伊崎&楓編
目の前で、赤いサンタの衣装がクルクルと回っている。
伊崎は眩しい思いでその姿を見つめていたが、見ているのはどうやら伊崎1人だけではなかったようだった。
この時期、商売でサンタの衣装を着ている者達は多いが、楓の着ているものはそんな安っぽいものではない。手触りや着心地
に拘ったと綾辻が笑いながら言っていた通り、柔らかそうな見た目は思わず触れてしまいそうになるほどだった。
ホテルからまだそれほど離れてはいない道。
クリスマスのこの夜は、やはり人波はかなり多いようだ。
「楓さん」
電話で呼び出した迎えは、そろそろ約束の場所に着く頃だろう。
「なんだ?」
くるっと振り向くと、楓の頭の上で帽子の先の白いボアも揺れる。
言葉で言う以上にこの衣装が気に入っているらしい楓は、何時も以上ににっこりと可愛らしく笑っていた。
「本当に宿泊しないで良かったんですか?」
「うん。元々泊まるつもりは無かったし」
「え?」
「せっかくサンタがやってくるのに、良い子が眠っていなかったら悪いだろう?」
楓の言葉に、伊崎はようやく気が付いた。
確かに毎年、楓にプレゼントを渡しにやってくる2人の無骨なサンタ。その手筈は伊崎が全て整えているので、何を贈っているの
かは全て記憶に留めてある。
幼い頃は本当にサンタからのプレゼントが来たと喜んで報告をしに着ていた可愛らしい子供は、何時からかプレゼントを片手に
溜め息をつくようになっていた。
「こんな高い物買ってくれなくていいのに」
兄である新組長と、伊崎の方針で、日向組もかなり方向転換をしてきている。
昔ながらのショバ代だけに頼らず、経済的にも自立していかなければと、一頃よりは台所事情はかなり好転はしてきた。
それでも、貧しかった頃の家の事情を知っている楓は、こう見えてかなり倹約家だ。何が欲しい、何をしたいと、物理的な我が
儘を言うことは無いのだ。
その代わりのように、楓は愛情を求めてくる。
自分だけを愛してくれる相手を必死で求めて・・・・・それが自分であったことを伊崎は人生最大の幸運だと思った。
「・・・・・そうですね、組長もオヤジさんもお待ちでしょうし」
「こんな可愛いサンタが帰るんだ、組の連中も喜ぶだろ」
「・・・・・」
(確かに、そうかもしれないが・・・・・)
既に楓のファンクラブのような組の連中ならば、楓のこの姿に歓声を上げて喜ぶはずだ。
だが、伊崎としては何となく面白くない・・・・・自然と自分の眉間に皺が寄るのを、伊崎は自覚していなかった。
(はっきり妬いてると言えばいいのに)
伊崎のその様子を見ている楓は、なぜ2人きりのこんな時にも理性を働かすのかと、何時でも先ず自分の保護者であろうとす
る伊崎の態度に苛立っていた。
すれ違う恋人らしき男女達は、今にもキスが出来そうなほどに身体をくっつけているのに、伊崎はどうしても自分を前に歩かせて
いる。
その女達の視線は、必ずといっていいほど伊崎を振り返った。
それだけ伊崎がいい男なのだということは楓も十分承知しているし、そんな女達が足元にも及ばないほど自分の容姿が際立っ
ていることも自負している。
そんなにいい男と、女以上の美貌の自分、こんな2人がこうしているのだ、手くらい握ってきてもいいのではないか。
(・・・・・全く)
「楓さ・・・・・」
「・・・・・」
楓はいきなり伊崎の手を掴んだ。
「これくらい、いいだろ」
「・・・・・」
「それとも、恥ずかしい?」
楓は挑むように伊崎を見上げた。
幾つもの視線が楓の身体や顔を這っていることにいい加減頭にきていた伊崎(表面上は無表情なので分からないが)は、楓
の言葉に繋がれた手に自分から力を込めた。
「恭祐?」
「恥ずかしいわけ無いでしょう」
「・・・・・ホントか?」
「自慢で仕方ありません」
その言葉に嘘はなかった。本来ならこのまま抱きしめてキスだってしたいところだ。
この綺麗な人間は自分のものなのだと見せ付けるように・・・・・。
「恭祐は俺を喜ばせる方法を知っているよな」
「楓さん」
「それなら、これ位しても怒らないってことも知っているだろ?」
そう言って、楓はくるっと伊崎と向き合うと、そのまま腕を伸ばして伊崎の首を引き寄せる。
「楓さん」
「どこかのバカップルみたいだな」
面白そうに笑う楓の赤い唇を見下ろしていた伊崎は、そのままその唇に自分の唇を重ねた。
「んっ」
軽く触れるだけだと思っていた伊崎のキスは、思い掛けなく深く激しいものだった。
楓は自分の横顔に他人の視線を強く感じ、もういいのではないかと伊崎の腕を叩くが、催促していると思ったのか伊崎の口付
けはますます深まっていく。
(極端なんだってば・・・・・!)
もっと小出しに、常にスキンシップしてくれていたらいいのに、普段は楓がイライラしてしまうほどにストイックなので、不意に爆発
した時は楓の方が途惑ってしまうのだ。
「・・・・・んはっ」
ようやく、唇を開放され、楓は荒い息をつく。そして恥ずかしいが荒くなっていた呼吸を整えながら、自分達の方を見ていた野
次馬にチロッと視線を向けようとした。
「駄目ですよ」
その楓の頭を抱き寄せ、伊崎は自分の胸元へと押し付けた。
「恭祐」
「そんな色っぽい顔、俺以外に見せないで下さい」
「・・・・・」
「目元も口元も、全てが誘っているんですよ。見せるだけでもあなたが減りそうで嫌だ」
「・・・・・バ〜カ」
楓は笑った。自分だって、こんな顔は伊崎にしか見せない。
(他の人間に向ける愛想笑いなんか、俺の魅力の万分の一もないって)
キスをして、抱きしめて。
そのスキンシップに満足したのか、楓は伊崎の胸元から顔を上げて言った。
「そろそろ帰るか」
「・・・・・」
どうやら、家族のことを思い出したらしい楓に、伊崎は笑って首を振った。こんな可愛らしい姿はもう少し自分だけが独占したい
と思う。
「少し、寄り道をして帰りませんか?」
「寄り道?」
「もう少しだけ、恋人同士でいましょう」
「・・・・・賛成」
迎えに呼んだ車は、もうその角を曲がれば止まっている筈だ。運転手を待たせることになってしまうが、伊崎はまだしばらくはこ
の腕を放せそうに無いと思った。
(今日という日に酔っているのかもしれないな)
聖なる夜は愛しい人と・・・・・伊崎はそう呟きながら、もう一度甘い楓の唇を奪った。
end