マコママシリーズ編






 「もう・・・・・たかちゃん、いい加減に教えてよ、ね?」
 「や!」

 「・・・・・」
 自室で部屋着に着替えた海藤貴士(かいどう たかし)は、リビングから聞こえてきたにぎやかな声に笑みを漏らした。
子供時代から親の愛情が薄く、今現在開成会というヤクザの組の長である海藤にとって、今の幸せは毎日が夢のようなものだっ
た。
 西原真琴(にしはら まこと)と出会って人を愛するということを知り、2人の間に貴央(たかお)という子供を授かって、家族の温
かさを知った。
一度手に入れたこの幸せを失うことはとても怖いし、きっと子の幸せを守るためならば、自分はどんなことでもするのだろう・・・・・
今の海藤はそう思っていた。

 しかし、今はとりあえずこの言い合いの原因を探った方がいいかと思いながら海藤がリビングに行くと、真琴と貴央は向かい合っ
ている。
 「どうした?」
 海藤の言葉に、真琴は困ったような眼差しを向けて来た。
 「たかちゃん、サンタさんに何を頼むかどうしても教えてくれなくて」
 「サンタ?」
 「もう、明後日がクリスマスなのに・・・・・たかちゃん、教えてくれないと、サンタさんに頼めないよ?ね?」
 「・・・・・」
 「そうか、もう23日だったな」
子供にとっては、年に1回の楽しい日。そういえば数日前から貴央は何やらクレヨンで書いていたが、もしかしたらあれがサンタへ
の手紙だったのではないだろうか。
(どうして、真琴に言わないんだ?)
 貴央の歳で、サンタの正体を知っているとは考えにくく、それならばよほど真琴に言い難い物だと考えるしかない。
毎日一緒にいて、母親である真琴が一番好きな貴央のその態度はいっそ不思議で、海藤は腰を下して貴央を抱き上げた。
 「俺には言えるか?」
 「・・・・・」
 「俺は毎日仕事で外に出ている。サンタと会える機会もあるかもしれないぞ?」
 自分と一緒にいる真琴と、毎日出掛ける海藤。
 「うん!」
呆気なく、貴央は海藤の策に落ちた。

 それでも、真琴には内緒にしたいらしい貴央の様子に、海藤は一緒に風呂に入ろうと言った。
 「ふぁー、こーらく、こーらく」
 「極楽、だ」
子供に対するには生真面目な指摘かと思いながら、海藤は貴央を抱いて湯船へと浸かった。
毎日毎日、成長したなと思うが、こうして裸で向かい合うとそれを強く感じる。生まれた時は片手に乗るかと思うくらいに小さかった
のに、今はこんなにはっきりと自己主張をするほどに育ってきた。
(今からこんなに頑固なら、将来は大変だな))
 しかし、そのやり取りも楽しいものになると思うが。
 「貴央」
広い湯船の中で向かい合い、海藤は濡れた前髪をかきあげてやりながら言った。
 「今は2人だけだ。話してくれるな?」



 「もう、たかちゃん、海藤さんにばっかり懐くんだから」
 普段一緒にいられないので、海藤は少しでも時間が空くと貴央の世話をしてくれる。真琴が出来ないような肩車もしてやるし、
根気強く相手をするので、貴央の中の海藤の株は相当に高い。
(でも、俺に内緒にするなんて・・・・・)
 たかがクリスマスのプレゼントだ。
この歳で、クリスマスプレゼントを誰が持ってくるかなんて正確には知るはずが無いし、少しでもヒントをくれたら貴央の欲しい物を
あげられるのになと思う真琴は少し落ち込み気味だ。
 「やっと、感情が豊かになってきて、喜ぶ顔が見たいのに・・・・・」
(あんまり冷たいと、たかちゃんの嫌いな茄子を枕元に置くからねっ)

 それからしばらくして、風呂から出てきた貴央は上機嫌だった。
夕食も残さず食べ、きちんと歯も磨いて、早々におやすみすると言って寝室へと向かった。
 最近は夜ふかしも覚え、なかなか眠ってくれなかったのにと不思議に思いながら、真琴は食事中の光景を思い浮かべた。

 「ね、たかちゃん、海藤さんと何話したの?」
 「なーしょ、ね〜」
 「内緒だそうだ」

海藤と顔を合わせ、頑固に言わなかった貴央は仕方が無いとしても、海藤まで秘密にするなんて、仲間外れにされたみたいで面
白くない。
やがて、ことんと眠ってしまった貴央の顔をしばらく見つめていた真琴は、絶対海藤に白状させると決意してリビングへと戻った。



 リビングに戻ってきた真琴の顔は、何かを決意しているかのように硬い。
その理由が容易に想像出来た海藤は、ふっと笑いながら立ちあがって真琴のためにミルクティーを作ってやった。
 「・・・・・賄賂ですか?」
 「ん?」
 「たかちゃんのプレゼントを内緒にする」
 「馬鹿」
 海藤は立ったままの真琴の腕を軽く引くと、ソファに並んで座る。
 「俺が知って、お前に話さないわけはないだろう?」
将来は分からない。もっと貴央が大きくなって、真琴に言えないこと、反対に海藤に言えないことが増えてくるかもしれない。
その時は簡単に話さないかもしれないが、貴央の今の歳で、その気持ちをもう1人の親、それも、貴央をこの世に生み出した真
琴に秘密にするつもりは無かった。
 それに・・・・・。
 「貴央のプレゼントは、俺達が協力しないと渡せないものだ」
 「・・・・・え?」
海藤の言葉の意味が分からずに首を傾げる真琴を見ながら、海藤は浴室での貴央との会話を教えてやった。

 「たーちゃん、あかほしーの!」
 「・・・・・赤?」
 「うん、あか!かわいーするの!」
 小さな両手を前に突き出し、ユラユラと揺らす仕草をする貴央。それを見て、海藤はようやく《赤》の正体が分かった。
 「赤ん坊が欲しいのか?」
 「あか!」
クリスマスプレゼントに兄弟を望む貴央をじっと見つめた海藤は、自然に頬が緩んでくるのを止められなかった。
欲しいおもちゃも、お菓子もあるだろうに、貴央が望むのは唯一、自分の兄弟。自分がまだ世話をされる立場だというのに、世
話をしてやろうと思っているのだろうか。
 「2人目、か」
 海藤は1人っ子だが、真琴の兄弟を見ると、漠然とだがいいなと思っていた。
何があっても、1人ではなく、血の繋がった味方である誰かがいる。まだ2歳の貴央がそこまで考えていないかもしれないが、誰
かを世話しようと思う気持ちが何だか誇らしかった。

 「あ、赤ちゃんですか?」
 海藤が頷くと、初めは呆気にとられたような表情をしていた真琴の顔が、徐々に赤く染まっていくのが分かった。2人目をつくる
のに当然するだろう行為を思い浮かべたのかもしれない。
 「で、でも、どうして俺に内緒なんて・・・・・」
 「お前にとってもプレゼントだからみたいだぞ」
 「俺への?」
 「赤ん坊は母親の腹の中にいるだろう?貴央にとっては、赤ん坊は自分へのプレゼントと同時に、お前にとってもプレゼントだと
思っているらしい。だから、内緒だそうだ」
 「・・・・・そっか・・・・・」
 「仲間外れじゃないぞ」
 海藤がそう言うと、真琴は恥ずかしそうに笑う。その顔を見れば、やはりそう思っていたのかと、一言付け加えて良かったと思え
た。
明らかに安堵した様子の真琴の肩を抱き寄せた海藤は、その顔を覗き込みながらからかうように言う。
 「どうする?プレゼントは」
 「ど、どうするって・・・・・」
 「兄弟は多い方がいいと思わないか?」
 「そ、それは・・・・・」
 「今年のプレゼントには、ちょっと間に合いそうにもないが」
 そもそも、男である真琴がどうして妊娠したのか、それはまだ解明されていないし、それが一度だけなのか、それとも何人も大丈
夫なのかも分からない。
それでも、海藤はもう自分の血を引いた子供はいらないとは思わない。貴央を育てていると、真琴との間にならば何人いてもいい
かとさえ思っていた。
 「俺は欲しいな」
 「か、海藤さん」
 「お前からのクリスマスプレゼントとして・・・・・どうだ?」
 「俺・・・・・んっ」
真琴の答えを聞く前に、海藤はその唇を塞いだ。

 2日後のクリスマス。
貴央は可愛い自分の兄弟を期待しているようだが・・・・・それはもう少し時間がかかりそうだ。
(サンタには、しっかりと約束しておくからな)
 自分が子供の頃は全く信じていなかったサンタにこんな風に願う自分がおかしくて、海藤は自然と緩む頬を隠しもせずに、赤い
真琴の頬に自分の頬を寄せた。





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