ちゅ〜とキス








 「ちゅーした!」
 何時もの朝。
何時も待ち合わせしている公園で、何時ものように遅刻してきた颯太(そうた)は、何時ものように待ってくれている伸明(のぶあき)
に向かて突然叫んだ。
 「ケンと?」
 小学校までは颯太より小さかった伸明は中学に上がってからめきめきと成長し、二年に進級した今は伸明の方が5センチほど背
が高くなっていた。
それにつれて、女の子からの人気もうなぎ上りで、いつも一緒にいる颯太は面白くないこともしばしば遭遇する。
昼休みや放課後、告白されるために呼び出されていく伸明の後ろ姿を見送るのは悔しいし、なぜか寂しかった。
 そんな颯太が昨日経験した自分自身でも驚くような出来事を、誰よりも一番に伸明に教えたかった。
 「ケンは犬だろ!違うよ!人間!女の子と!」
 「・・・・・」
 「あっ、嘘だと思ってるだろ?昨日委員会で俺遅くなったろ?その時田代と帰りが一緒になってさ、そしたら田代に急に好きだって
言われ・・・・・あ!待てよ!」
 最後まで話を聞かずに歩き始めた伸明を慌てて追いかけると、颯太は怒ったように口を尖らせた。
 「どうしてちゃんと聞いてくれないんだよ〜。あ、まさか、俺が先にちゅうしたからって怒ってるんだろ?」
 「そんなんじゃないよ」
 「じゃあ、どうして・・・・・」
 「付き合うのか?」
女の子達から王子様みたいと言われている伸明の綺麗な顔が目前にある。
こんなに間近で顔を見るのは久しぶりで、颯太はなぜかドキドキしてしまった。
 「え、え〜と、何?」
 「その子と付き合うのかって聞いてるんだよ」
 「へ?」
 「好きだって言われて、キスしたんだろ?それって付き合うってことじゃないの?」
 「あ〜いや〜・・・・・どうなんだろ」
 「・・・・・ガキ」
 「何だとっ?」
 「ど〜しようもないガキだよ!」
 いきなりカバンで颯太の背中をバンッと叩くと、伸明は早足で歩き始めた。
一瞬呆然としてしまった颯太は、ハッと我に返ると伸明を追いかける。
(どうしちゃったんだよ、あいつ)
何時もは穏やかで、颯太の子供のような言動にも呆れないで付き合ってくれている幼馴染の、初めて見せるような感情的な行動。
颯太は何が原因なんだろうとめまぐるしく考えるが、思いつくことは唯一つ、今話したばかりのちゅーの話。
(でも、伸明なんてとっくにちゅーなんかしてるんじゃ・・・・・していないのか?)
いつも数歩自分より先を歩いている伸明が、ちゅーも経験していないとは考えにくい。しかし、それしか思い浮かばなかった。
 「伸明!」
 「・・・・・っ」
 やっと追いついた颯太は伸明の腕を掴んだ。
 「お前変!何怒ってるんだよ!」
 「・・・・・怒ってない」
 「怒ってるよ!俺、何かした?女の子とちゅーしたこと、怒ってるのか?」
 「・・・・・鈍感!」
 「え・・・・・っ!」
 ぐいっと襟首を掴まれて引き寄せられた瞬間、伸明の顔がアップになったかと思うと、ガツッと歯が何かに当たった。
 「・・・・・今?」
歯が当たる寸前、唇に触れた柔らかい感触。それが伸明の唇だと気付いた瞬間、颯太の顔は見事に真っ赤になった。
(の、伸明と・・・・・ちゅー・・・・・した)
 「お、お前・・・・・」
 目の前の伸明はほんのりと目元を赤くしているもののその表情は怖いほど真剣で、反射的に抗議をしようとした颯太の口を閉じ
らせた。
 「俺にとって、今のはキスだよ」
硬い声で伸明は言った。
 「好きな相手にする、好きだっていう意味のキスだから」
 「す、好きって、俺、俺達、男同士・・・・・」
 「そんなの関係ないくらい、僕はずっと前から颯太が好きなんだよ。好きな相手が他の奴とキスしたって聞いて、良かったねって言
えると思う?」
 「そ、それは・・・・・でもっ」
 「おまけに、颯太はちゅーしたってはしゃいでる。それって、ケンがじゃれ付いてきた時と同じにしか見えないよ。キスって、特別な行
為だと僕は思ってる。本当に好きな相手としか、僕はキスしたいと思わないよ」
 「じゃあ、今のが伸明の・・・・・?」
 「・・・・・その言葉だけで、颯太が僕の事をどう見てたか分かったよ。・・・・・もういい」
 諦めたように笑うと、伸明は再び颯太を置いて歩き始めた。
(伸明が俺のこと・・・・・好き?)
 心の中で何度も繰り返す。
不思議と嫌だとは思わなかった。男同士ということや、幼馴染ということが頭の中に浮かびはするが、颯太にとっても伸明は特別な
存在で、好きだと言われて戸惑いはするものの、心のどこかで嬉しく思っているのも確かだ。
あれ程人気のある、あんなに綺麗な伸明が、こんなオコサマの自分を特別に思ってくれている。
 「伸明!」
 いったん気持ちが高ぶると止められなくて、颯太は再度伸明を追いかけた。
何時もの癖なのか、それとも仕方なくなのか、伸明は足を止めてくれている。
それが嬉しかった。
 「伸明!ちゅー・・・・・じゃない、キスしよう!」
 「え?」
 突然の言葉に、さすがの伸明も驚いたように目を見張る。
それに、ニカッと笑い掛けると、颯太は今度は自分から伸明にキスをした。唇を合わせるだけのオコサマなキスだが、今度は歯がぶ
つからなかっただけ上出来だ。
 「颯太・・・・・」
 「俺も、キスは好きな奴としかしない!だから、初めての相手はお前だから!」
 「颯太・・・・・っ」
 見る間に浮かぶ伸明の綺麗な笑顔。その顔が見れるのは自分だけだと、颯太は自分も嬉しくて全開の笑顔になる。
2人の気分は盛り上がるが、今日は平日で、今は朝で、登校の途中・・・・・。
 「あ!遅刻するぞ!」
 「ホントだっ、颯太急いで!」
 自然に伸明は颯太の手を掴んで走り出した。
 「伸明っ、顔真っ赤!」
 「颯太もだよ!」
何時もと同じ登校風景だが、2人の心境は180度変わった。
(帰りもキスしちゃお!)
2人だけの新しい関係に、颯太は主導権は自分が取るぞと固く決心していた。





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