拍手ありがとうございます。短いお話ですが、どうぞ楽しんで下さい。






















 綺麗な人が大好きで、見ていたらどんどん惹かれていった。



 白い部屋の、白いベッドの上に横たわっている人。



毎朝、同じ時間にバスに乗り、たまたま隣り合わせの席になって、彼の母校の制服を着ていたことから、挨拶を交わすようになっ
て。
 少しずつ、少しずつ、交わす言葉は多くなり、僕は彼のことを知っていった。
僕より8歳年上の25歳。
会社はコンピューター関連で。
兄と弟がいると言っていた。

 優しい笑顔の彼と話す時間が楽しみで、彼が、
 「みさき」
と、呼んでくれるのが嬉しくて、とにかく、同じバスに乗り遅れないようにと、毎朝必死で頑張った。




 「みさき、明日、会えないか?」

 そう言われたのは、三日前の事だった。
 「明日?土曜ですよ?」
初めての展開に、僕は戸惑ってしまった。
もちろん嫌だと思うはずがないけど、どうして誘ってくれるんだと全く分からなかったからだ。
 「うん、分かってる」
 「えっと、それって・・・・・」
 「毎朝の短い時間じゃなくて、もっとゆっくり話したいと思って。それに、聞いて欲しい話もあるし。駄目?」
 僕は慌てて首を横に振った。嫌なんて、思うはすが無い。
僕の方こそ、もっと彼と話したくて、彼のことが知りたくて・・・・・それが、同性に対して思うことではないんじゃないかと思っていた
けれど、彼に誘ってもらったのはとても嬉しかった。
 「駄目じゃないですっ」
 「ありがとう」
 急いで答えてしまった僕の声は少し裏返ってしまって恥ずかしかったけど、彼は優しい笑顔でありがとうと言ってくれた。
僕の方こそ、誘ってくれてありがとうって気持ちなのに。
 「じゃあ、時間と場所はメールで送るよ。アドレス、教えてもらっていい?」
 「あ、はいっ」
 そういえば、携帯の番号もメールアドレスも知らなかった。
彼と僕は、こうして通勤、通学の時に同じバスに乗るという関係以外、電話をしたり、メールをしたりすることも無かったんだ。
 朝、僕が学校の前のバス停で降りるまでの30分弱、ただ他愛も無い会話をするだけだった相手。
その関係も、明日からは少し変わってしまうのかもしれない。
 「みさき?」
 「あっ」
 ぼんやりと考え込んでいた僕は、慌てて鞄から携帯を取り出そうとする。
その時、

キキーーーーーッ!!!

 耳に響く急ブレーキの音と、
 「!」
ガクッと揺れる身体。
 「きゃあ!」
 「うわっ!」
 吊り輪に掴まっていた人も、椅子に座っていた人も。
男の人も女の人も、学生も社会人も、いっせいに身体が揺れてしまう。
 「みさき!!」
 立っていた僕も例外なく激しい揺れに倒れそうになったが、グイッと誰かに腕を掴まれ、
 「!」
床に叩きつけられる衝撃を覚悟した僕は、何かに包まれる感触も同時に感じていた。








 スピード違反の車と、通勤バスの衝突はかなり大きな事故になってしまった。
満員といっていいバスの中の乗客は、僕を含めた大多数の人は軽傷だったが、中には重傷の人もいた。
 一番酷いのは運転手の人だろう・・・・・治療を受けながらそんな事を考えていた僕は、彼の姿がごった返す怪我人の中にいな
いことが気になっていた。
 僕が床に叩きつけられるのを、彼が身を挺して助けてくれた事は救急隊の人に聞いたが、その彼の容態が分からない。
 僕は治療が終わって直ぐ、廊下で聴取をしていたお巡りさんに聞いてみた。
 「あのっ、僕を助けてくれた人はどこですかっ?」
 「君を?」
 「はい、サラリーマンで、名前は・・・・・」
 僕の説明を聞いたお巡りさんは、なぜか沈痛な表情になって、
 「彼なら・・・・・」
その言葉を聞いた瞬間、僕は息を飲んだ。




 そして、僕は今ここにいる。
僕を助けてくれた時、彼は床に激しく後頭部を打ってそのまま意識不明になっていた。
外見上は傷もなく、見ているだけでは眠っているとしか思えないのに、それでも彼の目は開かない。
 「みさき」
 そう、僕の名前を呼んでくれない。
明日、会う意味を教えてくれない。
僕はどうしたらいいのか分からなくて、そのまま彼の枕元に立っているしか出来なかった。




 完全看護なので、夜になれば彼の家族は帰っていく。
それから僕は、ようやく彼の病室に行った。
 僕を助けてくれたからこんなことになってしまったのだと、彼の家族には泣きながら謝った。
彼の家族は、彼と同じ様におおらかで優しく、僕のせいじゃないと言ってくれたけど、僕はどうしても顔を合わすのが辛かった。
 僕は全身の検査も終わり、明日退院することになっている。
多分、退院してしまえば、なかなか彼に会いにここに来る事も出来ない。
ううん、その前に、彼が目を覚ましてくれるかどうかも・・・・・。
 「・・・・・永江(ながえ)さん」
(お願い、目を覚まして・・・・・)
 僕のせいでこんなことになってしまったのなら、僕が彼の代わりになってもいい。
優しい彼の笑顔を取り戻したい。
神様・・・・・どうか、お願いします。

彼を、生かしてください。










 身体が揺らされる。
(あ・・・・・れ?)
何時の間に寝てたんだろう・・・・・そう思いながら、僕はゆっくりと目を開けた。
 「・・・・・え?」
 そこは、見慣れた僕の部屋じゃなかった。
ううん、今入院しているはずの病院でもなくて、全く見たこともない部屋のベッドに寝ていたみたいで、僕は慌てて起き上がってし
まう。
 「どうしたんだ、みさき」
 「・・・・・な、永江さん?」
 目の前に、彼がいた。
ついさっき、あの白い病室の白いベッドの上に眠っていたはずなのに、どうしてここで、こうして僕に笑いかけているんだろう?
(ゆ、夢?)
 これは、僕が見たいと思っていた夢なのだろうか?
 「何、変なこと言ってるんだ?早くしないと遅刻するぞ」
 「え?」
 「ほら」
 「ま、待って、永江さんっ、僕・・・・・っ」
 「兄弟に向かって、永江ってなんだよ。お前だって、永江だろ」
 「兄弟?」
(僕が、永江さんと?)
今、僕は眠っているのか、それともこれはもしかしたら別の現実なのか。
僕は今、長江さんの兄弟・・・・・弟になっているみたいだ。
 「おい、どうした、みさき?気分でも悪いのか?」
 僕の顔を見ていた彼が、心配そうに眉を顰めて顔を覗き込んできた。
僕は、何時の間にか泣いていた。




 ここが、どんな世界だって構わない。
彼が、生きていてくれるだけで・・・・・僕はたまらなく嬉しかった。










 「おはよう、みさき」
 「お、おはよう、ございます、兄さん」
 間違っていないだろうかと思いながら視線を向けると、何時もの優しい眼差しが少し困ったように細められている。
やっぱり、僕の言葉はどこかおかしかったみたいだけど、何がおかしいのか分からなくて、僕は逃げるように永江さんから目を逸
らしてしまった。
 「どうしたんだ、みさき」
 「な、なにが?」
 「何時もは兄貴って呼ぶくせに、急に可愛い言い方になってさ」
 あ・・・・・そうなんだ。永江さんの弟さんは、兄貴って呼んでるんだ。
でも、僕の中では永江さんは永江さんで、『兄さん』というだけでも凄い違和感があるくらいだ。兄貴なんて親しい言葉は、簡単
には言うことは出来ない。
 「・・・・・ごめんなさい」
 謝って済むことじゃないとは思うけど、僕は頭を下げる。
そんな僕の髪を優しく撫でてくれながら、永江さんは馬鹿と笑って言った。
 「兄弟なのに、そんな風に謝ることは無いだろう」

 本当の兄弟だったら、確かにこんな風に謝ることは無いかもしれない。
笑って、馬鹿なことを言い合って・・・・・それでも、全てを言わなくても通じるものがきっとあるような気がする。
 だけど、僕は彼の本当の弟じゃない。
僕の生きていたはずの世界では、永江さんは意識不明のまま病院のベッドに横たわっていて、家族や親しい人たちが目を覚まし
てほしいと一心に願っているはずだ。
 その中には僕もいて・・・・・神様に彼を生かして欲しいと願い続けた。
それが、こんな不思議な現象となるとは、全然想像もしていなかったけれど・・・・・。




 「途中まで一緒に行くか」
 「うん」
 この世界でも彼はサラリーマンで、僕は学生らしい。
着慣れた制服を着て、彼と同じバスに乗り込むのは何だか不思議な気がした。
 「混んでるな」
 「そうだね」
 「お前、小さいんだから、俺にしっかり掴まっていろよ?」
 「う、うん」
 何時もより数本遅れてしまったバスは、吊り輪に掴まるのも大変なくらい混んでいる。
僕なんかは身長が足りないので、別のものに掴まってこけないようにしなければならず、申し訳ないと思ったが永江さんの腕を掴
む形になった。
(前は、隣に立つだけでもどうしようかと思っていたくせに・・・・・)
 「みさき、ちゃんと掴まっていないと」
 しっかり掴まるのはやっぱり出来なくて、指先だけで掴まっていると、永江さんは手を伸ばして僕の腕を取り、恋人のように腕に
まわすようにしてくれる。
それを見た女子高生らしい女の子達が笑っていて・・・・・何だか恥ずかしくなって、僕は大丈夫だからと離れようとしたが、

 キキッ

 「わっ」
 「みさきっ」
 急にバスが急停止して、立っている人たちは皆揺れてしまう。
もちろん僕も例外ではなかったが、倒れ込みそうになった身体は隣にいた永江さんがしっかりと抱き止めてくれた。
 「大丈夫か?」
 「・・・・・」
 「顔色が真っ青だが・・・・・降りるか?」
 「う、ううん、大丈夫」
 多少誰かの身体とぶつかっても、痛みがあっても我慢出来るが、僕は今の衝撃で唐突に思い出してしまった。
今、僕が永江さんの弟になってしまっているこの状況に陥ってしまったそもそもの原因・・・・・あのバスの事故。
白い部屋に横たわっている彼の姿。
 「おい、みさき?」
 「・・・・・」
(だ・・・・・めだ)
 目の前が暗くなってしまう。
そのまま、僕はすっと意識を飛ばしてしまった。








 冷たいものが額に当たる。
(な・・・・・に?)
僕は、確か学校に行く途中だったはずなのに・・・・・それなのに、どこかに眠っている感じがして、目が覚めないといけない・・・・・
そう思って・・・・・。
 「ん・・・・・」
 「みさき?」
 「・・・・・え?」
 開いたまぶたの向こうに、心配そうに自分を見下ろしている永江さんの顔があって、僕は慌てて起き上がった。
 「馬鹿、急に起き上がるな」
 「・・・・・ここ?」
 「お前、貧血を起こしたんだよ」
 「貧血?」
 どうやらあのまま気を失ってしまった僕を、永江さんは抱いてバスから降ろしてもらい、近くにあった喫茶店のような店で休ませ
てもらったらしい。
額には濡れたタオルを借りてのせてくれていて、それはもちろん気持ちが良かったけど、視界に入ってきた壁掛けの時間を見て、
僕はすごく焦ってしまった。
 「な、永江さんっ、遅刻!」
 「大丈夫、会社には連絡を入れたから」
 「で、でもっ」
 「みさき、また永江さんになってる」
 焦ってしまったせいで、兄さんという言葉も忘れてしまっていた。
どうしようと思いながら永江さんを見つめると、なぜか・・・・・永江さんは僕から視線を逸らしてしまう。
(お、怒ってる?)
 何度言っても同じ間違いをしてしまう僕に怒ってるのかも・・・・何と謝ったらいいんだろうと焦ってしまった僕に、永江さんは横を
向いたまま小さな声で言った。
 「・・・・・困るな」
 「・・・・・え?」
 「弟なのに、なんか・・・・・妙な気分になる」
 「・・・・・」
(それって?)
 永江さんがどういうつもりでそう言ったのか分からなくて、黙ったまま視線を向けていると・・・・・なぜか、永江さんは僕の身体を
抱きしめてきた。
 「・・・・・くそっ、可愛いんだよ、お前」
 「・・・・・永江さん?」
 「弟だって分かってるのに、どうして・・・・・」




 どうして?
それは、僕の方こそ永江さんに聞きたい。
永江さんは、どうして『弟』の僕をそんな目で見るんだろう?
何だか熱くて、切なくて。
 まるで、あの日、僕を誘ってきてくれた時と同じ様な目を向けてきてくれるのは、今ここにいる僕が、あの時の僕だから?

 訊ねたいことはたくさんあるけど、その1つでも口にしたら全てが壊れそうで。
僕は抱きしめてくれる永江さんの胸に頬を埋めて、確かに生きている心臓の鼓動を確かめることしか出来なかった。





                                                          
To be continued・・・






ブログからの転載。
転生もどきの話です(汗)。



お気軽に一言どうぞ。お礼はインフォに載せます。
回答がいる方は、その旨書いておいて下さい。 もちろん他の部屋の話でもOKですよ。