ラディスラス&珠生編
「ふ〜ん、ぷれぜんと交換ねえ」
「面白そうだろ?」
「渡すものが分からないっていうのは面白いかもな」
「面白いよ!・・・・・ね、ラディも俺にあげたいな〜って思わない?」
「それなら、お前も俺にくれなきゃな」
「・・・・・まあ、そっか」
「それも、いいかもな。よし、タマ、ぷれぜんと交換してみるか?」
一体、どんな話からそんなことになったのか、水上珠生(みなかみ たまき)は今考えてもよく覚えていなかった。
男は珠生が暮らしていた現代の話をよく聞きたがり、その中で、様々な年中行事の話もしたが、クリスマスのプレゼント交換とい
うことが、どうやらラディスラスには引っ掛かったようだった。
本来は、サンタから貰うクリスマスプレゼント。しかし、親しい間柄ではお互いに贈り物をしたりもする。
ラディスラスはそれを珠生とすると言うのだ。
現代日本から、不思議な力で来てしまった世界。
中世ヨーロッパのような世界の海賊の頭領、ラディスラス・アーディンと出会い、海賊船エイバルで様々な冒険をしてきた。
死に別れた父にも会え、当初は帰りたくてたまらなかった現代への思いも薄らいで、今は自分はこの世界で生きるのだなと思い
始めている。
もちろん、そんな自分の隣には、この俺様で、優しい男がいることが大前提なのだが。
ヴィルヘルム島での宝探しを終え、一度ジアーラ国の王都の港町、レティシアに寄り、明日の朝には再び出港をする。
それまでの半日、乗組員達には休暇が与えられ、それは珠生も、そしてラディスラスも同様なのだが・・・・・。
(お金無い俺には不利じゃないか?)
数少ない港町の市場を覗き込みながら珠生は考える。何を買うのにもお金はいるが、自分が持っているのは小遣い程度の金
貨と、ヴィルヘルム島で見付けた宝石の原石の欠片だけで。
「う〜ん・・・・・」
「タマ、何か欲しい物があるんですか?」
「アズハル・・・・・」
珠生の1人歩きは厳禁だと、お目付け役のようにアズハルが一緒に行動してくれている。子供じゃないのだと思うものの、彼の
存在が心強いのは確かだった。
「欲しい物・・・・・ねえ」
「?」
「あるよーな・・・・・ないよーな?」
(大体、ラディが何欲しいか分かんないし)
「俺が貰うだけだったら楽なのに」
それではプレゼント交換にはならないかと、珠生は溜め息をつきながら視線を動かして・・・・・やがて、ある店で視線を止めた。
「あれ・・・・・」
(タマが欲しい物ねえ)
ラディスラスはのんびりと町を歩きながら考えていた。
ヴィルヘルム島の最後の夜、半分騙すように散々抱いてしまった後は、珠生は少々不機嫌になっていた。
今はもう忘れているが、この先もあの身体を抱く為に、少々機嫌を取っておくことは当然だと思っている。思ってはいるものの、
珠生の欲しがる物といってもなかなか脳裏に浮かばなかった。
物欲が無いのか、宝石の原石も小さなものでいいと言っていたし、服も、金も・・・・・いや。
(金は時々欲しいと言ってくるな、菓子を買うために)
ラディスラスはふっと笑みを漏らした。
もう十分、大人のはずなのに、言葉や行動はまだまだ子供な珠生が可愛い。あの可愛い存在を喜ばすためにいったい自分は
何を贈ったら良いのだろうか?
「山盛りの菓子に・・・・・肉?」
それならば、何時もと変わらない。
「・・・・・濃厚なキスと、俺の身体、とか」
きっと、蹴りを入れてくるだろう。
「う〜ん」
考えれば考えるほど、大切な相手に渡すぷれぜんとと言うものは難しいなと、ラディスラスはあても無く町の中を歩き続ける。
「・・・・・ん?」
その時、一軒の店の前で足が止まった。
「あれは・・・・・」
そして、夕食時。
明日の朝出発するために、通常よりも早く乗組員達が交代で食事を済ませ、今食堂の中は調理長のジェイと、数人の調理番
の乗組員達が明日の下ごしらえをしていた。
「ラディ、見付けた?」
「ああ。きっとお前が喜ぶものだぞ」
「ふふ、俺も、ラディ、びっくりすると思うよ。ねえ、どっちから見せる?」
「タマからでいいぞ」
珠生はふふっと笑った。
ラディスラスが喜ぶかどうかは分からないが、きっと驚くだろうというのは確実だ。
少し待ってと言って、先程食堂の隅へと隠していた物を手に取り、布を被せた状態でテーブルの上に置いた。
「どうぞ」
「開けていいのか」
「うん」
ラディスラスは一度珠生の顔を見て・・・・・やがて、思い切ったように布を取った。
「こ・・・・・れ」
「凄いだろっ?」
珠生の腕では一抱えもありそうなほどに大きなタコの塩茹で。茹でた状態でこの大きさなのだ、市場で売られているのを見た時は
化け物かと思ってしまったくらいだった。
アズハルが上手に交渉してくれたおかげで、何とか手持ちの金で買うことが出来、ジェイに協力してもらって丸ごと茹でた。
チラチラとこちらの反応を見ていたジェイや料理番達も、肩を震わせて笑いを堪えているのが分かる。
(本当は、タコわさでも作りたかったけど、ワサビが分かんないし、そのままの方がインパクトも大きいしな)
大きいので、きちんと安定感があって、首にリボンを結んだタコは無表情でラディスラスを見ているはずだ。
どうだとラディスラスを見ると、彼はしばらくじっとタコを見つめていた後、珠生の方へ視線を向けてきてふっと苦笑を零した。
「さすがタマ、予想外だった」
そうだろうと胸を張る珠生は可愛いが、ラディスラスは予想外のものに本当に驚いていた。
もっと色気のあるものをと期待した自分は、珠生のことをまだまだ分かっていなかったのかもしれない。
(まあ、これがタマだろうし)
「ラディは?何を用意したんだ?」
「俺か?まあ、お前のものに比べたらつまらないものかもしれないが・・・・・」
そう言って、ラディスラスは自分の足元に置いていた物をテーブルの上に置き、もったいぶることも無く被せていた布を取った。
「あ・・・・・」
「タマ?」
珠生の目が大きく見開かれたまま、目の前のものをじと見つめている。
「これ・・・・・」
「本物とは違うかもしれないが、お前が説明してくれたものと良く似ているような気がして」
ラディスラスが足を止めたのは、市場から少し離れていた花屋だった。
元々、緑の多い自然の国と言われていたジアーラには珍しい植物が多く、家々には花を飾るという習慣もあるらしい。その中で
もこれは、珠生の話の中に出てきたものに似ているように思えたのだ。
「凄い・・・・・赤い、ツリーだ」
それに、珠生が言っていたように少しだけ飾り付けをして。
「ベルもある・・・・・」
「似ているか?」
その言葉に、珠生はしっかりと頷いてくれた。
もしかしたら、これを見せることで、珠生が故郷に思いをはせてしまったかもしれない。ラディスラスが全然手の届かない遠い世
界に帰りたいと思ったかもしれないが、それでも、ラディスラスはその雰囲気だけでも味わわせてやりたいと思ったのだ。
「タマ」
「・・・・・すごいよ、ラディ、すごいプレゼント」
「そうか?お前のタコもなかなかだぞ」
今にも泣きそうな珠生を笑わせたくて、ラディスラスはわざとからかうように言うと、珠生は口元を緩めかけて・・・・・クシャッと顔を
歪めた。
とっさにその身体を抱き寄せ、自分の胸に顔を押し付けたのは、何時も元気な珠生の泣き顔を、自分以外の男達に見せたく
はなかったからだ。
「ラディ・・・・・」
「タマ」
「ラディは・・・・・すごいね」
俺の頭の中、きちんと見えているんだと言って、珠生が少しだけ笑う気配がする。
「ここでも、立派にくりすますが出来るんだ、故郷に戻らなくってもいいだろう?」
傲慢な自分の思いをぶつければ、背中に回った珠生の手に力が込められて、うんと微かに肯定する声が確かに耳に届いた。
それが、ずっと自分の傍にいてくれるという珠生の約束の言葉のように感じたラディスラスは、ますます強く珠生を抱きしめ、その
耳元で囁いた言葉は、やはり・・・・・甘いものではなかった。
「このタコ、食べるのに協力してくれよ?」
「・・・・・りょーかい」
end