上杉&太朗編
「あ!見てみて、ジローさん!これ、猫の足跡!」
「ん〜・・・・・ああ、本当だな」
太朗の声に視線を落とした上杉は、その言葉通りに木の上に積もった雪に小さな猫の足跡があることに気付いた。
もちろんそれは作り物だというのも分かったが。
「雪降ってないのになあ、なんでこんな足跡付いてるんだろ?」
「ディスプレイだろ」
「もうっ、夢ないなあ!・・・・・でも、本当に本物に見えるんだけど・・・・・触ったら怒られるかな」
「・・・・・誰も見てる奴いないから好きなだけ触っとけ」
太朗は不思議そうに呟きながら、わざわざその場にしゃがみ込んでその足跡を見つめている。
その子供のような仕草に笑みを漏らした上杉は、今まで我慢していた煙草を取り出して口に銜えた。
海藤に渡されたスイートルームのキー。上杉自身はありがたく使わせてもらおうと思っていた。
しかし、どうやら太朗は『ホテルのスイート』という言葉には抵抗があったようで(上杉がどんな暴走をするのか想像したのかもしれ
ないが)、帰ろうと上杉の腕を引っ張った。
今日は小田切も有給で(ヤクザに有給というのも変だが)、こういう時だからと誰も連れて来なかった。
一つの会派を率いる自分が単身フラフラ・・・・・こんな風な危なかしい行動は本来取らない方がいいことは分かりきっているのだ
が、太朗といる時くらいは自由に普通でいたい。
(迎え・・・・・呼ぶしかないか)
それでも、自分の肩には多くの人間の命が掛かっていることも知っているので・・・・・楽しみはそろそろ諦めなければならないか
もしれないとも思った。
(ホテルに泊まればいいんだがなあ)
場所が変われば雰囲気も変わり、太郎ももしかしたら何時も以上に大胆に・・・・・。
「スケベ」
「あ?」
不意に心の中の妄想を言い当てられたような気がして慌てて視線を下に向けると、太朗がじとっと眉を潜めて自分を見上げて
きていた。
「なんだ、それは」
「ジローさん、今自分の顔がニヤケてたの気付かなかっただろ?」
「顔?」
(出ていたのか?)
まいったなあと思うが別に隠すことでもないかと、上杉は自分も座り込んでいる太朗の隣に腰を下ろして耳元に唇を近づけた。
「今からでもホテルに戻るか?」
「!」
(こ、こんなとこで、そんな声出すなよっ)
上杉がわざと自分をからかっているのだということは分かっていたつもりだったが、それでも太朗はじわじわと自分の頬が赤くなる
のを止めることが出来なかった。
海藤の手から差し出されたカードを受け取った上杉を見た時、一瞬どうしようかと迷ってしまった。
大事な友人達と過ごすクリスマスはもちろん楽しかったが、その一方で上杉と過ごす時間というのも・・・・・想像しなかったわけで
はないのだ。
(でも、ジローさんと2人だけになっちゃうと・・・・・直ぐエ、エッチなことに行きそうだし・・・・・)
それが嫌だとは思わないが、やっぱり直ぐに頷くのは・・・・・男としてのプライドが疼くのだ。
もう少し強引に言ってくれたら、頷くことも出来たのに・・・・・。
「今日はどうするの?」
出掛ける時に声を掛けてきた母には、少しだけ迷って言ったのだ。
「そういえば、お前の母ちゃんには何て言ったんだ?」
「え?」
心の中を見られたのかと、太朗は動揺して声が上ずってしまった。
「・・・・・」
(これは、脈があるってことか?)
なかなか立ち上がらない足。
文句にしては、太郎にしては大人しめの言葉。
何よりその目を見れば、上杉は自分だけが先走っているのではないのだということが判る気がした。
(まあ、子供だから仕方ないか)
そう言えば、きっと太朗は怒るに違いがないが、言葉にも態度にもなかなか『欲しい』と言いあらわせられないのは確かにそのせい
もあるに違いないだろう。
ここはどう太朗に言わせるか、上杉は少し考えて・・・・・口元に笑みを浮かべた。
「今から帰るか、タロ」
「え、あ、うん」
「じゃあ、俺の時間は空くな」
「え?」
「今から一緒に飲む奴、捕まえられるかな」
「ジ、ジローさん・・・・・どっか出掛けるの?」
「せっかくのクリスマスだ。予定は空けているんだし、このままマンションに1人で帰るのも淋しいだろう?」
飲み屋に行けば誰かつかまるかと呟いた時、いきなりガシッと脛を蹴られてしまった。
「いって!おい、タロ」
「浮気者!一緒にいたいなら俺がいるだろ!どうしてわざわざ別の人間を捜すんだよ!俺、俺だって、今日はジローさんとずっ
と一緒にいるつもりなんだからな!」
「・・・・・とうとう言ったか、頑固者め」
「・・・・・な、なんだよっ」
「今日みたいな日に、俺がお前以外と一緒に過ごすわけないだろう」
「!」
(騙された!)
太朗はバッと立ち上がると、そのまま踵を返そうとした。今自分が上杉の前で何を言ったか認めたくなくて、恥ずかしくて、出来
ればこの時間を鋏で切り取ってしまいたかった。
しかし、とっさに太朗の腕を掴んだ上杉は、そんな太朗の心の葛藤まで全て見えているかのように身体を抱きしめて言った。
「悪い、タロ。からかい過ぎた」
「・・・・・」
「せっかく今日はお前を抱けると思ったのに、このまま帰るなんて言うから・・・・・怒ったか?」
「・・・・・怒った!」
叫ぶように言った太朗は、そのまま上杉の身体にしがみ付く。
大好きなこの男を放すもんかと、子供のようにがしっとその腰に腕を回した。
「エッチする!!」
「タ、タロ?」
突然、大声で言った太朗の言葉に、少なくはない通行人はぎょっとしたように振り向いている。
当然上杉は男で、太朗は女の子には見えず、その上見た目の雰囲気はどう見ても中学生・・・・・。まるで悪いショタコンの大人
が子供を悪の道に引きづり込もうとしている風に見えないこともないのだろう。
今更人の視線を気にするということもないが、上杉は太朗のことを思い、人々の視線から太朗の顔を隠すように抱き込んだ。
「ば〜か、そんな言葉は俺にだけ聞こえる声で色っぽく言え」
「いいじゃん!」
「あのなあ」
「俺達恋人どーしだもん!!」
「・・・・・」
確かに、そうだ。
散々抱いてきて、こんな時に遠慮をする方がおかしいし、何より今はっきりと太朗に求められてこんなに自分の気持ちは高揚し
ている。
「・・・・・ホテル戻るか?でっかい風呂もあるし、ベッドもでかいぞ」
「戻る」
「そのベッドで、お前が泣いて止めてくれって言うまで抱き続けてやる」
「・・・・・泣かないってっ」
「後、あの牛の扮装、もう一回見せてくれ。よく似合ってたしな」
「・・・・・トナカイだって、あれ」
そう言いながら、太朗の声も何時しか笑みを含んでいた。
(ようやく、笑った)
怒っても泣いていても可愛いが、やはり太朗は笑っている顔が一番いい。これこそが、上杉にとっても先程貰ったプレゼント以上
に(中身は偉い人がよく持っている《太朗談》万年筆)嬉しいものだ。
「明日はでっかいケーキを土産に持って帰るか。チビタロも喜ぶだろ」
「うん!」
「じゃあ、ホテルに戻るぞ」
そう言って上杉は太朗に向かって片手を差し出す。
少しだけ俯いた太朗は・・・・・それでもしっかりと上杉の手を握り返し、直ぐに顔を上げて堂々と宣言した。
「今日は俺がジローさんをメロメロにしてやるからなっ、覚悟しろよ!」
「・・・・・っ」
最後に強烈な一発を食らった上杉が思わずむせたのを見た太朗は、今度こそやったというように全開の笑顔で笑った。
end