江坂&静編





 「・・・・・はぁ」
 リビングに入るなり、静が小さな声で溜め息を付いたのに江坂は気付いた。
彼がもっと友人達といたいと思っているのはよく分かっていたが、それでも江坂は静のその気持ちに気付かないふりをして自分達
が住むマンションへと戻ってきた。
(これ以上、引きずられてはたまらない・・・・・)



 海藤が差し出したホテルのスイートルームのカードキー。
ホテルのグレードとしても悪くはなかったし、今すぐにでも静を抱きたいと思っていた自分からすればそのままホテルに宿泊するのが
早道だったかもしれないが、全てを手配されて静を抱くなど到底出来なかった。
 「静さん」
 「あ・・・・・今日はありがとうございました、江坂さん。一緒に行ってもらって、俺すごく楽しかった。江坂さんは?」
 「・・・・・私も、楽しかったですよ」
 「本当に?良かったあ。せっかく江坂さんが誘ってくれた食事を断っちゃって」
 「・・・・・」
(全く、そうだな)
 「でも、俺、江坂さんにも一緒に楽しんでもらいたくて。2人でいるのも嬉しいけど、みんなといるのも楽しくて・・・・・江坂さんも
友達と一緒なら・・・・・」
静の言葉を聞いていた江坂は、耳慣れないその言葉を聞きとがめて思わず聞き返した。
 「・・・・・友達?」
 「え、だって、海藤さんや上杉さんと友達なんですよね?」
 「・・・・・」
(それは・・・・・随分面白い勘違いだな)
 確かに彼らは同じ大東組という系列の中にいるが、本家の理事をしている江坂にとっては海藤も上杉も格下の存在だ。
権力を笠にきる、歳だけ食った他の理事達と一緒にはなりたくはないが、江坂は自分の力にそれなりの自信も持っている。
馴れ合うということが嫌いな江坂にとって、こうまで海藤達と共に過ごすことが多くなったのは、ひとえに静の為だ。静の笑顔が見
たいから、何より静が望むから、江坂はこうして他人といることを受け入れているのだ。
(全ては、お前の為だ、静・・・・・)



 「江坂さん?」
(何か・・・・・間違ってた?)
 江坂の言葉に間が出来たような気がして、静は不思議そうに聞き返した。
 「あの」
 「静さん、疲れていませんか?」
不意に、江坂は全然別のことを聞いてきた。
今夜は楽しいばかりで全く疲れていない静は、首を振って全然と答える。
 「そうですか」
静の答えに満足したような笑みを浮かべた江坂は、そのまま手を伸ばして静の腕を引っ張ると、
 「え?」
いきなり大きなリビングのソファに静を仰向けに押し倒した。
 「え、江坂さん?」
 「今夜はクリスマスですよね」
 「そ、そうですけど、あの、この体勢、恥ずかし・・・・・」
 「では、このままあなたを頂いても構いませんよね?」
 江坂の言葉がどういう意味なのか、今更静は全く判らないというつもりはなかった。暖かなセーターの中に入り込んだ江坂の手
が、シャツのボタンを外し始めても抵抗することもない。
自分と江坂は恋人同士で、身体を重ねるということも当たり前のことで・・・・・ただ、こんなリビングのソファの上という場所でいき
なりというのは途惑うものの、それでも静は江坂を受け入れる。
それでも・・・・・彼がどうしていきなりこんな態度をとったのか、その意味は知りたいと思った。
 「江坂さん」
 「・・・・・」
 「俺、何か、怒らせました?」
 「・・・・・」
素肌に触れていた江坂の手が止まった。



 江坂は舌打ちを打ちたい気分だった。
どんな時でも穏やかに、優しく、静に自分の感情の荒れを感じさせないようにと気をつけていた。
今が恋人という関係であっても、始まりは江坂の強引とも言える同居の要求からだ。そして、自分がヤクザであるという事も、卑
下はしていないが静にとってはネックかもしれないと、ことさらに威圧的なことはしないようにとも思っていた。
 「・・・・・私が、怖いですか?」
 怒っているのかと思わせるほど、今の自分は恐ろしい顔でもしているのだろうか。
そう思って聞いた江坂に、静は違うと言うように江坂の腕を掴んだ。
 「怖くなんてないです。ただ、江坂さんが何か嫌な思いをしたんなら、俺だって・・・・・嫌だから」
 「・・・・・怒ってはいませんよ。少し、妬いただけです」
 「妬いた?」
 「あなたがあまりに楽しそうだったから・・・・・彼らに妬いただけですよ」
半分本当で、半分は嘘だ。
いくら静が彼らと仲がいいとはいえ、だからといって自分の存在が負けるとは思っていない。ただ、こう言えば静も納得するであろう
理由だとも思った。
案の定、静は少し驚いたように目を見張っていたが、直ぐにくすぐったそうに笑うと、江坂の止まってしまった手を服の上からそっと
押さえて言った。
 「プレゼント」
 「プレゼント?」
 「カードを見てくれたら、そんな心配しなくて良かったのに・・・・・」
静の言葉に、江坂は先程ホテルで貰い、今はリビングのローテーブルの上に置かれた包みを見る。
薄くて軽いそれが何だろうと思っていたのだが、中身はどうやらカードらしかった。



 江坂にあげるプレゼントは何がいいのかと本当に迷った。
身に着けている物も使う物も、彼は値段もそうだが本当にいい物しか側に置かない。いくら大企業の息子とはいえ、まだ学生の
身分である静にとってはとても手が出せないし、考え付かなくて・・・・・迷った挙句、外国製の綺麗なカードを贈ることにした。

 大好きで、大切なあなたへ。
 ずっと傍にいて欲しいから、ずっと傍にいさせてください。

 拙い文章でも思いを込めて綴った言葉。
それを見れば、江坂も見当違いの妬きもちなどやかなくて済んだのに・・・・・そう思う反面、それほどに思われて嬉しくて、静は普
段は人形のようだと言われる整った顔に鮮やかな笑みを浮かべた。





 綺麗な静の綺麗な笑顔。
江坂は言葉にならない自分の気持ちを伝えるように、そのまま身を屈めて静に口付けた。その口元には、自然に浮かんでしまっ
た苦笑がある。
(まいったな・・・・・)
 静の心をコントロールしているつもりが、静は静のままだった。柔軟で柔らかな心は、江坂の妄執をも全て受け入れて昇華して
くれている。
 「・・・・・愛してますよ」
合わせるだけの口付けを解いてそう言うと、俺もですと直ぐに答えてくれた。
 「どれくらい?」
 「え?」
 「どれくらい、私を愛してくれていますか?」
 いったい静はどう答えてくれるのか。そう思って聞いた江坂に、静はん〜っと考えていたようだが、不意に何かを思い付いたように
江坂に言った。
 「江坂さんは?その、どの位俺のこと・・・・・好きでいてくれますか?」
 「私ですか?もちろん、誰よりも一番・・・・・いや、言葉にはなかなか出来ないですね」
 「じゃあ、俺は、江坂さんが俺を想ってくれている以上だから、言葉には出来ません」
 「・・・・・なるほど」
言葉遊びのようだが、その想いは確かにお互い真実だ。
江坂は頭の良い静の切り返しに満足し、そのまま唇を柔らかな頬に寄せた。こんな場所で抱くのはスマートではないと今までは
思っていたが、たまには欲望のまま流されてもいいかと思った。
(クリスマスだしな)
そんなことを思う自体が自分らしくないのだが、きっとこれも自分の中の一部なのだろう。
 「今夜は少しだけ、乱暴にしてもいいですか?」
 「・・・・・どんな江坂さんも好きですよ?」
自分を甘やかしてくれる静のその言葉に素直に甘えようと、江坂はゆっくりと自分のネクタイに手を掛けた。





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