シエン&蒼編
トントンと軽く扉を叩く音に、書面に視線を落としていたシエンは顔を上げた。
「入っていーい?」
シエンは思わず笑みを浮かべる。この部屋に許可なく入ってこれる立場のはずなのに、毎回こうして入室の許可を窺う様が微笑
ましい。
シエンは立ちあがると、自ら扉を開けた。
「いらっしゃい、ソウ」
「入ってい?」
「もちろんですよ。あなたは私の妃、このバリハンの皇太子妃なのですから」
「・・・・・そっか、そうだった」
照れ臭そうな笑みを浮かべる少年に笑い掛けたシエンは、そっとその肩を抱き寄せて部屋の中に招き入れた。
バリハン王国第一王子、シエンの妃である五月蒼(さつき そう)は、この国の人間ではない。神がつかわして下さった《強星》
であり、手に入れたらこの世界の覇者になれるとまで謳われた存在だった。
しかし、シエンは《強星》としての蒼ではなく、1人の人間として蒼を愛し、数々の問題を乗り越えて正式な妻とした。
今、シエンはこの上もない幸せのただ中にいる。
蒼が様々な男達を惹き付けてしまうことは少々問題ではあるが、彼の前向きな気持ちにシエンも引っ張られていき、今は政にも
積極的に取り組み、近々父王からの譲位もという話がきていた。
以前はまだ早いと思っていたが、今は心づもりも出来ていた。そのせいで、最近は蒼と共にいる時間が少なくなってきたのには
申し訳なく思っているが、蒼はきっと分かってくれている・・・・・そう思っていた。
(あ・・・・・、やっぱり青白い)
最近はかなり仕事に精力的に取り組んでいるシエン。
もちろん、それは立派なことだと思うが、そのせいで少し疲れがたまっているように見えた。
「良かった〜、今日にして」
「え?」
自分の言葉を聞いてシエンは首を傾げる。
「あのねー、今日はクリスマスにしたんだ」
「くりすまあす・・・・・ああ、ソウの国の祭りですね」
「そう!」
蒼は日本での様々な行事を、このバリハンの国の中でも取り入れていた。
もちろん、四季の違いがあって、全て同じというわけではなかったが、それでも楽しいことは一つでも多くあった方がいいと思い、蒼
は積極的に皆に教えている。
クリスマスも、シエンには話した。
サンタがくれるプレゼントや、白くて冷たい雪の話。シエンはどんな話も楽しそうに聞いてくれたが、このクリスマスの話も温かい祭
りですねと言ってくれた。
「ですが、どうして今日?」
「シエンに、プレゼントあげたいって思ったから」
「私に?」
「その仕事終わったら、裏庭に来て!待ってるぞ!」
「あ、ソウッ」
何をプレゼントするかは、後のお楽しみだ。蒼は、きっとシエンが喜んでくれる・・・・・そう信じていた。
蒼が突然何かを思い立つのは珍しいことではなく、今回もふと考えたことなのではないかと思った。
蒼がどんなことをして自分を驚かせてくれるのか、シエンは考えるだけで胸が湧きたち、早々に仕事を切り上げて、蒼が待っている
だろう宮殿の裏庭へと向かった。
「あ、シエン様」
「今からですか?」
「今から?」
「ソウ様が張りきっていらっしゃいましたわ」
「そうか」
行きかう召使達から次々と掛かる言葉。
どうやら今回の蒼の企みは、宮殿の召使達には知られているらしい。いったい、何をしてくれるのか、シエンは考えただけでも足が
弾む思いがしていた。
「シエン!」
シエンが裏庭に来ると、既に待っていたらしい蒼が立ちあがって手を振っている。
青空に、満面の笑顔の蒼。シエンはその光景に眩しそうに目を細めた。幸せの形がそこにある・・・・・そんな思いがしながら、シエ
ンは蒼の傍へと近づき、少し丸みのとれた頬に手をやった。
「お待たせしました」
「うん、待った!」
「すみません」
シエンはそう言いながら、蒼の周りに視線をやる。
そこには座るために使う敷布と、膝に掛ける布、後は、水差しと器。
(確か、私にぷれぜんとをくれると言っていたが・・・・・?)
ぷれぜんとというのが、贈り物ということは分かっているが、そられしいものはどこにも無いようだ。蒼はいったい何をしようとして
いるのか、この段階になってもシエンは全く分からなくなった。
「ソウ、あなた・・・・・」
「ちょっと待って」
蒼はシエンの言葉を遮ると、側の木の前に敷布を移動し、自分が木に背を預けるように足を伸ばして座って、おいでおいでと
シエンを呼んだ。
「・・・・・ソウ?」
「ここ、ここ寝て?」
蒼がポンポンと叩いたのは自分の膝だった。
シエンへのプレゼント。
出来れば、この国には降ったことが無いらしい雪を見せてやりたかったし、大きなケーキも作ってやりたかったが、雪はとても無理
だし、料理は特別な日だけではなく何時でも作ってあげたい。
王子であるシエンに相応しい物をと考えればきりが無く、自分にはそれだけの資金も無いじゃんと思ってしまった時に、ふと、蒼
が思い付いたのは、シエンに特別な時間・・・・・ほっと出来る時間を作ってあげたらどうだろうかということだった。
最近のシエンは、近付く王位継承のために、仕事も多くなってなかなか休みが取れない。
そんな彼に、少しでもゆっくりした時間をとってもらえたら、最近の疲れたような表情も消えるのではないかなと思った。クリスマスプ
レゼントというのは、本当はただの口実だったのだ。
思い付くと、蒼は直ぐに行動した。
王に相談して、シエンに半日の休みを貰い、カヤンに聞いて疲れが取れる薬湯も作った。
寝心地の良い敷布と掛け布も貰って、快適な天気の日を待って。
ようやく、それが今日になり、全て準備をしてから、シエンを誘いに行った。
「ここに・・・・・ですか?」
「そ!」
戸惑いながら自分の傍に膝をついたシエンの腕を強引に引っ張り、蒼はそのままシエンの頭を自分の膝に動かす。
膝枕をして、手を伸ばして掛け布をしてやると、まるで養い子のリュシオンにしてやるように、ポンポンと軽く肩を叩いた。
「ゆっくりしてよ」
「ソウ・・・・・重くはないんですか?」
「ぜ〜んぜん。ラクショーだって」
それでも、寒くなるまでこうしていると、もしかしたら足も痺れてしまうかもしれない。
(・・・・・大丈夫だよな)
自信満々で始めてしまったことに、後になって泣き言は絶対に言えないなと思いながら、蒼は頭の中に思い付いた子守唄を歌い
始めた。
初めは落ち着かなかったシエンだったが、蒼の歌を聞きながら目を閉じると、何だかとてもホッと身体の力が抜けてきた。
(本当に・・・・・ソウは私を驚かせてくれる)
生まれた時からこの宮殿で暮らしてきたシエンだが、その庭で、誰かの膝で一休みにするなんて考えたことも無かった。これは、
他の世界から来た蒼だからこそ思い付いたことなのかもしれない。
「・・・・・」
一曲を歌い終えたらしい蒼が、どう?と、聞いた来た。
「ゆっくり出来る?」
「ええ・・・・・とても」
「今日は、半日お休みだよ。ゆっくりしてね」
その言葉に、ああ、やはりと思う。シエンが蒼の変化を注意深く見ているように、蒼の方も自分の様子をよく見てくれているのだ。
最近の自分の多忙を心配して、こういう機会を作ってくれたのだろう。
「ありがとうございます、ソウ」
「どーいたしまして」
「素晴らしい、ぷれぜんとです」
贈り物、ぷれぜんと。蒼は新しく、素晴らしい文化を取り入れてくれたようだ。
(今度は、私がソウに何か贈り物をしよう)
物欲の無い蒼には、いったいどんなものを贈ったら喜んでくれるだろうか。考えるのは大変そうだが、何だか楽しいと思ってしまうの
が不思議だった。
(ソウも、こんな思いだったのだろうか・・・・・)
大切な相手に贈る、一番喜んでくれるもの。
「・・・・・シエン?寝た?」
「・・・・・」
「寝ちゃったか・・・・・」
寝ていないですよと答えようと思いながら、シエンは幸せな気分のまま深い眠りへと落ちていった。
end