子供の領分編





 「ふぁあ〜」
 寝起きの悪い茅野広海(かやの ひろみは)、駐輪場に自転車を止めながら大きな欠伸をした。
ギリギリまで眠っていたかったから、自宅から自転車通学出来る蓮見高に入学した広海。それでも、まだまだ睡眠時間
は足りないようだった。
 「あー、早く土曜になんね〜かな〜」
(確か今週は大地の当番だったはず・・・・・)
 そう思いながら校舎に入った広海は、自分の靴箱を開けて・・・・・固まった。
 「・・・・・なんだ?」
自分の靴の上に会ったのは、薄いピンクの封筒だった。
(・・・・・まさか、な)
こういうシチュエーションを知らないとはいわないが、まさか自分がと思った。
なぜか昔から女の子にはあまり人気がなく、こういう手紙は貰ったことがないのだ。
いや・・・・・。
(もしかして不幸の手紙だったりして・・・・・)
そう思い出すと手に取るのも怖い気がして、広海は眉を顰めながらじっとそれを見つめることしか出来ない。
そんな広海の肩が不意に叩かれた。
 「はよっす!」



(何で固まってるんだ?)
 新田薫は(にった かおる)は下駄箱の前に立ちすくんでいる広海のせなかを盛大に叩いた。
こんなとこで彼がぐずぐずしているのは珍しいことで、いったい何があったんだと不思議そうに下から(悔しいが広海の方が
身長が高いので)その顔を覗く。
 「な、何でもないっ」
 「・・・・・ウソ」
 「な、何で俺がウソなんか言うんだよ!」
 「ムキになるとこが怪しい」
 「・・・・・っ」
思わず舌打ちを打ちそうなほどの広海の態度はますます怪しい。
何とかそれを探ろうと思った時、新田にとっては頼もしい援軍が現われた。
 「おはよう、2人共こんなとこで何してるの?」



(新田を睨んでいる茅野じゃなくて・・・・・茅野を睨んでいる新田か。何だか珍しいな)
 椎名克彦(しいな かつひこ)はふ〜んと興味深そうに視線を動かした。
朝っぱらから不自然なほどのギャラリーが下駄箱を注視しているのが遠くからでも分かった椎名だったが、まさかその中心
に広海と新田がいるとは思わなかった。
朝っぱらからいったい何があったのかと、チラッと新田に視線を向けてみるものの、新田もブンブンと首を横に振って肩を竦
めて見せる。
どうやら広海の問題らしいが、いったい何があったのだろうか。
 「茅野、おはよう」
 「あ、ああ」
 「こんなとこでどうしたんだよ?早くしないとチャイムが鳴るんじゃない?」
 そう言いながら自分の靴箱を開けると、なぜか広海はバッとその中を覗いて・・・・・なんだかまた難しい顔をしている。
(挙動不審だよ、茅野)



 広海はどうしようかと焦っていた。
さっさと中の物を取って鞄に突っ込んでしまえばよかったのに、なまじ多少動揺してしまったばかりに何時の間にか周りに
人だかりが出来ている。
いや、その他大勢は構わないのだが、新田や椎名のいる前であれを取り出すのは勇気がいった。
(でも、このままじゃホントに遅刻だしな・・・・・)
とにかく後は何とかなるかと、思い切って靴箱を開けようと手を伸ばしかけた広海だったが。
 「おはよ〜、なに、みんな揃って」



 遅刻魔の小林芳樹(こばやし よしき)にすれば、驚くほどの早い登校だった。たまたまこの近所に用があった父親が、
車で近くまで送ってくれたのだ。
そのせいか、睡眠量としてはいつもより多いぐらいで、小林はまったりした笑顔のまま、なぜか靴箱の前にかたまっている
友人達の顔を順番に見た。
 「何かあった?」
 「ううん、俺は別に」
 椎名がゆっくりと首を横に振る。
 「俺も全然!」
新田も、ブンブンと手を横に振る。
小林の視線はそのまま広海に向けられた。
 「茅野?」
 「お、俺だって、何もねーよ!」
 「・・・・・ふーん」
何か引っ掛かるような気もしたが、問い詰めて口を割るような広海ではない。昼食時にでも攻めてみるかとのんびり考え
ながら、小林は自分の靴箱を開けた。
 「あ!!」



 突然声を上げた広海に、小林はパッと振り返った。
 「な、なに?茅野?」
 「い、いや、なんでもない」
広海は今にも上ずりそうになる声を抑えるのに必死だった。
小林が開けたのは広海の靴箱だったからだ・・・・・いや。
(・・・・・小林・・・・・の?)
あいうえお順に並べてある靴箱は、広海の隣が丁度小林の所だった。とても間違えた雰囲気ではない小林はそのまま靴
を取り、続いてピンクの封筒も手に取る。
 「あ!小林、ラブレターじゃん!」
途端に新田が突っ込むが、慣れている小林は苦笑を浮かべるだけだ。
 「古典的な方法だけどね〜」
 話しながら歩いていく2人の背を見送った広海はガックリと肩を落とした。
どうやら寝ぼけたままだった自分は、小林の靴箱を開けてしまったらしい。
(・・・・・馬鹿馬鹿しい)
朝から変な汗をかいたとブツブツ言いながら靴を履き替える広海だが・・・・・その姿はしっかりと椎名に見られていた。
(可愛いじゃない、茅野)
一瞬の内に全てを理解した椎名は、武士の情けだと内心呟きながら、あの2人にも言わないでおこうと思った。





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