注意! 今から会話の中に関西弁が出てくると思いますが、あくまでも想像なので、関西圏に住んでいる方
から見ればおかしな言葉遣いのところもあるかもしれませんが、そこは心広く、ニュアンスを感 じ取っ
て下さい。
2人きりの初詣
「・・・・・あれ?」
待ち合わせの駅前にやってきた里山真樹(さとやま まさき)は、そこに1人の人物しかいないのを見て途惑ったように足
を止めた。
「・・・・・永澤君だけ?」
「なんや、不満か?」
「そ、そんなことないけど・・・・・」
「他の連中は皆ドタキャンや。俺とお前と、2人で行くことなったから」
「2人、で?」
「最初からそう言うてたやんか。それをお前が他の奴らに声掛けて」
「だ、だって・・・・・」
(永澤君とだけじゃ怖いんだよ・・・・・)
真樹は2年前、中学に入学すると同時に東京から大阪に引っ越してきたが、元々大人しい真樹は大阪の雰囲気に
なかなか慣れなかった。
相手は普通に話し掛けているのだろうが、真樹にとってはそれは怒られているようにしか聞こえず、どうしても萎縮してしま
う。
自然と家に閉じこもりがちになった真樹を何時も(無理矢理)連れ出すのは、同じマンションに住んでいる同級生の永澤
明良(ながさわ あきら)だった。
同じ年の永澤は偶然同じクラスになったこともあり、真樹自身が頼む前にドンドン世話をしてきた。
バスケット部の永澤は中学3年の今でも既に180近い身長があり、やっと165になった真樹は視線をずっと上に向け
なければならない。
その上、荒削りながらも男らしい容貌の永澤はかなりの人気者で、真樹は時々永澤のファンの女子から邪魔だと面と向
かって言われることもあった。
そんなことがあったからというわけではないが、目立つ永澤の傍には居たくない真樹は出来るだけ避けようとしているのだ
が、同じマンションなだけに全く会わない様にとも出来ず、第一学校も同じクラスだった。
(やだなあ・・・・・また誰かに見られたらどうしよ・・・・・)
(なんや、真樹の奴、くそおもろない顔しくさって・・・・・っ)
永澤は今にも怒鳴って責めそうになるのをぐっと我慢した。
永澤が真樹に初めて会ったのは、マンションの引越しの挨拶に両親と共にやって来た時だった。
部屋は5階と6階とだったが、同じ学校に通うということで、わざわざ宜しくと頼みに来たらしい。
最初はまだ親に付いてもらわないと何も出来ない奴かと思っていたが、母親の影に隠れていた真樹が恐々顔を覗かせた
時、永澤は自分でもビックリするほど胸が高鳴った。
大きな丸い眼鏡を掛けた、男にしては色の白い細い少年。その時、小学6年にして既に身長が165はあった永澤とは
違い、少年はまだ150そこそこの小ささだった。
「真樹、ご挨拶は?」
母親に促された少年が、目を伏せたまま小さな声で言った。
「さ、里山、真樹です。よろしくお願いします」
「お前、東京弁なんか?」
「東京弁?」
何を言われているのか分からない少年が首を傾げる。その姿が可愛いと、本当は女の子に使うようなことを思ってしまった
自分が信じられない。
その気持ちを誤魔化す為に、永澤は脅すように言い放った。
「ええか、学校では標準語はなしや。皆にはよう仲間に入れてもらう為には、お前も努力せなあかんやろ」
「う、うん」
「ちゃう!そーいう時は『せやな』!」
しかし、真樹の言葉は一行に変わらなかった。
元々引っ込み思案な性格のせいか、なかなかクラスメイトと話すことが無く、話さないので言葉が覚えられないという悪循
環に陥っていた。
永澤は出来るだけ学校でも遊ぶ時でも真樹を仲間に入れた。
自分の友人達にも真樹を紹介し、仲間外れにはしないようにと気をつけていた。
「ええよ、真樹可愛いから」
「せやな。でも、苛めたくもなるし、正直困るで」
友人達は気軽にそう言い、かなり真樹に気を遣ってくれた。
しかし、気の弱い真樹にとって、関西人の大げさなスキンシップはかなりの負担になってしまったようで、話し方はいっこうに
変わらず、態度もよそよそしさが消えることは無かった。
それでも、永澤は根気強く、ずっと真樹を構い続けた。幸い、中学3年間ずっと同じクラスで、高校も同じところを受け
るようになっている。
永澤はこのまま真樹と離れる気など毛頭無かった。
「ほら、合格祈願なんやから、ちゃっちゃっといくで」
「う、うん」
そろそろ除夜の鐘が鳴る頃だ。
少し多くなった人並みに押し戻されるようになってしまった真樹の手を掴むと、永澤は初詣に行くと決めた神社に向かって
歩き始めた。
ギュッと握り締められた手に途惑いながらも、真樹は必死で永澤の後ろを付いて行く。
(なんだか・・・・・ずっと、永澤君の後を追い掛けて来た様な気がする・・・・・)
永澤が自分を気に掛けてくれているという事は分かっている。分かってはいるが、永澤の遣り方はとても真樹の性格には
合わないものだった。
「なにやってんのや!はようせえゆうてるやろ!」
「真樹、お前は俺のことだけ信じとればええんや」
真樹が何かに躓く度に手を差し伸べてくれるが、それと共に口から出てくる言葉は辛らつだ。
多分、その言葉をきちんと理解出来ていれば、そんなにも深い意味は無いのだろうが、真樹にとっては喧嘩腰のような言
葉を聞くと、どうしても身体が萎縮してしまうのだ。
(早く・・・・・早く、卒業したい・・・・・)
実は、永澤には内緒だが、真樹は東京の方の高校も受験することにしていた。
両親はまだ大阪生活が続くが、真樹を可愛がってくれている祖父母は東京で暮らしている。高校に合格すればそこから
通学するということも決まっていた。
高校受験に関しては、真樹も永澤もほぼ同じ学力だが、既に永澤はバスケットで内定が決まっているので、真樹にも
そこを受験するように言って強制的に決められた。
こちらでの高校はどこも同じなので、真樹も半ば諦めたように従ったが、もちろん始めからそこに通う気はなかった。
(永澤君には悪いけど・・・・・僕はやっぱりここには合わないよ))
「ほらっ、ささと歩けやっ」
「も、もっとゆっくり歩いてよ」
中学3年生になった今でも真樹は華奢で、永澤は心配で手を離すことが出来ない。
もしはぐれでもしたら、とても真樹1人でマンションまで帰れるとは思えなかったからだ。
それに・・・・・。
(可愛い顔しとるし、他の奴に手え出されたらどないするねん)
真樹は可愛いと思う。
大きな目も、小さな鼻も、ぽっちゃりした唇も、学校の女子なんかよりもよほど可愛い。
臆病な性格は時々じれったくなるが、でしゃばりな人間よりは全然いいし、困ったように見る上目遣いの視線を向けられ
ると、身体の奥の方がズキンと熱くなる気がする。
(信じられへんけど、俺、真樹のこと・・・・・好きやねんなあ)
「なあ、真樹」
「何?」
「俺と2人、嫌か?」
「え?」
「嫌か聞いとるねん」
「い、嫌とは思ってないよ?ただ、皆と行くって聞いてたから・・・・・ねえ、永澤君は僕と2人で良かった?永澤君と一緒
に初詣に行きたい女子、いっぱいいると思うよ?」
少し乱暴で、大雑把で、しかし、強いリーダーシップと、長身と、男らしい容貌を持つ永澤は、自分で言うのも変だが
学校でもかなり人気があった。
はっきりしている女子生徒達はドンドン永澤に迫っているが、永澤はことごとく振り続けている。
今回の初詣の話が出た時も、学年で一番可愛いといわれている女子生徒が、それとなく、しかしちゃっかりと自己主
張してきていた。
今朝になってドタキャンの連絡をしたが、その女子生徒だけは2人で行こうと何度もしつこく誘ってきたくらいだ。
(うっとおしいんや、あんなのっ)
永澤は真樹とだけ出掛けたかったのだ。
除夜の鐘が遠くで聞こえている。
深夜に外に出るのは初めての真樹は、興味深そうに辺りに視線を向けた。
「なんや、珍しいか?」
「僕、夜はあんまり出掛けないから」
「そうか。まあ、高校生になれば俺がいろんなとこに連れてったる」
「・・・・・」
(その時は、多分・・・・・僕はここに居ないけど・・・・・)
少しだけ・・・・・胸が痛む。
何時も無理矢理引っ張りまわされてきたとはいえ、永澤が居なければ真樹の毎日はもっともっと味気ないものだったはず
だ。
(このまま黙っててもいいのかな・・・・・)
東京の高校を受験するということを、永澤には言っておいた方がいいだろうか?
「ねえ、永澤君」
「せや、真樹、手え出し」
「手?」
何だろうと思いながら真樹が手を差し出すと、永澤は無造作にポケットから何かを取り出して、小さな真樹の手のひらに
載せてくれた。
「・・・・・お守り?」
「学業の神さんの、太宰府天満宮のお守りや。親戚に頼んで送ってもらったんや」
「大宰府って、福岡の?」
「おう」
「・・・・・わざわざ・・・・・」
「真樹には絶対俺と同じ学校に合格して欲しいねん」
「・・・・・」
「俺、真樹とずっと一緒にいたいんや」
「・・・・・永澤君?」
その言葉に深い響きを感じて、真樹は思わず自分の少し前を歩く永澤の横顔に視線を向けた。
(俺のアホ!今言うてどないするねん!)
表情はムッとしたまま、しかし内心ではかなり慌てて、永澤は今の自分の言葉をどう処理しようか考えていた。
本当ならばお互いちゃんと高校に合格してから、きちんと真樹に伝えるつもりだった。
男同士で好きだの嫌いだの、保守的な真樹はきっと受け入れるのに時間が掛かるだろうと思っていたし、悩ませて受験
に影響が出てはと思っていたのだ。
しかし、自然に盛り上がってしまった気持ちは止めることが出来ず、永澤は遠まわしながら真樹に告白してしまった。
(・・・・・どない思ってんやろ)
チラッと視線を向けた真樹の表情は、嫌悪の表情ではなかったが嬉しそうでもなかった。どちらかというと途惑っているよ
うな・・・・・どう受け取っていいのか分からないというような顔になっている。
「真樹」
「あの、永澤君」
同時に声を出してしまい、永澤は真樹に先を促した。
「なんや」
「な、永澤君からどうぞ」
「真樹からや」
「・・・・・永澤君は、僕と一緒にいてイライラしない?何時までたっても言葉は覚えないし、トロイし」
「言葉は仕方ない。意味が通じるんやし、問題ないやろ。トロイのは、可愛いからええ」
「可愛いって、僕、男だよ?」
「それでもや。真樹は女共より可愛い。オカマやいうんとちゃうで?なんや、俺にとっては、真樹は真樹言うだけで可愛い
んや」
何度も可愛いと連発すると、真樹は耳元まで真っ赤になって俯いてしまう。
その純情な反応こそが可愛いのだ。
「ほら、神さん着いたで」
「う、うん、凄い人だね」
「合格のこと、ちゃんと頼むんやぞ?俺とお前の未来が掛かってんやから」
「未来・・・・・」
「ほれ、行くぞ」
(告白は合格してからや。真樹には絶対に合格してもらわんと!)
その時は、真樹がどんなに嫌がってもモノにするつもりだ。
自分の野望を叶える為にも、永澤はポケットに忍ばせてある千円を奮発してお賽銭にする。
(逃がさへんからな、真樹。覚悟しときや)
繋いだ手に、更にギュッと力を入れられる。
(永澤君の言ってること、よく分からないよ・・・・・)
何か大切で重大なことを言われた気がするが、まだ子供の真樹には深く読みとることは出来なかった。
ただ、永澤が本気で自分と同じ学校に行くつもりなのだということは分かった。
(僕のこと、迷惑じゃないのか)
少しだけ・・・・・嬉しかった。永澤の言葉がただのうわべだけのものではないと分かったから。
(どうしよう・・・・・受験・・・・・)
「真樹」
遅れがちになる真樹を、永澤はグイグイと引っ張ってくれる。それはとても優しいとは思えない態度だが、握った手は温か
いし、眼差しはぶっきらぼうながら優しい。
(・・・・・ちゃんと受けようかな)
先程までは全く受ける気のなかったこちらの高校の受験を、きちんと受けてみようかと思った。
結果的に東京に行くか、それともここに残るか、合否が出てからでないと考えることは出来ないが、少なくともこのまま逃
げ出してしまおうとだけは考えないようにしようと思った。
それはもちろん自分自身の為だが、もう一つ・・・・・。
(せっかく、永澤君と一緒なんだし)
「真樹?」
「うん、ちゃんとお願いするよ」
どんな結果になろうとも、どんな未知を選ぼうとも、どうか自分が後悔しないように祈ろうと思う。
そして、こうして手を引っ張っていってくれるガキ大将のような彼にとってもいい結果が出るように祈りたい。
目の前に続く長い階段を見上げながら、真樹は劇的に変わりそうな今年の自分の運命を予感していた。
end