宗岡&小田切編
小田切裕(おだぎり ゆたか)は、今両手を縛られていた。
しかし、どこかに拉致監禁されているというわけではなく、ここは自分のマンションで、
「裕さん、あ〜ん」
「・・・・・」
目の前には、唯一共に暮らしている図体のでかい飼い犬がいる。
(・・・・・何をやっているんだか)
内心ではそう思うものの、小田切は素直に口を開き、差し出されたケーキを口にした。
「ク、クリスマスプレゼントが欲しいんだけど」
「・・・・・」
大東組系羽生会、会計監査である小田切がそう言われたのはクリスマスイブの夜だった。
真剣な顔をしてソファに座っている自分の前に立ち、見下ろしてくるのは飼い犬・・・・・では、あるものの、一応人間で、警視庁
の白バイ隊員でもある宗岡哲生(むねおか てつお)だ。
出会いは偶然、始めは身体が繋がって、宗岡の方が自分の手の中に堕ちてきた。
いや、こうして、今まではどんな飼い犬にも自分のプライベート空間には立ち入らせたことの無い小田切が、押し切られたとはい
え共に暮らしているのだから、自分の方も多少宗岡に対して心を動かす部分はあったのだろう。
共に暮らして数年。ヤクザと警察官という、水と油の生業を持っている自分達だがそれなりに上手くいっているし、宗岡も慣れ
なかった男同士のセックスを随分習得して、今では自分が泣かされることも多くなってきた。
それでも、最初の躾が功を奏したのか、宗岡が自分に逆らうことは無く、常にかしずくという関係だったのだが・・・・・。
(自分からプレゼントを要求してくるなんて珍しい)
宗岡の方からくれるというのならまだしも、自分にわざわざ要求してくるというのは何か別の意味があるのだろうか。
「何が欲しい?」
興味が湧いてそう聞けば、
「裕さん」
即座に、そう返事が返ってくる。
「私とセックス三昧でもしたいのか?」
世の中の普通の恋人同士がするようなことを言うんだなと、少し苦笑を浮かべれば、違うよと即座に打ち消してきた。
「セックスがしたいんじゃないんだ。いや、それはしたいけど、俺が望んでいるのは裕さん自身なんだよ」
それが、なぜ拘束という手段なのかは分からないが、特に困ったことはない。
お茶を飲むのも、食事をするのも、全て宗岡が世話をするので、自分はただ大人しく、して欲しいことを告げるだけだ。
(どういった心境からかは分からないが・・・・・まあ、今日はクリスマスだしな)
少しは宗岡の希望にそってやってもいいかと、小田切は優雅に足を組んだ。
「私を拘束したいのか?」
手を縛りたいと言った時、さすがに小田切は驚いた表情だった。
しかし、普段の悠然とした表情とは別の顔が垣間見れて、それはそれで嬉しかった。
「うん。あっ、手錠とかじゃなくって、ちゃんと傷や痕が付かないもので縛るから」
「・・・・・」
小田切はじっと自分を見つめる。こんなわけの分からない怪しい要求に頷いてくれるのかどうか、それは本当に賭けのような気
分だった。
12月23日頃から、マンションには次々に小田切宛のクリスマスカードが届いた。
「・・・・・これ、友達から?」
「可愛い犬達からだ」
「・・・・・」
予想はついていたが、改めて言われると複雑な思いがしたが、一方で不思議にも思っていた。カードは届くものの、プレゼントは1
つもないからだ。
小田切の犬と呼ばれている者達が、誰も彼も地位や財力の有る者達ばかりで、プレゼントが買えないというのは無いだろう。一
体どうしてと思っていた宗岡に、その表情を見ていた小田切が説明してくれた。
「私の犬達は賢いからな。誕生日はともかく、クリスマスにプレゼントを贈るなんて無粋なことはしないんだ。何のための祝いか、
意味のない日に物を貰うなんて、私が喜ばないことを知っているんだろう」
「・・・・・それで、カードを?」
「そう。健気で可愛いだろう?」
「・・・・・」
そう言えば、一緒に暮らし始めてから、誕生日には溢れるほどのプレゼントを貰うのに、クリスマスには何時もカードしか送られて
いなかったことに改めて気付いた。
それに・・・・・こんなふうに傲慢な言い方をするものの、小田切がその一通一通に丁寧に目を通し、全てに返事を書いているこ
とも知っている。
(俺は・・・・・)
改めて見せ付けられた小田切と他の男達の結びつきに、宗岡は拳を握り締めた。
その結果が・・・・・今の状況だ。
小田切にプレゼントを渡すのではなく、自分へのプレゼントとして小田切の存在を望んだ。もちろん、セックスだってしたいが、それ
よりも、他のどの犬よりも自分が小田切に一番近い存在だと確認したかったし、小田切にも認識して欲しかったのだ。
「裕さん、右足」
「・・・・・」
自分と同じ男のものとも思えないような綺麗な足。その爪を、自分の膝に足を乗せながら切る。
「動かないでよ、怪我したら大変だから」
「ああ」
自分の我が儘といっていい申し出を、なぜか受け入れてくれた小田切は、適温にされたリビングで、素肌にバスローブを纏った姿
でソファに座っていた。
時々組み替える足の間、バスローブの隙間からチラッとペニスや下生えが覗くたびに下半身が反応しそうになるものの、宗岡は意
識して欲望を押さえ込み、淡々と小田切の世話をする。
綺麗で、強いこの存在が、今は自分の腕の中だ。錯覚だと思っていても、宗岡はその快感に背中がゾクゾクするほどの刺激を
感じていた。
小田切は自分の手を拘束するものを見下ろした。
いったい、どこで、どんな顔で買ってきたのか、シルクのスカーフは手首を傷つけることは無く、肌触りも心地良い。
もちろん、小田切も頭脳専門とはいえヤクザと呼ばれる男だ。腕を拘束されているとしても、足で蹴りをくり出せば、宗岡も無
傷ではないだろう。
それをしない自分と、しないと信じている宗岡。
(これも、一種の信頼関係なのか?)
・・・・・何だか、柄にも無くくすぐったい思いがした。
「・・・・・哲生」
「ん?何」
パチ パチ
爪を切る音だけが響く室内で、小田切は眼下の黒髪を見下ろす。
「楽しいか?」
「うん」
「どこが?」
「・・・・・裕さんが、俺だけのものでいてくれることが・・・・・凄く、幸せ」
心からそう思っていることが分かるような深い響きの声に、さすがに小田切は一瞬沈黙してしまったが・・・・・やがて、拘束された
手で軽く宗岡の髪を撫でてやった。
「お前の幸せは安いな」
「お前の幸せは安いな」
そんなことはないと、宗岡は胸の中で叫んだ。小田切ほどの男を自分だけのものにすることがどれ程歓喜すべきことか、自分の
価値を良く知っているはずのこの人は分からないのだろうか。
(変なところで謙虚なんだからな)
「・・・・・次、手だよ」
「・・・・・」
「・・・・・え?」
拘束している手を取った宗岡は、一瞬何が起こったのか分からなかった。
確かに強くは結んでいなかったが、それでもしっかりと拘束していたはずの小田切の手が何時の間にか自由になっていて、次の瞬
間には爪切りを持ったままの自分の手の方が拘束されていた。
「ゆ、裕さん?」
「犬の中には、マジシャンもいたな」
「え・・・・・」
「クリスマスが終わるまでまだ時間はある。今度は、私がお前を貰うぞ」
「ゆた・・・・・」
そう言いながらリビングの床に宗岡を押し倒した小田切は、その腰に跨ってキスを仕掛けてきた。
ただそれは、濃厚な・・・・・と、いうよりは、じゃれるような可愛らしいもので、本人もクスクスと楽しそうに笑っている。
「ゆ、裕さんっ、これ!外して!」
こんなにも可愛らしい小田切を見て欲情しないわけはなく、宗岡は両手を結ぶスカーフを歯で解こうとしたが適わなかった。
小田切に願う視線を向けたが・・・・・彼はふふっと笑みを浮かべ、反応し始めた宗岡のペニスの上で意味深に腰を揺らすと、相
変わらず意地悪く言う。
「もう少し、遊ばせて貰うぞ」
「・・・・・っ」
自分が主導に立っていたはずが、何時の間にか小田切が決定権を握っている。
甘苦しいクリスマスの夜がどれ程続くのか、宗岡は自分に跨って見下ろしてくる小田切の楽しそうな瞳を、ただじっと見つめること
しか出来なかった。
end