2,000,000キリ番ゲッター、コルダ様のリクエスト分です。





















 「遅れる!遅れるよ〜!」
 永江基紀(ながえ もとき)は大学構内にあるカフェテリアに慌てて駆け込んだ。
約束したランチの時間は午後12時20分。しかし、時計の針は無情にも30分を過ぎていた。
(俺ってば、吾妻(あがつま)の姿を見ちゃうと、全部忘れちゃうんだよな〜)
 大学に入学してから直ぐに一目惚れした綺麗な人は、もう何年も追い掛けている基紀に未だにつれない態度をとる。
それでも無視をするわけではなく、時々気付いたら向こうが基紀を見ている時もあって、基紀はじれったくも楽しい時間を過ごして
いるのだが、そのせいで約束に遅れてしまっては友人達に申し訳なかった。



 そして・・・・・。
 「ごめん!静!友春!」
何時もの席に、見慣れた姿を見付けた基紀は、いきなりガバッと頭を下げて謝罪した。
 「どうせ、吾妻でも見付けたんだろ」
 「え?どうして分かったんだ?」
 「約束は守る基紀が、その約束を忘れる理由はその一つしかないから」
 そう言って、ほんのりとした笑みを浮かべたのは、人形のように綺麗な容姿の小早川静(こばやかわ しずか)。
大企業の取締役を父に持つというのに少しも驕ったところの無い静は、一方で、綺麗な顔に笑みを浮かべる事も少なかった。
しかし、それが人見知りをしていたり、人を選んだりしてそうしているわけではないことを、基紀も自分が友達付き合いをするように
なって知った。
(まあ、こんな綺麗な顔が何時も笑ってたら大変だけどな)
 「気にしなくていいよ、永江」
 ぼ〜っと、何時ものように静の容姿に見惚れていた基紀は、その隣に座った人物から声を掛けられて視線を向けた。
 「ごめんな、友春」
 高塚友春(たかつか ともはる)。老舗の呉服店の息子である彼は、実は自分や静よりも1つ年上らしい。
真面目で、頭も良い友春がなぜ留年したのか、その辺の詳しい事情は聞いたことは無かった。
(もっと笑っていたら、いいのにさ)
 控えめで大人しい友春の容姿も、静ほどではないが整っている。綺麗な容姿をしているくせにもっと明るく笑っていれば、周りも
放っておかないだろうなと思うのに、なぜか友春は目立たないようにしようとしているのだ。
(・・・・・でも、2人共十分目立ってるけど)



 大学では、よくミスキャンパスみたいなものが存在するが、静が女ならば他は全く寄せ付けずにその座に就くだろうと思う。
それ程に静の容姿は飛びぬけて綺麗で、それは学校中にも知らない者はいないほどで、今もカフェテリアの中の学生達の視線
はこちらに向けられていた。
 「何食べる?」
 「僕は・・・・・ナス入りミートソースにしようかな」
 「俺はホットサンド。静は?」
 「俺は・・・・・何だか魚が食べたい気分なんだよね〜」
 本当はうな重の気分なんだと言う静は、きっと自分の容姿をよく知らないのかもしれない。
基紀の他の友人達なども、

 「小早川って何時も果物食ってそうだよな」
 「絶対、干物とか食わなさそう」

などと、その容姿から勝手に想像しているが、基紀は定食屋でアジの干物を美味しそうに食べている静の姿を見ている。肉より
も魚が好きらしいのだ。
(奴等は、絶対騙されている)
それは、静がそうしようとしているわけではなく、周りが勝手にその容姿から幻想を抱いているのだ。
だが、基紀は今の静が好きだ。綺麗な容姿で、家が金持ちで、それなのに誰に対しても平等に、自然体で接する静が、側にい
て心地良い存在だと思っていた。



 「今からどこ行く?」
 「え?時間あるの?友春は?」
 「僕も少しなら」
 何時もなら、授業が終われば静は直ぐに迎えに来る車で帰るし、友春も家の手伝いがあるからと帰るのだが、今日は2人とも
時間があるらしい。
基紀も、吾妻は今日は終日授業があるので、帰りまでの空いた時間、遊んでもらう相手が出来て嬉しかった。
 「あ、小早川」
 何をしようかと言い合いながら3人が並んで歩いていた時、静が呼び止められた。基紀も知っている、同じ講義を受けている男
だ。だが、向こうから声を掛けてくるほど親しい相手だとは思わなかったが。
 「あ、鈴本、何?」
 「この間の講義のノート、貸してくれないかな。俺、途中で寝ちゃってさ」
 男の言葉に、静は少しだけ困ったように眉を寄せた。
 「あ、ごめん、俺、この間休んだんだ」
 「え?そうだった?」
 「・・・・・」
(嘘吐け、知ってただろ)
 静ほどの目立つ人間が講義を休めば目立つ。そうでなくても、静が取っている講義の中には、明らかに静目当てだと分かる、い
わゆる静フリークの人間がいるのだ。
この男がそれなのかどうかは分からないが、多分、ノートを借りるのが目的ではなく、静と直接話すことが目的のはずだ。
 「ごめんね」
 「いいや、悪かった、引き止めて」
 バイバイと手を振った静がこちらに向き直って・・・・・首を傾げている。
 「どうしたんだよ、基紀、変な顔して」
 「・・・・・別にぃ」
多分、自分が思っていることを言っても、静は理解出来ないだろう。
基紀ははあ〜と溜め息をつくと、何でもないと苦笑して言った。



 そのままキャンパスを横切っていると・・・・・。
 「あ」
いきなり、友春が立ち止まった。
 「何?」
 「どうかした?」
 「ご、ごめん、ちょっと電話」
 友春は焦ったように言うと、2人から少しだけ離れて携帯を取り出した。
 「もしもし・・・・・ケイ?」
驚いたような声で、誰かの名前を言う友春。その雰囲気からも、家族や、ただの友達からの電話ではないだろう。いや、その名前
は基紀も何回か聞いたことがあった。
 「なあ、友春の恋人って外人?どんな女の子?」
 「・・・・・さあ」
 その言葉のニュアンスに、基紀は口を尖らせた。
せっかく友達だと思っているのに、何だか仲間外れにされた気分になったのだ。
 「何だよ、別に言いふらさないからさあ」
 「本当に分からないんだよ、あの人が友春の恋人かどうかって。多分・・・・・自分でも分からないんじゃないかな」
 「・・・・・」
(何だか、深い話?)
 自分と、静。自分と、友春。
もちろん、それぞれに対しても、そして3人でも、基紀は自分達が学校の中でも仲の良い方だと思っている。しかし、それ以上に
静と友春の結び付きは強い。基紀の入ることが出来ない何かで、しっかりと繋がっているようなのだ。
まさか、それだけで自分が仲間外れにされているとはさすがに思わなかったが。
 「・・・・・」
(嬉しそうには見えないんだけど・・・・・迷惑そうにも見えないよな)
 電話に向かっている友春の横顔は、少し困ったような、それでいて何かを求めるような・・・・・表情。
普段は出来る限り自分を目立たないようにしているが、時々ハッとするような色気のある表情をするのは、もしかしたらこの電話の
相手のせいかもしれない気がした。
 「え?来週?」
 「・・・・・」
 「そんな、急に言われても・・・・・」
 何かを必死で止めているような様子の後、友春は電話を切ってはあ〜っと溜め息をついた。本当に困ったというような表情だっ
たが、ずっと視線を向けていた基紀に気付くと、バツが悪そうな表情で戻ってくる。
 「ごめん、思い掛けない人から電話だったから」
 「なあ、それって恋人?」
 「え?ど、どうして?」
 「どうしてって・・・・・なんとなく?」
 はっきりとした理由が言えるわけではない。ただ、なんとなくそう思っただけだ。
 「違った?」
 「・・・・・」
友春は直ぐに答えず、なぜか助けを求めるかのように静に視線を向けた。
(え?・・・・・やっぱり、静は知ってるのか?)
 「ねえ、基紀、友春をあんまり苛めてると、吾妻に言っちゃうよ?吾妻が基紀と遊んでやらないから、基紀が欲求不満になって
るよって。いい?」
 「だ、駄目!」
そんな事を言われたら、吾妻に嫌味を言われてしまうと、基紀はブンブンと首を横に振る。
 「じゃあ、そんな事よりも何か美味しいものでも食べに行こうか」
 「あ、俺、美味しいクレープの店聞いたんだ。でも、男1人じゃ入りにくくてさあ。静と友春が一緒なら大丈夫だよな」
 「どういう意味だよ、それ」
何時の間にか話を誤魔化された事に気付かないまま、基紀は早く早くと2人を急かした。







 数日後、再び基紀は走っていた。今度は午前中の最後の講義に遅れそうになっていたからだ。
 「寝坊寝坊、遅れちゃう〜!!」
大学最寄のバス停で下りて走っていると、丁度正門の近くに高そうなベンツが停まるのが見えた。磨かれた、ピカピカ光る綺麗な
車体。
金持ちの学生もいるので、それ程珍しいという光景ではないが・・・・・。
(うわ、助手席にドア開ける奴が乗ってるなんて・・・・・)
 運転手が後部座席のドアを開けるのは見たことがあるが、わざわざドアを開ける為だけの人間がいるのは滅多にない。
 「あ!」
そして、その車から降りてきた人物を見て、基紀は思わず声を上げてしまった。
 「静?」
 ドアを開けた人物に向かって頭を下げ、少しだけ笑みを浮かべている静。その表情は大学にいる者はなかなかみせてもらえない
ほどに自然なものだった。
 「あ、基紀」
 思わず立ち尽くしていた基紀の姿に気付いた静がその名を呼んで、おいでおいでと手を振っている。どうしようかと考える前に身
体が動いた基紀は、静の側まで駆け寄って・・・・・ちらっと車の中へと視線を向けた。
(うわ・・・・・カッコいい)
 「基紀には紹介しておくね。この人は江坂凌二(えさか りょうじ)さん。俺と今一緒に暮らしている人なんだ」
 「一緒に?」
 「そして・・・・・恋人、なんだけど・・・・・」
少し心配そうに基紀の顔を見つめてくる静が何を心配しているのか分かる気がする。確かに、普通ならば男同士で付き合うのは
なかなか人には言えないことだろう。
しかし、基紀が好きな相手も、幾ら綺麗だといっても立派な男だった。基紀にとって性別は二の次なのだ。
 「何時も静さんがお世話になっていますね」
 低く響く声で穏やかに言う男は、誰がどう見ても大人の男で・・・・・。
 「・・・・・カッコいい彼氏だなあ」
思わずそう言った基紀に静は照れくさそうに笑い、車の中の男は苦笑していた。



 「カッコいい彼氏じゃん」
 「・・・・・うん。俺には勿体無いような、カッコよくて優しい人なんだ」
 普段は無表情な静も、さすがに恥ずかしそうな表情だ。何時もと違うその顔を見られて嬉しいと思っていた基紀の目に、今度は
友春の姿が映った。
 「友春?」
 「あっ」
 なぜか、かなり慌てたような友春は、静と基紀を交互に見ながらごめんと言った。
 「僕、帰らなくちゃいけなくなって」
 「え?授業今からじゃないのか?」
 「う、うん、そうだけど・・・・・」
どう説明しようかと考えているような友春の携帯が鳴った。友春はビクッと体を震わせたが、なかなか携帯を取り出そうとはしない。
基紀が首を傾げた時、
 「トモ!」
 「あ!」
 「え?」
 門の近くから声が聞こえ、その場にいた者達の視線がいっせいに向けられた。
 「わ、外人」
そこに立っていたのは、背が高く、明らかに日本人以外の血が混じっていると分かるエキゾチックな美貌の男だった。
女子学生達はなぜか歓声を上げて駆け寄っていっているし、男達は訝しげな視線を向けている。
 「あれ・・・・」
 誰だと基紀が言う前に、友春はもう一度ごめんと言って走り出した。その足は真っ直ぐにあの外国人の男の方へと向いている。
 「友春の知ってる奴かな?」
 「・・・・・どうかな。ほら、行こう、基紀」
まだもう少し観察していたかったのに、静が腕を引っ張るので基紀は歩き始めるしかない。それでも、流れる視界の中に、あの外
国人の男に肩を抱かれる友春の姿が映った。
何だかそれだけで、基紀には全てが分かったような気がした。
 「・・・・・なんかさ、みんな色んな恋愛してるんだ」
 基紀の言葉に、静は微笑む。
 「基紀も、だもんね」
綺麗な静の笑顔が、悪戯っぽくさらに深まる。
その顔を見れただけでも、自分はもしかして2人にとって少しだけ特別な存在になれたのかなと、基紀は何だか得をした気分なっ
て笑った。





                                                                      end






200万hitのキリ番、お1人目、コルダ様のリクエストです。
静と友春の大学での話というリクエストでしたが、傍から見た2人の姿を書きたかったので、今回は特別ゲストに「愛は勝つ!」の基紀を登場させました。
2人の恋人が男だと基紀が知った頃の話です。
コルダ様のご希望に添えればいいのですが。