上杉&太朗編
大東組系羽入会、会長である上杉滋郎(うえすぎ じろう)は眉を顰めたまま電話を睨んでいた。
普段は鷹揚で、細かいことは気にしない性格の上杉は、自分の感情を・・・・・特に、怒りの感情をあまり他人に見せることは無
いのだが、今日ばかりは不機嫌オーラを撒き散らしていた。
それは、つい数分前の電話からだ。
『え?だって、ジローさん何も言わなかったから、俺、てっきり仕事なんだって思って』
「はあ?そんなわけあるか。クリスマスにお前と過ごさないはずがないだろーが」
『そんなの、言ってくんないと分かんないよ』
「とにかく、今から迎えに行くから用意してろ」
『だから、無理だって!』
(普通、恋人と会うのを優先しないか?)
確かに、12月25日、午後4時のこの時点まで、太朗にクリスマスのことで連絡をしていなかった。
それは、驚かせたいという気持ちと同時に、言わなくてももちろん太朗もそのつもりだろうという安心感もあったのだが、まさか連絡
をしない時点で約束が無いと思ってしまうとは思わなかった。
24日、学校の友人達とクリスマス会をしたらしい太朗は、今日25日は家族とクリスマス会をすると言ってきた。
一瞬、呆気にとられた上杉も、自分が言えば太朗はきっとこちらを優先してくれると思ったが、太朗は先に約束した方が優先だと
言ってきた。
もちろん、間違いではない。間違いではないのだが・・・・・面白くない。
「・・・・・ったく」
既に、事務所の中はガランとしている。自分が太朗と出掛けるつもりだった上杉は、組員達も予定のある者はさっさと帰るようにと
言っていたのだ。
「・・・・・言いだした俺が1人かよ」
(タロめ・・・・・)
なかなか自分の思い通りにならない太朗。しかし、言いなりになる従順な恋人が欲しいわけではないと思う気持ちもあり、上杉
は唸りながらまだ電話を睨み続けた。
「何だよっ、あれ!」
苑江太朗(そのえ たろう)は思わず携帯電話相手に怒鳴ってしまった。
太朗だって、クリスマスは上杉と過ごすんだろうなと漠然と思っていたし、プレゼントだってずっと考えていたが、何時まで経っても上
杉からのアプローチは無く、つい3日ほど前の電話でも、全くその話題は出てこなかった。だから、てっきり上杉は仕事が忙しくてクリ
スマスどころではないのかもしれない・・・・・そう思ってしまったのだ。
「言わなくても分かるって、そんなのジローさんの勝手じゃんか!」
(言わなくちゃ、分からないことだってあるんだし!)
「・・・・・」
太朗は口を尖らせたまま階段を下りた。
「あら、太朗、あんた上にいたの?」
「いたよ。どうして?」
「だって、昨日は友達とクリスマス会だったでしょう?だから、今日はてっきり上杉さんと会うものだと思ってたけど」
「・・・・・っ」
母親でさえそう思っていたのかと思うと、何だか本当に自分が薄情な恋人に思えてしまう。
今の今まで上杉に対して憤っていた太朗だが、母の言葉に何だかいっぺんに落ち込んでしまい、そのまま目を伏せてしまうしかな
い。
(俺の方が・・・・・薄情なのかな)
「・・・・・」
「太朗」
「・・・・・え?」
不意に母親に名前を呼ばれた太朗は、頼りなく小さな声で答えた。
「いいのよ、出掛けても」
「母ちゃん・・・・・」
「そりゃ、七之助さんは残念がるだろうけど、何時までも親とのクリスマスじゃあ、あんたも可哀想だしね」
笑う母親を見て、太朗は何だか胸がつまってしまった。本当は、太朗の方から切り出さなければならなかった言葉を、母親の方が
代わって言ってくれたのだ。
(約束・・・・・してたのに・・・・・)
上杉と過ごせないのは寂しかったが、もちろん、家族と賑やかに過ごすクリスマスが嫌だというわけではなかった。
それなのに、こうして上杉から連絡がきてしまうと、途端にそちらの方が気になって仕方が無くなる。
「俺・・・・・」
「七之助さんへの言い訳は自分でするのよ?」
随分年上の、それも男である上杉と付き合っていることにいい顔をしない父親には、どんな言葉を言ったとしても言い訳にもな
らないかもしれないが、それでも・・・・・。
「・・・・・ありがと、母ちゃん」
(・・・・・やる気、しねえな)
太朗と会えないのならば仕方が無いと、上杉は早々に帰宅してしまった小田切や楢崎の分まで仕事をするかと思ったものの、
2時間もしないうちにパソコンの電源を切ってしまった。
「こうなったら・・・・・乗り込むしかねえな」
聖なる夜、クリスマス。
本当なら最愛の恋人と過ごすだろう今夜、どうしても太朗が家族との約束を優先するしかないのならば、そこに自分が行くしかな
いと思った。
太朗の父親には煙たがられるかもしれないが、一番良い酒を手土産に、酔い潰してしまってから太朗を連れ出すことも無理で
はないかもしれない。
「・・・・・し」
上杉は立ちあがった。
トントン
(ん?)
聞こえてきたノックの音に、せっかく決意したというのに、また厄介な仕事を持ちこまれたんじゃないだろうな・・・・・そう思いながらド
アを開いた上杉は、
「・・・・・タロ?」
そこに立っている太朗の姿に思わずその名前を呼んでしまった。
(あ、驚いてる)
自分の姿を見て呆気にとられたように目を見張った上杉の顔を見て、太朗は自分の悪戯が成功したような喜びを感じていた。
何時もは自分の方が上杉に驚かされることが多かったが、今回はどうやら自分の行動で上杉を驚かせることが出来たようだ。
(そうだよな、さっきの電話だったら、絶対に俺がここに来るって思わなかっただろうし)
「今更、こっちの約束をドタキャン出来ないよっ」
『タロッ』
太朗はじっと上杉を見つめる。
自転車を飛ばしてきたせいで、頬も鼻も赤くなっていると思うし、足もガクガクしているが、太朗はわざと元気に胸を張って、驚く上
杉に言った。
「来たよ」
「・・・・・いいのか?」
「うん。母ちゃ・・・・・母親がそう言ってくれたし、俺も、会いたかったから、ジローさんに」
「・・・・・そうか」
上杉は太朗を見ている。その顔が、先程の驚きから嬉しさに変化していくのが分かって、太朗も嬉しくなって笑ってしまった。
(本当に、男前だな、お前は)
あんなふうに口喧嘩をしてしまって、どちらも意地を張って。
上杉が自分の気持ちに正直になるまで2時間も掛かったというのに、自転車でここまで来た太朗はあの電話の後直ぐに行動して
くれたということだ。
「ケーキ、買った?」
「・・・・・特大の奴、注文してる」
「お酒は駄目だよ?」
「お前に合わせてジュースを用意してるって。酔うと、たっぷりお前を可愛がってやれないだろう?」
「ば、馬鹿!」
ここまで来てくれたということは、太朗も今夜はずっと自分と一緒に過ごしてくれるつもりなのだろう。もちろん、そこまで考えてい
なかったとしても、上杉が会いに来てくれた太朗をこのまま帰すつもりはない。
(たっぷり、可愛がってやるからな、タロ)
「よし、帰るか」
「え・・・・・仕事はもういいの?」
早速太朗の肩を抱き、そのまま部屋を出て行こうとする上杉に、太朗は慌てたようにそう言ってデスクの上を見ようとした。
太朗が来る直前、自分の方から会いに行こうと思っていた上杉のすることに抜かりはなく、デスクの上は綺麗に片付けてあったの
で心配はない。
「とっくに終わったって」
「・・・・・まさか、途中で放り出して無いよな?」
「当たり前だろう。今日は何時もより仕事をした方だぞ?」
「ホントかなあ」
「俺が嘘をつくはずが無い」
(ただ少し、脚色しているだけだがな)
太朗はまだ疑っているようで、少し眉を顰めた表情で自分を見上げている。
何だかその表情がおかしくて、ここに太朗がいるということが嬉しくて、上杉は思わず太朗の身体を自分の方へと向き直させると、
「ふむっ」
チュク
いきなり唇を重ねると、太朗が抵抗する間もなく舌を絡め、濃厚なキスにしていく。もう半日以上、クリスマスは過ぎてしまったが、
恋人同士で過ごす時間はこれからでも十分だ。
(たっぷり、付き合ってもらうからな、タロ)
せっかく太朗がここまで来て驚かせてくれたのだ。今度は自分の方が太朗に身を持って愛情を示す番だなと、上杉はキスを解く
ことも無く、楽しそうに目を細めて笑った。
end