昂耀帝&千里編
日本に、西洋のイベントであるクリスマスと言う行事が何時頃浸透してきたのか、歴史にそれほど詳しくない古都千里(こみや
ちさと)は分からない。
それでも、平安時代にはまだ無かっただろうなというのは確かだと思う。
「はあ〜」
(チキンも、ケーキも無いクリスマス・・・・・)
まだ、特別な誰かもおらず、ワイワイと騒げる友人も数少なかった千里は、家族で祝うクリスマスが一般的だった。
定番のチキンと、ケーキと。中学生に上がる頃からはそれほどクリスマスに思い入れはなかったものの、普段はねだっても買っても
らえないゲームのソフトなどをもらうと嬉しく思ったものだ。
しかし、この世界では当然といっていいほどに誰もクリスマスを知らず、プレゼントという言葉なんて宙に浮いているような感じで、
千里はただ空を見つめて溜め息をつくしかなかった。
「ちさとの様子が?」
「はい、溜め息ばかりつかれまして、いったいどうしたのやらと」
千里付きの女房、松風(まつかぜ)の報告を受けた昂耀帝(こうようてい)は秀麗な眉を顰めた。
(ここ数日は無体な真似もしておらぬはずだが・・・・・)
この世を統べる最上位の帝である昂耀帝。どんなものも手に入らないものは無く、どんな相手も自分に対しては膝を折る。
絶対的な地位にいる自分が唯一自由に出来ないのが、天から舞い降りて来た千里だった。
ある日、目の前に忽然と現れた不思議な少年は、少女のように可憐な容姿をしているのにもかかわらず、自分の言うことを聞
かないじゃじゃ馬だった。
普通ではないからか、それとも、自分に対しても媚びへつらわない態度を気に入ったせいか、昂耀帝はその身体を強引に支配
し、妻問いの儀式を行った後、自分の正妻とした。
前妻との間に皇子もいた昂耀帝にとって、新しい妻が子を産めない男子であってもそれほど問題ではなかったのだ。
ただし、意に沿わぬ関係を嫌った千里は、未だ自分を拒もうとするし、逃げようと画策している。
松風にはそんな千里を見張る重要な任を与えていたが、その松風の報告によればここ数日の千里はとても元気が無く、溜め息
をつく回数が増えたという。
(私にはそんな様子は見せないが・・・・・)
弱みを見せたくないと思っているのかもしれないが、夫である自分に何も言わない千里が可愛くなく、昂耀帝の眉も何時しか
顰められてしまった。
「・・・・・またこの殿から逃げ出そうとしているのか?」
「そのようにはお見受け致しませぬが」
「・・・・・」
「御上の御口からお聞きになられてはいかがでしょう」
「私の言うことなど聞かぬ奴だからな」
「しかし、きっと誰かに話されたいと思われていると思いますよ?」
松風の言葉が本当かどうかは分からないが、とりあえずは千里の様子を自分のこの目で確かめるかと、昂耀帝は即座に立ち
あがった。
(あの松なんて・・・・・ツリーの代わりになりそうだけど・・・・・)
もちろん、全く違う木だというのは分かっているが、雰囲気だけでも味わえるかも知れない。松風に言って飾りを作れそうな布切
れや紙を用意してもらったら・・・・・。
「・・・・・意外に、それっぽくなるかも?」
思わず口に出してしまった言葉に、
「また、どんな悪戯を考えておるのだ」
「!」
いきなり背後から掛かった声に振り向けば、松風がいるだろうと思っていた場所になぜか昂耀帝が立っていた。
「い、何時来たんだよ、彰正(あきまさ)」
「先程からここにいた。なにやらずっと一人で考え込んでいるようだが、いったいどんな企みをしておる?」
「・・・・・なんだか、その言い方はトゲがあるんだけど」
いったい何時から自分の様子を見ていたのか、何だか想像するだけで恥ずかしくなった千里は、わざと大げさに眉を顰めて見
せた。
(別に、逃げようと思ってたわけじゃないし・・・・・っ)
後ろめたい気持ちとはまた違う気持ちに理由が付けられないままでいると、昂耀帝はそのまま千里の傍まで近づき、隣に腰を
下して同じ風景を見始めた。
「お前が大人しくしていると返って落ち着かぬ」
「なに、それ!」
「思うことがあるのならばきちんと言葉にしろ。私はお前の心の内を覗けるわけではないからな」
当たり前じゃんと言い掛けて、千里は口を噤んでしまう。
普段は俺様なこの男が、とても自分を気遣ってくれるということも分かっているからだ。
(それに・・・・・悪いことじゃないよ、な)
今は戻れない世界の楽しいイベントを想像して何が悪いのだ。千里はそう思い直すと、それでも昂耀帝の方を見ないようにし
たまま言った。
「ちょっとだけ、懐かしいって思っただけ」
「懐かしい?」
「クリスマスだよ」
「くりぃすまあす?」
「変な発音」
思わずぷっと噴き出した千里は、そのままあのねと話し始めた。
色とりどりの、鮮やかな模様の布と、和紙。
千里の話を聞いた昂耀帝は直ぐに女房達にそれらを用意するようにと言った。
「あ、彰正?」
「お前の望みなど、私からすれば造作もないこと」
まさか、千里が故郷のことを懐かしんでいるとは思わなかった。何時も戻りたいと口にはしているが、昂耀帝がその願いだけは叶
えてやることは一生ない。
それならば、他の千里の願いはどんなことでも叶えてやりたかった。
「それで?」
「え?」
「お前が皆に教えなければ、何をして良いのか分からぬ」
「あ〜、そっか」
でも、高そうなのに勿体無いんだよなあとブツブツ言う千里の言葉は聞こえないことにする。
黙って見つめていると、千里は根負けしたように溜め息をつきながら、一番側にあった和紙を手に取った。
「俺の手元、よく見ててね」
「まあ」
「まるで天女の手のようですわ」
女房達が華やかな歓声を上げながら褒め称えるのはけして世辞ではない。それほど、千里の細い指先から次々と生み出され
る物は見事な形に変化していた。
(一枚の和紙が、このように・・・・・)
まるで、蹴鞠のように立体的となって、昂耀帝の手の平に乗っていた。
「彰正っ、折らないんなら、それ、あっちの松の木に飾っていって!ほら!」
「何度も言わなくても良い」
帝である自分に命令するなど千里くらいだ。
「御上、私達がっ」
「よい、ちさとの願いごとだ、私が叶えぬとな」
それでも、同じ目線のその言葉が心地良く、昂耀帝は自ら庭先に立つと、手近な松の木に千里の作った飾りをそっと乗せた。
「うわ・・・・・なんちゃってツリーだ・・・・・」
もみの木が無かった昔は、もしかしたら日本人はこんな風に手近な松などに飾りをしていたかもしれない・・・・・千里は何となく
そんな思いを抱いてしまった。
祖母に習った折り紙の要領で、思いつく限り和紙で折った飾りと、細長く切った布を枝に掛けて、今目の前の松は、とても松だ
といえないほどに様変わりをしていた。
「なるほど、なかなか雅な景色だ。ちさと、後は何をするのだ?」
始めから乗り気だった昂耀帝は、飾られた松のツリーにご満悦のように笑っている。
千里は後はと言われ、首を傾げた。
「出来ればケーキがあった方がいいんだけど・・・・・さすがに無理か。じゃあ、代わりの甘いものってコトで、饅頭を丸く積み上げて
みる?」
「饅頭を、か?」
昂耀帝の眉が途端に顰められたのに気付き、千里は思わずニヤッと笑った。
(彰正、甘い物あまり好きじゃなかったっけ)
「それを半分ずつ食べなきゃいけないんだ。彰正、頑張ってよ」
「・・・・・私が?」
「じゃあ、他の人と食べてもいいわけ?」
「・・・・・ならぬ。・・・・・っ、松風、直ぐに饅頭を持て。これでもかというほどに積み上げてまいれっ!」
「・・・・・」
(それは俺も無理だって)
からかっただけなのだと言ったら、昂耀帝は怒るだろうか?・・・・・いや、きっと偉そうな顔をしながら、最初から分かっておったわと言
い放つに違いない。
ギリギリまで待って、降参と言わせるのも楽しいかもしれないなと思いながら、千里は初めて見る和風のツリーを笑いながら見上
げていた。
「案外、綺麗じゃん」
end