秋月&日和編
「秋月(あきづき)さんにこれ!絶対に渡してよっ?」
「母さんからはこれ。何時も日和がお世話になってますって伝えてね」
「・・・・・」
母と姉、左右から綺麗にラッピングされたプレゼントを受け取った沢木日和(さわき ひより)は、思わず出掛かった文句を辛うじ
て口の中に収めた。
(こんなの、預かっても困るよ・・・・・)
大体、日和が秋月とクリスマスに会うということを、どうして2人が知っているのだろう。
いくら家族に不可抗力とはいえ紹介したとしても、日和はあまり自分と秋月の関係を吹聴したくなかった。もちろん、2人が自分
と秋月の本当の関係を知っているとは思わないが、それでも、自分達の関係を知られることを全く恐れもしない秋月のことだ、何
時どんな切っ掛けも逃さないような気がする。
「・・・・・俺、クリスマスに秋月さんには会わな・・・・・」
「ああ、秋月さんからちゃんと連絡を頂いたから、ゆっくりしてくるといいわよ」
「でもさあ、秋月さんみたいな素敵な人が恋人と過ごさないなんて・・・・・今フリーなの?」
ここぞとばかりに秋月の情報を聞きたがる姉に、日和は溜め息を飲み込んだ。
弐織組(にしきぐみ)系東京紅陣会(とうきょうこうじんかい)若頭、秋月甲斐(あきづき かい)。自分が嫌がり、逃げたお座敷の
客だと知ったら、どれほど後悔するだろうか。
「・・・・・知らないよ」
もちろん、言えるわけが無い。
「大体、舞(まい)はなんでいるんだよ?仕事だって・・・・・いたっ」
日和は最後まで言うことは出来なかった。舞の重いゲンコツが頭の上に振ったからだ。
「痛いよ!舞!」
「私は年末年始忙しいから、1日だけ休みをもらったんじゃない!それに、今日は休日なんだから学校も休み!あんた、私の顔
を見たくないわけっ?」
「そ、そういうわけじゃないけど・・・・・」
「とにかく、あんたはこのプレゼントを秋月さんに渡して、しっかりと姉の私を売り込んでくればいいの!分かったわねっ?」
「と、とにかく、プレゼントは渡すから」
そう言わないと、さらに機関銃のように責める言葉を浴びせ掛けられてしまいそうで、日和は逃げるためにコクコクと頷いた。
慌ただしく、舞妓である姉が京都に帰るのを見送った日和は、どうしようかなと考えた。
秋月が母に言ったように、一応25日には会うことにしていたのだが、正直に言って日和はプレゼントのことまで考えていなかった
のだ。
いや、どうしようかなと考えてはいたものの、結局何にしていいのか分からず、目前に控えた今になっても決めてはいなかった。
「・・・・・プレゼント、かあ」
確かに、日和は色んなものを貰っている。
着物も帯も、髪飾りも、自分は女ではないからと何度も言ったのに、秋月は金に糸目をつけずに贈ってくれて・・・・・さすがに、家
には持って帰ることは出来なくて秋月のマンションに置いているものの、その荷物はどんどん増える一方だ。
自分が望んだわけではないが、考えたくないほどに高価なそれらのお返しとして何かを返さなくてはならないのだろうが、あの大
人の男に何を贈っていいのかも分からず、日和は溜め息をつくしかなかった。
そして、12月25日。
秋月は自然と浮かぶ頬の笑みを消すこともせず、日和の自宅の前で車を停めて待っていた。
日和という恋人を得ての初めてのクリスマス。こんな風にウキウキとした気分になるのは、もしかしたら初めてかもしれない。
もちろん、これまでもこの日を女と過ごしたことはあったものの、それは向こうからねだられたからということが大きいし、秋月自身は
あまりイベントを意識してはいなかった。
しかし、今度は違う。
随分歳が離れているからかもしれないが、まだ幼い恋人の心をしっかりと掴むために、こういったイベントはこれからは一緒にやって
いかなければと思っていた。
「・・・・・」
その時、小さな門から出てくる姿が見えた。
「・・・・・来た」
駆け寄ってくる細い姿がだんだんと大きくなっていき、秋月は待ちきれなくなって車から降りる。
「日和」
「秋月さんっ!」
「・・・・・」
この気持ちを、なんと言っていいのか分からない。
ただ愛しい・・・・・その気持ちが強いが、ここで抱きしめて口付けしても、家の近所なので日和は困ってしまうだろう。
今日は金曜日、もう冬休みなので、気兼ねなく日和を外泊させるつもりだ。その時にゆっくりと、この幸せな時間を味わうかと、
秋月は助手席のドアを開けて言った。
「寒くないか?」
「はい、大丈夫です」
「・・・・・かなり、大荷物だな」
日和の手には大きな紙袋と小さな紙袋が握られている。いったい中身は何なのか分からないが、まるで家出でもしそうな雰囲
気に思わずプッと吹き出した。
「え・・・・・っと」
日和は自分の両手を見下ろしている。困ったような表情は何を表わしているのだろうか?
「泊りの準備は完璧ってわけか?」
「ええっ、あ、いや、俺は、別にっ」
直ぐに、慌てたように否定してくる日和に、秋月はどうしてもその紙袋の中身が気になってしまった。
(や、やっぱりおかしいよな)
そうでなくても、何時も最小限のものしか持っていない自分の大荷物が不思議に思われても仕方が無いだろう。
母と姉の、秋月へのクリスマスプレゼントを持って来たのだが、いったい何と言って渡したらいいのか分からないし、さらに、日和は
無いのかと言われたら困ってしまう。
それでも、渡さなければどんな目に遭うか分からないし、何時までも手に持っていてもと、日和は大きな方の紙袋を秋月に差し
出した。
「あ、あの、これ・・・・・」
「何だ?」
秋月の声が嬉しそうな響きになっている。
「俺の、母と、姉から」
「・・・・・お前の?」
「そ、そうです」
「・・・・・まあ、ありがたく頂いておこう。まさか、お前の・・・・・ねえ」
秋月の表情は苦笑を浮かべていて、どうやら怒ってはいないらしい。こちら側が勝手に押しつけてしまったものだが、こうやってちゃ
んと受け取ってもらったことにホッとして、日和はこの勢いでと、もう1つの紙袋も指し出す。
「まさか、父親からか?」
「いいえ、これは、その、俺からなんですけど」
「・・・・・お前から?」
日和の母親と姉からプレゼントを貰って、驚くよりも戸惑っていた秋月は、さらに日和からも貰って、一瞬目を見張ってしまった。
身体の関係もあるとはいえ、未だ自分の方が一方的な思いを抱いていると思っている秋月にとって、日和が自分のプレゼントを
用意してくれるなどとは想像もしていなかったのだ。
「・・・・・開けても、いいか?」
「その、秋月さんは何でも持っていそうだし、俺、そんなに予算も無くて・・・・・」
日和の言い訳のような言葉を聞きながら、小さな紙袋を覗き込んだ秋月は、ふっと深い笑みを浮かべた。
「だから、その、何を用意していいのか分からなくて・・・・・」
「クリスマスケーキか」
「・・・・・一緒に、食べようかなって」
日和からの、初めてのプレゼント。それは小さなクリスマスケーキだった。
だが、どんな高い酒よりも、身を飾る装飾品よりも、秋月の心を湧き立たせるもので、さらに、2人で食べると言ってくれたその言
葉にも、嬉しくてたまらなかった。
家族以外で一緒に大切な日を過ごす相手。それは、恋人と思っていいのではないだろうか。
(日和も、俺を・・・・・)
無理強いして出来た関係を、結局は日和も受け入れ始めてくれている・・・・・そう思ってもいいのだろうか。
「・・・・・甘い物、大丈夫ですか?」
「ああ、もちろん」
日和が差し出してくれるものならば、それこそどんな毒だって口に出来る。
「サンタが乗ってる可愛いケーキですよ。男同士の俺達が食べるのには可愛過ぎるかも」
「可愛いお前が食べるんだから、そのサンタも本望じゃないか?」
「なっ、何を言ってるんですか!」
真っ赤になる日和を笑いながら見ていた秋月は、大きな紙袋を後部座席に乗せ、助手席に乗った日和の膝の上に小さな紙袋
を乗せた。
「後ろに置かなくていいんですか?」
「崩れたら勿体ないだろう?」
せっかく、日和が自分のために選んでくれたクリスマスケーキだ。綺麗なまま目の前に飾りたい。
「行くぞ」
「はい」
美味しいレストランで食事をして、その後でマンションに行けば、今度は自分から日和に渡すクリスマスプレゼントがある。
日和によく似合う、綺麗な振り袖と帯。また怒るかもしれないが、日和を着飾ることも一種の自分の趣味だから仕方が無い。
(それに、あの反応も楽しみだしな)
意外に、自分に一生懸命反抗する日和の姿を見るのも楽しくて、秋月は早く反応が見たいと心が急くまま、車のアクセルを踏
み込んだ。
end