江坂凌二の誕生日編。














 日曜日、何時もと同じようにゆったりとした時間を2人で過ごしていた。
12月に入った最初の日曜日なので、まださほど忙しくはない。だが、きっと来週からは慌ただしい日が続くだろうし、こうして愛
する人と穏やかに過ごす日はしばらくお預けだ。
 「凌二さん」
 その時、柔らかな声が自分の名を呼んだ。もうすっかり耳に馴染むその言葉に、江坂は目元を弛ませて返した。
 「何ですか?」
 「欲しいものってありますか?」
 「・・・・・」
唐突な質問に、さすがの江坂も思わず恋人・・・・・静の顔を見返してしまった。
日本でも有数のヤクザ組織、大東組のNo.3、総本部長である江坂は、常に冷静沈着であることを自身に課している。そんな
自分をこんなにも無防備に驚かせてくれるのは静くらいだ。
 「静さん、あの」
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 妙に期待するような眼差しを向けられ、江坂はここは真剣に答えなければならないなと感じる。
地位も名誉も権力も金も。多分江坂は自身が想像していたものよりもこの手に握っていると自負していた。世間一般に忌み嫌
われるヤクザでも、望めばすべて叶えることが出来る。
 元々、物欲はそれほど強い方ではなく、なによりも欲しいと思ったものは数年がかりで自分で手に入れた。そう、目の前の美し
い恋人を。
 「特にありませんね」
 「え?ないんですか?」
 意外な言葉だったのか、静が驚いたように聞き返してくる。
 「強いて言えば、静さんからの愛情ですが・・・・・これはもう十二分に頂いていますし」
ふっと微笑んでみせると、静の白い頬に赤みが差したのがわかった。それが微笑ましく、江坂の笑みはますます深くなる。
 「そ、それは、これからもたくさん注ぎますけどっ、それ以外の、物で何かないんですか?」
 「物で、ですか・・・・・」
 「今考え付かなかったら、しばらく待ちますから」
 「わかりました」
 どうしてそこまで熱心に聞いてくるのだろう。
そこまで考えた江坂は、ふとあることを思いついた。
(まさか・・・・・)
 今月の末、世間の騒ぎが収まる頃に迎える、自分にとっては戸籍上の意味でしかない日。
だが、去年は静の思い掛けないサプライズで、特別な日になった・・・・・自分の誕生日。
 「・・・・・」
 江坂は静の横顔を見つめる。
きっと、静は今年の誕生日も、自分を喜ばせようと色々考えてくれているのに違いない。直ぐにその意図に気づけなくて何もない
と言ってしまったことを後悔しつつ、今年はどう驚かせてくれるのか、江坂の胸の中に期待が生まれた。




 「・・・・・うん、そうなんだけど、まだ予定がはっきりしなくて・・・・・」
 こそこそと携帯で話している声が聞こえた。
バスから出た江坂は、しばらく廊下でその電話が終わるのを待つ。
 12月も半ばになり、静が落ち着きなく過ごすことが多くなった。多分、江坂が欲しいものを答えなかったからだろう。
意地悪をするつもりはなかったが、江坂は自分の言ったものを静が用意してくれるよりも(それでも十分嬉しいが)、静が考えて
選んでくれたものを渡される方がいいと思っていた。
 プレゼントを用意するまで、静はずっと自分の事を考えてくれる。静に対しては強い独占欲を持っているという自覚がある江坂
だが、己が思うように静にも想いを返して欲しかった。
 「・・・・・じゃあ、また相談に乗って」
 「・・・・・」
(相手は、彼か)
 静と雰囲気の似た穏やかな彼も、なんとアドバイスしていいのかわからないはずだ。
今度会った時、静がどんなふうに悩んでいたのか聞いてみたい。だが、案外口は堅そうだなと考え・・・・・江坂は案外浮かれて
いる自分に気づいてらしくなく苦笑を零した。




 そして、12月26日。
誕生日当日の今日、マンションを出る時に静に念を押された。

 「今日は早く帰ってきてくださいね」

 それは、片腕である橘にも根回しをすんでいるのだろうが、江坂はわざと申し訳なさそうな表情をした。
 「そうしたいのは山々ですが、何があるかわかりませんから」
実際、新年に向けて江坂がすべきことはかなりたくさんあるのだが、仕事を溜めるということが嫌いな江坂はすべて綺麗に片付
けている。
今日は特に、静がずっと考えてくれていることに協力する気だったので、何時もより早い時間に帰ることは決まっていた。

 午後五時を過ぎ、江坂は横づけをされた車に乗り込んだ。
何時もと変わらず橘が助手席に乗り、ボディーガード兼運転手の男が車を走らせる。前後にも護衛の車はついてきていた。
総本部長という立場の江坂は、今は守る立場から守られる方へと変わったのだ。
 「何事もなくて良かったですね」
 しばらく走っていると、橘がそう声を掛けてきた。少しだけ口調に笑みが含んでいるのを感じたが、今日の江坂はそれを咎める
気持ちはない。
 「静は何を選んでいた?」
 「さあ、私には」
 「口止めをされているのか」
 「いいえ、本当に知らないんです。相談はされましたが、結局ご本人が買いに行かれたようで。ガードも、店の前まではついて
いましたが、何を買ったのかは知らないそうです」
 「・・・・・そうか」
 ここで、プレゼントが何かはっきり知るつもりはなかった。
すべてを把握していることが普通の江坂にとって、ささやかながら静が作ってくれる可愛らしい秘密は暴きたくないものだ。
(あの顔を、ずっと見ていたいくらいだ)
 普段は表情の変化が少ない静が、江坂から欲しいものを聞き出すために困った顔をしたり、真剣な顔をしたりするのがとても
楽しかった。
考え事をしている横顔を見ては、どんなプランをたててくれているのか想像して、日々、少しずつ期待が膨らんで。
こんなふうに、何かを楽しみにしている子供のような感情は、今までの江坂にはなかったものかもしれない。
 「明日は休みにしてあります」
 手回しのいい橘の言葉に軽く頷き、江坂は時計を見る。あと30分もすればマンションに着く。この一カ月、江坂が楽しみにし
ていたことが、ようやくわかるのだ。

 地下駐車場に車が着き、そのまま直通のエレベーターに乗って部屋に帰る。
玄関先まで護衛と共についてきた橘が深々と頭を下げた。
 「お疲れさまでした」
 「・・・・・」
 その声を背中に聞きながら、江坂はインターホンを鳴らす。
 「総本部長」
突然声を掛けられて視線だけを向けた江坂に、
 「誕生日、おめでとうございます」
そう言い、一礼した橘。それと同時に、鍵が開く音がする。
 「ありがとう」
 答えた自分の言葉に橘がどんな表情をしたのかわからないまま、江坂はドアを開いた。
 「おかえりなさい」
 「ただいま」
綺麗な笑顔で出迎えてくれた静に、江坂も自然と笑みを浮かべながら答える。この先、リビングに入ったらどんな驚くことが待っ
ているだろうか。
 「凌二さん」
何か言いたげに顔を上げ、じっと見つめてくる視線を見返しながら、彼がこの後なんと言ってくれるのか・・・・・江坂は我知らず期
待を込めて待った。





                                                                      end






自分の誕生日の準備をする静ちゃんをニマニマして見ている江坂氏。
誕生日、おめでとうございます。






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