春(たかつか ともはる)はそう
思いながら窓の外を見つめた。

 大学生の友春は、偶然パーティーである男と知り合った。
いや、それは知り合ったというものではなく一方的なもので、結果的に男である自分がレイプされ、そのまま男の故郷であるイタリ
アへと連れ去られてしまった。

 アレッシオ・ケイ・カッサーノ。
イタリアの富豪であると同時に、イタリアマフィア、カッサーノ家の首領であるアレッシオは強引に自分を奪ったが、数ヵ月後、何時
までも心を許さない自分を日本へと帰してくれた。
 しかし、それで関係が途切れたわけではない。現に、今も彼とこうして会っている。
もう何度も身体を重ね、愛の言葉を囁かれ、友春の心は次第に麻痺してきたのかもしれない。アレッシオの言葉がすんなりと胸
に届くようになったし、彼の指先に必要以上に怯えることも無くなった。
 それでも、未だ彼のことを受け入れたと思わないのは、もう友春の意地だけかもしれない。あんなふうに始まった関係を、結果的
に受け入れてしまうのが怖くて・・・・・。
 「トモ」
 「・・・・・っ」
 ノックもせずにドアが開かれる。
この屋敷でそんなことが許されるのは、ただ1人しかいなかった。



 クリスマスを2人で過ごすために日本へと差し向けた自家用ジェット。
本当に嫌ならば乗らないという選択も出来ただろうが、友春はそれに乗ってイタリアの、自分の手元までやってきてくれた。
(少しは、私を想ってくれていると考えてもいいんだな)
 優しく、大人しい友春がはっきりと断ることが出来ないということも十分考えられたが、アレッシオはこの時ばかりは自分の都合
の良い解釈をした。
友春も、自分に会いたいと思ってくれたのだと。
 「1人にしてすまない」
 「い、いいえ、ケイが忙しいのは分かっていますから」
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 「あ、あの?」
(その物分りの良さも、困りものだがな)
 こんな異国にまで強引に呼び寄せたというのに、様々な会合やパーティーに顔を出さなければならないアレッシオは、当初考え
ていた以上に友春といる時間が少なかった。
 友春がイタリアに来たのは23日。今日はもう25日だというのに、まだこの身体を抱いていない。
 「トモ」
 「・・・・・っ」
アレッシオは手を伸ばし、友春の身体を抱きしめた。
面白くない同業者との会話と、強い香水を身にまとって擦り寄ってくる女達。顔は平常を保てるものの、その心の内は暗く澱んだ
ままで、こうして友春を抱きしめて初めて、そんな澱が消えていくのを感じた。
 「足りないものはないか?」
 もちろん、友春に不自由させないように、執事の香田(こうだ)にはくれぐれもと言い聞かせ、日本人である彼はこの屋敷にいる
誰よりも友春の気持ちを読み取れるとは思うが・・・・・。
 「何も。とても良くしてもらっています」
 「本当に?」
 「はい」
 「・・・・・」
 「ケ、ケイこそ疲れているんじゃないですか?早く休んだ方が・・・・・」
 「つれないな、トモ」
 「え?」
 せっかくのクリスマスの夜に、早く寝てしまえと言う友春の気持ちが、優しさからだと分かっているものの寂しいと感じてしまう。
こんな時に自分達の気持ちの温度差がよく分かってしまい、アレッシオは僅かに苛立った気持ちを抑えるために友春の唇を強引
に奪った。



 チュク

 「ふんっ」
 いきなり重なってきた唇に、友春は戸惑っていた。
(ど、どうして急に・・・・・っ?)
自分のことを気遣うような言葉を言ってくれていたのに、このキスはまるで責めるかのように強引だ。
優しさと、激しさと、冷酷さと。
 様々な顔を次々と見せられてしまえば、友春はどの顔に反応していいのか分からない。ただ今は、嵐のように自分を攫うアレッ
シオの口付けに、友春はただなす術もなく受け入れるしかなかった。

 どのくらい、長く、深いキスだったか・・・・・。
友春は飲みきれなくて顎を伝う唾液を舐め取るアレッシオの舌にピクッと感じる。
 「トモ」
 今まで自分の唇を奪っていたアレッシオのそれは、今は友春の耳たぶを食んでいた。甘噛みされる感触と、耳に響く甘い声に、
友春はゾクッと背中が揺れてしまい、誤魔化すように離れようとするものの、身体を拘束する腕の力は強かった。
 「逃げるな」
 「・・・・・っ」
 「私を受け止めてくれているんだろう?」
その声の中に僅かな哀願の響きが含まれていると思ったのは、友春の気のせいではないのかもしれない。
(どうして・・・・・こんな声を出すんだろう・・・・・)
 自分の全てを支配しているのはこの男なのに、まるで主導権を握っているのは友春の方だと言わんばかりだ。
友春は耳を擽る声に首を竦め、頷くことも首を横に振ることも出来ないでいた。



 リビングに用意されたグラスとワイン。
クリスマス用にさりげなく装飾されている部屋の中に、アレッシオは友春と2人でいた。
 最高級のワインに、チーズ。もう夜も遅く、食事は軽めになっているが、それでも十分にクリスマスディナーという雰囲気だった。
 「乾杯」
 「・・・・・乾杯」
合わさるグラスの音と、絡む視線。
探るように自分を見つめてくる友春に、アレッシオは内心苦笑を零していた。先程見せてしまった自分の弱さを友春がどう思ってい
るのか分からないが、彼の前では常に強い男でいたいというのは変わらない。
愛する者を守りぬくことが出来る男だと知っていて欲しい・・・・・そう思っていた。
 「トモ、今夜はもう私も出掛ける用は無い」
 「・・・・・本当に?」
 少しだけ、友春が笑った気がする。
 「ああ、今夜はずっとトモといる」
 「・・・・・」
 「嫌なのか?」
 「い、嫌とか、あの・・・・・」
友春は、いきなり自分を問い詰めてくるアレッシオに戸惑ったようだが、そんな友春の気持など関係無く、アレッシオは淡々とワイ
ンを注ぎながら言葉を続けた。
 「トモは、どうしてイタリアに来た?私が呼び寄せたからか?言うことを聞かなければ何かされるとでも思ったか?」
 「・・・・・」
 「今日は聖なる夜だ。トモ、お前の正直な気持ちを言うんだ」



(正直な気持ち・・・・・)
 アレッシオが望む言葉を言う方がいいのは分かっている。友春は口を開き掛けて・・・・・噤んだ。
どんなふうに言えば、彼が喜ぶのか、もしかしたら自分はよく分かっていないかもしれない。会いたいと言っても、嘘だと言われた
らそれまでだ。
 それなら・・・・・。
 「・・・・・嫌だと、思わなかったから・・・・・」
 「・・・・・トモ?」
 「ここに来て、ケイと会うの・・・・・嫌だと思わなかったんです」
回りくどい言い方かもしれないが、それが友春の正直な気持ちだ。
 「・・・・・」
 アレッシオは友春の言葉を聞いて、一瞬目を見張り・・・・・次の瞬間、照れたような笑みを口元に浮かべる。
見たことも無い男のそんな表情に、友春の方も驚いて、何だか2人してお見合いのように緊張して見つめ合っている光景が滑稽
な気がした。
 「トモ」
 先程よりも明らかに柔らかくなったアレッシオの態度。それにホッとした友春は、差し出されたグラスを受け取る。
 「・・・・・お前が、私を受け入れてくれることを願って・・・・・乾杯」
 「・・・・・乾杯」
直ぐに頷けることではなかったが、それでも自分の気持ちの中には大きな拒否感は無かった。
 そんな自分の気持ちに戸惑いながらも、友春は明らかに今日が特別な夜だということを意識しながら、赤いワインに少しだけ口
を付ける。
横顔には熱い眼差しを感じたが、恥ずかしくてとても視線を向けることは出来なかった。





                                                                      end