瑛生&ミシュア編





 暖かな日差しが部屋の中にまで差し込んでいる。
ミシュアは少し硬い寝台に横たわったまま、窓から青い空を見つめていた。
 こんな風に穏やかな時間を過ごしている自分が、ミシュアは今でも信じられない。ほんの少し前まで、何時自分が死ん
でもおかしくない、その前に、もう一度大好きな人に会えて良かったと、静かな思いでその時を待っていた。
 しかし、大変な治療を施してもらい、もう死を間近に考えなくてもいいと言われた時、ミシュアが感じたのは、もっと生きた
い、生きて、彼の傍にいたいという渇望。
そして、自分がもう戻れない祖国を、一度でいいからこの目で見たい・・・・・そんな、我が儘な欲求だった。
 様々な人々の尽力を得て生きながらえた命なのに、そんな風に自分の願いばかりを考えているのが申し訳ないと、思う
ごとに繰り返して・・・・・ミシュアは、小さく呟いた。
 「ちゃんと、無事に着いただろうか・・・・・」
 その祖国には、今自分にとって大切な人々が向かっている。
宝探しという壮大な話を聞かされたが、ミシュアもそんな話は聞いたことは無かった。多分、誰かの悪戯ではないかと思う
ものの、この機会に祖国の様子を見てきて欲しい・・・・・そんな風に思った。

 トントン

 その時、小さく扉を叩く音がして、ゆっくりと開かれた。
 「ミュウ」
 「エーキ」
 「起きていた?」
 「はい」
ミシュアの答えに穏やかに微笑んでくれた人は、そのまま眼差しを窓の外へと向ける。
 「今日は良い天気だ。日光浴しようか?」
 「・・・・・」
コクンと頷いたミシュアの身体は、優しい腕に抱きあげられた。



 ここが日本だったらと何度思ったかもしれない。最高の医術に、環境。それが整っていたら、これほどにミシュアの身体は
悪くならなかったと思う。
 それでも、この世界で出来うる限りの治療をした今、瑛生(えいき)はこれで良かったのだと思った。
もちろん、ミシュアの死の不安から解放された今だからこそ言えるのかもしれないが、この世界で生きる者は、この世界で
出来ることしか受け入れることは出来ないのだ。

 「いい天気だね」
 「ええ」
 こうして1日1回、短時間でも太陽の光を浴びせるように心掛けてから、ミシュアの顔色は心なしか良くなっているように
思う。
 庭の大樹の根元に敷いた布の上に座ったミシュアの横に自分も腰を下ろすと、瑛生は硬い幹に背を預けていたミシュア
の肩を抱き寄せた。
 控えめな彼は、こうしないと自分に寄りかかろうとはしないからだ。
 「今頃、着いたでしょうか」
 「そうだね、着いたかもしれない」
 「・・・・・」
 「・・・・・何時か、君を連れて行ってあげるよ」

 自分のような子持ちの中年男に思いを寄せたというただそれだけで、一国の皇太子という身分を剥奪されたミシュア。
元々身体は強い方ではなかったらしいが、それでも、それからの困難が彼の健康を損ねていったのは確かで、瑛生は今
も申し訳ないという思いが残っていた。
 一度は、もとの世界に逃げた。
純粋なミシュアの思いを受け止めることが怖くて、残してきた息子が心配で・・・・・それでも、再びこの世界に戻ってきたの
は、自分も確かにミシュアを愛していたからだった。
 「昼食は何時もより食べられたようだね」
 「エーキの作る食事は美味しいから」
 「珠生のはどう?」
 「タマのものは・・・・・驚くことが多くて」
 息子の珠生(たまき)の話は以前からしていたが、実際に会うとミシュアは素直に好感を抱いてくれたようだ。自分達の
関係を考えれば複雑なものだと思うが、素直なミシュアは負の感情というものを抱かないらしい。
 そして、ここに存在しなくても自分達に笑みを与えてくれる愛しい息子は、今は何となく自分とミシュアの関係を認めてく
れているようで・・・・・瑛生は、もう何からも逃げる意味は無くなっていた。



 「タマのものは・・・・・驚くことが多くて」
 珠生のことを思い出すだけで、ミシュアの頬には笑みが浮かんだ。
愛しい人の子供だということだけではなく、珠生自身が大好きで、自分の友人になってくれたら良いと今では思っている。
 父親である瑛生と自分の関係を考えれば少し複雑かもしれないが、この気持ちはミシュアの勝手な想いだけで、優し
い瑛生はただ子供を宥めるように付き合ってくれているだけだ。
(でも・・・・・この気持ちだけは・・・・・)
 「ミュウ」
 「はい?」
 「君がもう少し元気になったら、本当に私がジアーラに連れて行く」
 「エーキ・・・・・?」
 真っ直ぐに自分を見つめ、何時もの笑みを消して真剣な表情で言う瑛生に、胸の奥がトクンと高鳴った気がした。もち
ろん、これは病気のせいなんかではない。
 「・・・・・」
(何を・・・・・?)
彼は、どういう気持ちでこの言葉を言っているのか、ミシュアはじっと、瑛生の黒い瞳を見つめた。



 綺麗な碧の瞳に見つめられ、瑛生は言葉を続けた。
 「君と、もっとたくさん話がしたいよ。なかなか話してくれない、会わなかった間の辛いことも、これから先の・・・・・私達の
ことも」
 「・・・・・これから、先?」
 「ずっと、一緒に生きていくだろう?」
自分を見つめていた瞳が見る間に潤み、子供のような泣き顔になった。
 常に、王子である誇りを忘れず、自分に厳しいミシュア。しかし、彼はまだ、珠生とそれほどに歳の変わらない子供なの
だ。
(私だけには、もっと我が儘を言って欲しいんだ)
 「・・・・・」
 瑛生はそのままミシュアの白い額に唇を寄せる。これは、親愛の証ではなく、確かな愛情の印だ。
今はまだ体調の万全ではないミシュアに何かすることなど考えてはいないが、いずれ、彼が元気になれば、そして、その時
まだ、自分のことを想ってくれているのならば、その時こそ瑛生ははっきり言葉を告げたいと思っている。
 「だから、少しでも早く良くなって欲しいよ」
 「・・・・・」
 「・・・・・風が出てきた。戻ろうか?」
 目を閉じ、自分の胸にしがみ付いているミシュアの身体を抱き上げ、瑛生は家へと戻っていく。
これから先、ミシュアの身体は良い方向に向かうだけなのだと信じている瑛生は、自分がこの胸の中の思いを告げる日も
そう遠くないと思っていた。





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